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2010年8月31日

不覚!


楽天在籍時代の友人から連絡をいただき、その人の紹介で今まであまり話をした事が無かった人と食事をした。

「愚痴は内野から、悪口は外野から。」

酒の席では文句がいろいろ出るものだけど、僕はもう外側の人間なんで、ただの悪口になってしまう。
口にしたくない程憎んでいるわけではないので、盛り上がりに参加してしまうと悪口を言ってしまう事になるんだなぁ、気をつけよう。

そんな罰が当たったのか、ここの所の天候の大暴れについに体がやられてしまい、久しぶりに激しめの風邪をひいてしまったらしい。

やばい、暑いんだか寒いんだかわからないから、着替えのTシャツを枕元にたくさん用意して早く寝よう。

ほら、Tシャツが汗だくになってしまっても最新式の洗濯乾燥機があるからね(笑)

2010年8月28日

ロケット発射!! 視界良好!!

20100828_01.jpg


20100828_02.jpg昨日(今朝だなwww)日記に書いた通り、青森へ行ってきた。
そのブログでは"知人"と濁したけど、仕事で知り合った会社の社長さんとそのスタッフに会いに行ってきた。

この社長との出会いは振り返ると結構長く、この1〜2年は腹を割った深い付き合いをさせていただいていた。

価値観は十人十色で双方違う所にあるんだけど、目指すゴールが同じ方向を向いているという事から、方法論の出し合いというか、アイディアの出し合いというか、すごく楽しい。
多分外から見たら二人が話している様子ってきっと、子供がイキイキと今日起きた出来事を母親に「聞いて!聞いて!」って台所で話している姿に見えるんじゃないかな(笑)

そして、ここ1年くらいはその社長が運営する会社のスタッフの方と交流する事も多いんだけど、僕が感じている通りに、そして僕がこうあるべきという「上司と部下」の関係が出来ている事を見せていただく事が出来る。
僕が前職で「こうありたいなぁ・・・」っていう関係を作る事が出来たのは数名・・、いや一人かなぁ・・・。
たかだか1桁しか居ないスタッフとその関係性が作れなかったのは僕の技量の無さだな。

青森の会社の社長と会ったり、その会社のスタッフと会うと、そういう面で僕の器の無さを痛感させられます。

一番上の写真は帰路の飛行機から見えた雲。

積雲がいわゆる入道雲に成長していて、かなとこ雲って言うのかな?上が平になるほどに成長したくも。
上が平になってるって、これ以上、上空に成長したら雲が雲で居られない所に向かって成長しているために雲が上空で平らになっているやつらしいんだけどね。

果てしなく存在する上空を目指して果てしなく求めるんじゃなくて、身の丈に合った「雲で居られる所」を見極めてそこで広がって行く・・・

果てしない所を目指せと言われて自分が自分で居られなくなる程に成長しようとするならば、しっかりとその場所に自分を存在させて多方面に広がっていきたいなぁ・・・、って。

帰路の飛行機から見えた景色。
雲はそこにしっかりと存在していますが、視界良好でした。

青森なう。

夏休み最後のイベントとして、青森に来た。

もちろん全く用事がない訳ではなく、知人を訪ねてきた訳で。

知人と世間話やら、知人以外の会社のスタッフと社内で雑談後、いつもの感じで食事と飲みへ(笑)

耳の調子もあるんであまり派手に飲まなかったんだけど、それにしても量は結構いったんじゃないかな・・・

相変わらずなんだけど、楽しくて信頼出来る人と、その人を信頼する人たちとの時間はあっという間に過ぎる。

おいしく酒を飲みましたとさ。

さて、寝よう。
チェックアウトまでに起きなきゃ行けないしね(苦笑)

2010年7月30日

カウントダウン

今週に入り、僕の送別会ウィークでした。

結論から言えば、僕は僕の周りの人を本気で愛していました。
そして、その僕が愛していた分、僕の事を愛してくれる人もたくさん居る事を感じる事ができました。

たくさん迷惑をかけたにも関わらず、僕のために企画し、僕のために時間を割き、僕のためにたくさん話をしてくれました。

本当にありがとうございます。
心から幸せだなぁ、と思います。

「ヨシダさん居なくなった後、事業部大丈夫かなぁ・・・」

たくさんの皆さんからそんなお声がけをいただき、心の深い所にズシンと響いていました。

その規模に関わらず、複数の人数が集まり何かを遂行しようとする場合、それは是非があるとはいえ、何らかの組織となります。
その組織にはどうしても上下関係が生まれますが、僕はそれがよいとは思っておらず、上に居る人間は自ら現場に降り、現場の人間は経営側に責任を押し付けるくらいの勢いで物事を進める。
これで良いと思います。

保身に走り、現場を将棋の駒の様に扱う経営陣なんて死んでしまえ、って今週本当に思いました。

任務を遂行するのは現場なんですよね。


僕は人生の中で何回か転職をしましたが、結果今の会社が一番長い在籍でした。

あと数時間したら最後の出勤です。
あ、今の会社にね。

もう一度たくさんの愛情をもらうため、僕はもう一度愛情をたくさん置いていこうと思います。

ホント、ありがとうね、みんな。
心の底から愛しています。

2010年7月28日

人に恵まれていると感じる


僕が会社に辞める宣言をしてからかれこれ一ヶ月、そして退職まであと数日。

たくさんの出会いがあり、その中には一生一緒に仕事をしたいと思う人も居るし、在籍中もかかわり合いたくないと思う人も居る。本気で喧嘩する事ができる同じ志しを持つと感じる人も居るし、公私ともに一緒にいたいと思える人も居る。

ほんと、僕は人に恵まれている。

最近のプロジェクトに関わった関係とはいえ、本当に僕が去ったあとの事業部を心配してくれている姿や、昔からの僕を知っているやつは、叱咤というかたちで激励をくれる。

すべて僕にとっては幸せだ。

あぁ、僕はほんとに人に恵まれている。

残念ながら、僕は今の事業部に対して完璧な体制を残す事ができなかったけど、僕が去るときに感じている何かと同じものを感じる事ができるようになればいいなぁ、と思う。

今日送別会をしてくれたみんな、本当にありがとうね。

2010年7月25日

一ヶ月以上あけて、ようやくブログ環境が復帰したので

復旧テストをかねて書き込んだブログを除けば、直前に書いていたのが5月26日。

おぉ、見事2ヶ月も間を空けていたのね、何かあったんじゃないかとご心配された方も居るでしょう。大変ご心配をおかけしてごめんなさい。

まぁ、人間、よほどのことがなければ、2ヶ月なんてあっという間で、これと言って大きな出来事なんて言うのは普通ないんだけどね。


ということで、会社を辞めます。


えー、この件に関しては語ると長くなるし、ある意味会社批判になりかねない内容なんで、書くのをやめておこうかな・・・、とも思ったんだけどね。
でも、毎回言っているようにこのブログを僕は遺言だと思っていて、書き残したいと思っているんで、ちょっとだけ言葉を選んでその気持ちを書いておこうと思いました。

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2010年4月28日

触ってみた

日本国内では販売開始が遅れ、販売価格さえ発表されていない、入手前から微妙に日本では流行らないと言われている、あの噂の商品。

iPad。

会社の隣の事業部の人が入手したのでちょっと触らせてもらった。

やばい、ちょっといいかも。

ネットブックも一台持ってて、それはそれでいいんだけど、やっぱりノートPCの廉価版というイメージはぬぐい去れない感じがあって、まぁ、ラジコンのセッティング専用になっているところはある。

いまこのブログを書いているのはMacBookPro、隣にはVAIOがある。そして部屋にはiMacもあって、iPhoneも持ってるし、iPodも持ってんだけどね・・・

 

買って何するっていう具体的なイメージがわかないのに、あの操作感で欲しいと思わせる商品。

うわー、でも絶対もって歩かないよなー。

我慢してでもMacBookProもって歩いた方がいいんだろうな、きっと。 

2010年3月26日

東北地方

昨年末あたりから仕事の関係で東北方面に行くことが増えた。

明日も出社し、通常業務を終えたら仙台に向かう。

東北と言っても、仙台と青森オンリーなんだけどね。

先週末、久しぶりにクルマで仙台に移動してみたんだけど、ちょうど400キロ。

途中適当に休憩をはさみながら走って4時間ちょっと。まぁ、「遠出」というには調度良い距離と時間かな。

明日も同じ行程の予定。睡眠不足が心配だけど、もし眠たくなったらSAで休めばいいしね。

 仙台も青森も同じ東北方面なんだけど、人間が暖かいなぁ、とか思うわ。

沖縄って行った事ないけど、そこはそこで人が暖かそうだしね。

東京がそうなのかなぁ、冷たい感じがしちゃうのって。

違うな、土地や地方が原因で冷たい人ができるんじゃなくて、環境と個人の価値観が人を冷たくさせちゃうんだろうな。

 

さて、もうこんな時間だ。安全に行程をたどるために今日はもう寝よう。 

2010年3月 4日

たくましくなったな。

ちょっと違う環境を与えてみたら、いとおしいほどにたくましくなった。

 

頑張れ。 

2010年2月23日

バランス

ある一方がうまくいかないと、ある一方がうまくいく。

 

神様は気を使ってくれてるねぇ。
人間関係だったり、仕事だったり、信頼関係だったり、仲間だったり。

世の中うまくバランスが取れているもんなんだな。

ほんと、世の中はうまくできてる。

2010年1月14日

東京、仙台、青森、東京

3連休あけの火曜日。
午後から仙台で打ち合わせがあるために新幹線で移動。

本来なら夕方に東京に戻ってくる予定だったが、あれよあれよで今日の午後なんと青森から飛行機で帰ってくるということになった。

仙台で新しい取引先と打ち合わせをし、そして今僕が参加しているプロジェクトが仙台だったので、そのままMTG。

口説かなくては行けない会社が青森にあることと、口説き落とすまでにあまり時間がないことから、仙台に一泊して翌日青森に行くことにした。
当然ながら仙台では現地スタッフとのみに出かけ、その日は2時くらいまで酒を飲んでいた。

で、翌日、二日酔いというには時間が短すぎる睡眠をとり、新幹線で八戸へ行き特急に乗り換えようとしたところ大雪のため電車が止まっている。
同じく青森に向かおうとしていた仙台のスタッフとコンコースで出会い、そのまま2時間弱足止め。

なんとか走り出した特急に乗り、青森駅に着いたのが間もなく夕方という時間。


青森で僕が口説かなくては行けない社長さんとやっぱり意気投合し、結局青森で一泊することになった訳。
その日も青森のおいしい食事をいただきながら酒を飲み、気がついたら明け方4時を回ってる。

この社長との見に行くといわゆるキャバクラに行くことになるんだけど、途中お店の中からホテルを予約し、チェックインしたのが朝4時半。

ほんの少しの仮眠状態で帰京のため青森空港へ移動。
数時間前まで一緒に飲んでた社長と空港で出会い、会社のスタッフと計3人で東京へ向かおうとしたところ羽田空港の管制塔のレーダーの不具合とかいうものすごい理由で飛行機が40分くらいディレイ・・・


まぁ、内容がかなり濃い出張と、先方社長さんとの連携も強化できてよい出張になったことは間違いなかったんだけど、移動コストとウェイティングコストがものすごくかかった出張だったなぁ・・・、と。

あ、途中でiPhoneのバッテリーが切れてしまい、コンビニで買った充電器もよけいな出費だったな・・・


でも、ちょっと旅に出かけようと計画を始めたところだったので、青森も面白い町かもしれないな、とわかったことがよかったな。

週末、仕事と旅をかねて仙台か青森にもう一度行ってみようかなぁ・・・

2010年1月 8日

限界

ここが限界って決めたときに成長が止まるって何かで読んだことがあるな。

でも、限界っていう見極めも重要な訳ではたから見たらまだまだそんなの限界じゃないっていうところと、一方ではたからは見えない我慢があったりするしね。

極上のMとまで言われた僕だけど、我慢にだって限界はある訳で。
世の中には痛みに快楽を感じる人もいるって言うけど、鋭い刃物で腹を刺したら死んじゃう訳で、究極の快楽を追っかけたら死んじゃった・・・、なんて言うことだってあるんだよね。

あ、別に我慢することに快楽を覚えている訳ではないので、関係各位、誤解なさらぬよう・・・


我慢って、人それぞれにスレッショルドがあって、例えば同じ温度の部屋にいても「暑い」って思う人と「ちょうどいい」って思う人がいるでしょ。
辛いものが好きとか苦手とかも同じで、同じ辛さのものなのに、「辛くて食べられない!」って言うのと「この辛さがたまらない!」っていうひともいる。

結局、スレッショルドの違いだけでしかないんだよね。

全く同じ辛さのものを我慢して食べるかおいしいと思って食べるか。

とある出来事に「よく我慢できるねぇ」って言うこともたくさんあって、僕はそこのスレッショルドが高い位置にある訳。まぁ、激辛もその中の旨味を感じてしまうたちなの。

そんな場合でも、ちょっとでも甘みがあったらそれのせいで食べることができないとかもあるでしょ。


分けわからなくなっちゃった。

でも、まぁ、言わんとするところとしては、我慢の限界超えちゃった・・・・

ってこと。

2009年11月 5日

奇跡のスーパーサーカス、コルテオ。

コルテオ例によって、関係者向けのプレ公演にお招きいただき、ZEDをのぞいてはシルク・ドゥ・ソレイユ来日公演は100%観ている事になった。

今回の舞台は今までと違って、演じられるステージを両脇から挟み込んだアレンジの客席となっていて、ステージの向こうにはあちら側のお客さんが座っている様に見えるつくり。

ん〜、6時ちょうどの時計の針がもの凄く太くて、そこがステージ、そして、1時から5時、7時から11時が座席という感じ。

伝えるのが難しいから、チケット買って観に行って!(笑)

演目の方に目を向けると、前回のドラリオンではパフォーマーの多くが中国雑伎団系の方だった事で、オリンピックで言うと床の演技が多いアレンジだった気がしたけど、今回は中世ヨーロッパ的な演出だったためか、相変わらず妖艶で力強い演技に寄っていた気がする。

僕の中ではファシナシオンが一番ポップでアクロバティックだったかなぁ、なんて思ってしまうのは、数多くのシルク公演を観てしまったからなのかなぁ・・・

とはいえ、 相変わらず身軽で柔らかくて凄い演目が目白押しで、まさに「観ておいた方がいいよ!」って事だけは間違いなく言える。

過去のシルクとの最大の差は、今までで一番ストーリーをつかみやすい展開だって事かな。

だって、演目が始まる前に日本語でナレーションが入り、演目の途中でもいくつもの台詞があるんだもん(笑)

演目の中では一番最後に演じられる鉄棒を使った演技は体操経験がある人には必見だと思う。

オリンピックでは男子は鉄棒は一本、女子は段違い平行棒と呼ばれる飛び移りがある演技を可能にする設備で行われるけど、コルテオはやっぱり違う!

正方形に配置された鉄棒、四辺それぞれに大車輪を行うのも凄いんだけど、一本の鉄棒で二人が大車輪するのが凄い。並んで回るんじゃなくて、両手でつかんだ鉄棒の間の部分に相手の手がある、重なってしまっている状態での大車輪。

鉄棒って、僕も何度か回ったことあるけど、っていうほど体操はやってないけど、とにかく鉄棒のしなりでタイミングをとったりするところがあるのに、僕が下にいるときは相手は上、その逆はまた逆という状態。つまりは鉄棒が自分の体重でしなろうとしているときに一方の人間は反する方に力が加わっている状態。それで綺麗に回り続けるってことだけで基本がパーフェクトに出来ないと実演できない演技であることがすごい。

にもかかわらず!

先述の通り正方形に配置された鉄棒で飛び技を決めようと思ったら当然、平行する向かいの棒に飛ぶのが一番シンプルだし、簡単なのは多分経験のない人にもわかると思うけど、それを、90度の関係に配置された鉄棒へと写りながら車輪を回り続ける・・・

もうね、「なんなの?この人達?」って感じで半ば呆れてしまうほど。

正直、良くわからない人が見たら「今ひとつアクロバティックな面が少ないなぁ、でも衣装とか装置はもの凄く綺麗だね。」っていう感想かもしれないけど、 自分では出来なくてもほんのちょっと頭でシミュレーション出来る位の経験があれば「いやいや、なに?あれ。もはや、10.0!ってつけちゃうけど!?」って感じ。

 

ん〜、どんな言葉を使っても比喩できないから、とりあえず観て!(笑) 

2009年11月 2日

富士山のふもとで

10月31日。 僕にとっては神様の元田宮模型のスター前ちゃんを含めた13人くらいで、富士山のふもとにある「山麓園」というところへ行くことになった。

参加メンバーのほとんどは23区民で、事前に決めた集合場所からスタートし、談合坂SAに集まることになった。
で、僕の場合、ルートの途中に住んでるため、一人で談合坂へ向かうことになったわけで、途中何度かいろんな車に電話して「今どの辺?」なんて聞きながら走っていた。
だって、みんな仲間を乗せて走ってるのに僕だけ一人だからね(苦笑)

途中、ほんのちょっとの渋滞に絡まれたけど、みんなほとんど同じタイミングで談合坂SAに到着した。
そこからは一人女の子を僕の車に乗せて移動となって、無事に目的地へ到着。

到着した店は古い建物を移築したらしく、趣も深く、とてもいい感じだった。
朝ごはんを抜いて行った訳で、当然腹ペコ。

串焼き、串焼き でも、早く何かを食べたい!という欲求も雰囲気にのまれて、ゆっくりできる感じ。

串に刺されたさまざまな食材が運ばれ、囲炉裏を囲みながら軍手をした手で串を回します。

中には「うずら」なんていうお品書きがあり、てっきり卵が出てくると思ったらなんと「うずらの開き」だった(笑)

じっくりと良い焦げ目ができるまであぶりにあぶって、骨ごと食べます。

コリコリを通り越してガリガリと食べる感じではあるけど、これまた香ばしい香りと味と、噛み応えのある珍しい食べものでした。

次々と串を炭にあぶり食べていくわけですが、これが結構なボリュームで、じっくりと食べていたために結構おなかいっぱいになってきていた。

そして、まだ焼いていない串があるうちに大きななべでほうとうが出てきた。
ほうとうが出てくることは事前の情報でわかっていたんだけど、さすがに「もう食べられない!」って感じ。

でも、味噌の煮える甘い香りが食欲を誘って、これがまたおいしくいただけてしまう逸品。

いやぁ、満足、満腹。

お昼からはじめた宴も、気がつくとすでに15時近くになっていた。

デュアリスと富士山 帰りは現地解散だったんだけど、僕ともう一台で朝霧高原経由で富士山をぐるりと回って東名高速経由で帰ってきました。

しかし、何度見ても富士山はいいね。

かっこいいとも違う、きれいとも違う、何だろう、荘厳でどっしりと構えていて、それでいて繊細で。

コンパクトカメラしか持って行かなかったのが残念だったけど、もう少し季節が進んだら富士山撮りに出かけることにしよう。

多分、そのときは行きも帰りも一人だろうけどね(笑)

2009年7月14日

頭上を飛ぶ旅客機と身長18メートルを見上げる

梅雨明け宣言って出る物だっけ?まだ出てないよね?

 

今日は少し早めに会社を出ていつもの城南島海浜公園へ行ってきた。陽が沈んでちょっと経ったくらいの時間に行ってみたんだけど、ラッキーなことにC滑走路アプローチ。

自分に向かって機首を向けて飛んできて、そのままランディングしていく旅客機は優雅だわ。

機体が大きめな方が速度が遅く見えるし、挙動もゆったりと余裕を感じる。

そうねぇ、ジュラシックパークの何作目だったかは忘れちゃったけど、エンディング近くでプテラノドンが羽ばたきながら風を受けて枝に降り立つ時のシーンを見て「優雅だなぁ・・・」っておもったことがあるんだけど、そんな感じ。 

子供の頃に航空ショーでみたF15とかファントムとか「パワーさえあれば翼なんかいらねぇぜ!」って言わんばかりの姿も格好いいけどね。戦闘機に優雅さはないからねぇ・・・ 

夜のC滑走路はとっても良い感じ。

その後、ついでっていうわけじゃないんだけど、お台場のガンダムまで足を伸ばした訳。僕自身そんなにガンダムフリークでは無いんだけど、やっぱり見てみたい物の一つな訳で。

駐車場失敗しちゃってガンダムまでちょっと歩いたんだけど、 いざ目の当たりにすると「でかい!」っていうよりも「格好いい!」って感じ。

2Dを3Dにした時って失敗することが多いんだけど、ガンダムの場合、もう僕の中ではアニメと言うよりも300円で売ってた144分の1ガンダムの印象が強くてそもそもで3Dの存在なのよ。

当時ガンダムのプラモデルは、144分の1、100分の1、60分の1ってあって、60分の1が確か2,000円だったかなぁ・・・、小学生から中学生になる時期の2,000円って結構大金で、僕は結局買ったことが無いもんねぇ。

当時は「60分の1って今ひとつデザインが悪くて興味ないんだよねぇ。」とか強がってたけど、本当は欲しかったんだよね(笑)

でも、本当にディティールがあんまり良くなくて、やっぱり144分の1が一番格好良かった。

ちなみに、100分の1ガンダムは買って作ったことあるよ。他の人がなんて言うかわからないけど、僕的にはアレは最大の失敗作だと思ってます。ディティール、可動、価格(確か当時700円)と、どれをとっても中途半端で、 格好悪いの。

ガンダム!さて、お台場ガンダムなんだけど、多分見上げることを想定して若干バランスを調整したんだとは思うけど、もの凄く格好いいの、本当に。

見た目の重さと、想像出来る可動性がもの凄く実感できる出来。

いま、ラジコンのボディの塗装が終わったから先日買ったF1のマクラーレンを作り始めたところだけど、それができあがったらちょっとガンダムとか作ってみようかな・・・

144分の1のやつ(笑) 

2009年5月27日

人の言葉に恵まれている

なんだかいろいろあってね、円形脱毛症が出来たりしてね。

 

以前、某コンビニ系の会社の取締役に「ついて無いときに決断をするな。」と言われたり、「良いときに人は集まる。でも悪いときに集まってくれる人は大事にしろ。」と言われたことがある。

ぼくは、自信を持って言える、僕は人に恵まれている。

2009年3月21日

ここ数日の出来事まとめて

さて、人生は毎日の積み重ねで、その毎日毎日を以下に平凡に、そして非凡に楽しんでいくかが僕のテーマだったりするわけで・・・

と小難しい書き出しから。

かれこれ一ヶ月以上も僕を苦しめている腰痛から左足全体への痺れと麻痺。
今日その原因が確定しまして、やはり椎間板ヘルニアであると診断されました。

ただ、極々初期のもので手術を要するほどではないことと、今処方してもらっている薬で痛みが緩和できていることから、自然治癒に期待してみようという微妙に怪しい治療方針に決定。

ボルタレンとか言う鎮痛剤を一か月分いただいて、4月にまた様子を見てもらいに病院に行くことにしました。

めでたしめでたし。

いや、めでたくないわい。

とはいえ、原因が正確につかめたということは僕にとってはひとつ問題をクリアすることが出来たというわけで、原因もわからずにあれやこれやと大騒ぎする必要もなくなったわけで、まぁ、すっきりしました。


何度も何度も書いているんだけど、問題解決にも好奇心って大事だよなぁ・・・、と思う。

なんで?どうして?ってのは子供のころから僕の脳の中に多く存在していて、今でもそうだなぁ。ただ、大人になってくるとなんで?ってのを調べる時間がなくなってきたり、どうして?って思ってからその結果を出すまでに瞬間的な判断を必要とされたり・・・

余裕がないのかもねぇ・・・、気持ちに。

でも時間が必要だって思ったら作れるように調整すればいいんだよね、結局。
時間が無くて調べられないとか出来ないなんてのはやっぱりどこかで言い訳していると自分でも理解しているからねぇ。
24時間365日何かにおいつめられているか?って考えたときにいやそこまではおいつめられてないなぁ・・・、なんて。

あぁ、でも書きたいことたくさんあったんだけどとりあえず、せっかく天気も良いし散歩にでも出かけることにします。

2009年2月23日

シンソツメンセツ

生意気にも2010年卒業予定者の採用面接なんてしている。

今日明日明後日のスケジュール。

言ってしまえばテレビでしか見たことがない様なシチュエーションに僕が居るわけで、なにをして良いやら・・・

面接官も面接されているっていうのを実感しちゃったかな。

でも、僕は彼らをふるいにかけるような重責を果たせるわけではないので、半ば新しい出会いととらえて彼らと話をすることにしました。

あらら・・・、と思うほど型にはまって回答する者もいれば、事前の準備をあまりしていないんだろうけど生き生きと話をする者も。

僕の性格もあってか、いろんな話をしてくれて楽しい時間を過ごすことが出来ました。

とはいえ、面接官であると言うことから評価をしなくてはいけない訳で、そこは率直な意見を面談シートに残すことにしました。

なんだか面接というシチュエーションで、面接官である自分がテストを受けている気持ちになりながらね、でも、彼らの未来を摘み取ることがないように、でも、同じ傘の下で一緒に働くことになった場合に彼らにはここが合うんじゃないかって言う意見もしっかり残したりね。

明日明後日とスケジュールは残ってますけど、一回り以上も違う彼らの何かの役に立てればいいね。

風呂入って今だ激痛が残る股関節を和らげながら寝ることにしよう。

おやすみ、未来の同僚!! 

2009年1月30日

FIS World Cup SKI Jumping 2008-2009

1月31日、2月1日と帰省します。

主たる目的はスキージャンプ観戦ですけど。

危うく仕事と重なる所だったけど、先方さんの都合で重ならなくなりました、僕は強運の持ち主です。

今後良好な関係を築けそうな会社の社長のおかげで一日前倒しになった、久しぶりの六本木での飲み。先ほど帰宅しました。

でも荷造り一切ゼロの状態で、しかも着替えを確保するためにフル稼働中の洗濯機。

あ、うちの洗濯機ってまたリコールかかってたなぁ・・・ 

ふぅ、準備のために長い夜になりそうだわ、とりあえずビールでも飲みながら洗濯が終わるのを待つことにするかな。

2008年12月29日

今年一年を振り返って

今年も一年が終わろうとしています。

おそらくブログの書き込みも今年最後、お疲れ様でした、自分。そしてありがとうございました、僕のまわりの皆様。

今日は会社の納会。
もう何回目の参加かも分からないけど、今年も楽しく過ごすことが出来ました。
っていうか、もはやこの会がないと一年が終わらない感じさえします。


今年一年、振り返ると前半なんて思い出せないなぁ・・・、何があったかな。

とりあえず、小さな事業部とはいえ、その事業部の事業部長になったこと、これは僕にとってきっととっても大きなチャンスで、それ以上に大きなプレッシャー。
やりがいもあるけど、それだけに責任が大きい。

でもやらなくては。

一方、プライベートな面に目を向けると、やっぱりこの数ヶ月で完全に熱が戻ってしまったラジコンかなぁ・・・
初めてのエンジンカーのパワーに圧倒されたり、子供の頃神様だった「田宮の前ちゃん」と飲みに行くことが出来たり。

趣味、多いって事は決して悪いことだとは僕自身思ってないからいけないんだろうけど、とにかく全部オンされてっちゃうなぁ・・・

玉突、紙飛行機、ピアノ、カメラ、自転車、そしてラジコン・・・。
はぁ、ずいぶんと増えちゃったし、その上それら全部平行中。

まぁ、情熱の傾きはあるけれどね、やっぱりどれも楽しい。

まだ、反射神経やフィーリング、そして知識が詰め込めるうちは全部続けていこう。


さぁ、毎年言い聞かせている気がするけど、来年こそ勝負の歳。
いよいよ40歳になるしね。

魅力のある大人になって、ヒーローになる。
頼りないヒーローだけどね(笑)

ウルトラマンだって必殺技を持っているのに、怪獣を改心させるために鉄拳を振り下ろしていたわけで。
本当のヒーローは相手を一撃必殺出来るのに、最後までそれを使わずに戦うんだから。

おそらくは怪獣が改心して頭を下げ、地球の平和のためにともに戦ってもらいたいとの思いから拳を使っていたんじゃないかな。

能ある鷹は爪を隠す、なるべくならその爪を使わ無いように頭をひねる。

よし、がんばろう、俺。

みんな力を貸してくれ!

2008年12月28日

これ考えたやつ天才!

きょうも午後からラジコン。
元同じ事業部の、最近ラジコンに熱い同僚(笑)

先日買ってきた2スピードミッションを実装し、スタビライザーも装備した愛車シェイクダウンです。

最初エンジンが全然かからなかったので、疲れちゃって持って行ったタムテックギアのホットショットでほんの少し走行。

で、再度エンジン始動にトライ。
無事にかかったエンジンで、例によってスロー走行でトリム調整。

「全開走行してくださいよ!」の同僚の一言で、一気に加速。


いやぁ、僕自身初めての体験、走行途中で勝手にシフトアップするクルマ。
モーターに比べると圧倒的なパワーを発揮するエンジンだけど、本当にコントローラブルなパワーバンドは結構狭い。2スピードミッションは、その狭いパワーバンドが一カ所だった物を2カ所にするわけで、加速のローギヤ、トップのハイギヤと、まぁ、ちょっと極端なギヤ比だったから本当のトップスピードを感じるまで50メートルくらいかかるけどもの凄く楽しい。

今日は二子新地まで出かけていったんだけど、アスファルト路面で走らせたから一気にタイヤが坊主になってた。
まぁ、ドーナツとかやっちゃったからタイヤ減って当たり前だけどね。

ターマック用のタイヤも欲しいけど、いよいよもっと本格的なクルマが欲しくなったわ。


同僚のタムテックと併走しているときに、じゃれてみたら相手の車壊しちゃった・・・
秋葉原までスペアパーツを探しに行ったんだけどなくてね。

家に帰ってきてから調べたらスペアとしては出ていない商品らしく、メーカーから取り寄せないと。

まぁ、お詫びのつもりで晩ご飯はごちそうしたけど、自分のスペアも含めてメーカーに注文しておこう。

しかし、この2スピードミッション、世の中に送り出されてから20年以上経つと思うけど、考えた人天才だわ、本当に。
どうやったら自動的にシフトアップできるかというところも当然だけど、パワーのあるエンジンを作るという発想から、パワーのある帯域をたくさん用意するという視点がすばらしい。

っていうか、もう一歩踏み込んだセンターデフとか、ワンウェイとか、直接駆動系に影響があるオプションが欲しいわ。

僕が買った車は田宮製なんだけど、すべてにおいて着手が早いけど汎用性を重視してどちらかというと入門に近いクルマという印象でした。
でも、最近の世界選手権制覇とか、競技性の高いジャンルへの取り組みなんかはもう入門者向けだけじゃないメーカーになってますね。

はぁ、明日もどこかに走らせに行こう。京商のファントムというクルマを手に入れた20数年前に感じたインパクト以上の衝撃を僕にくれたクルマと一緒に。

2008年11月22日

経営陣宛のラブレターは9,999km走り抜けた先で癒しをもたらしてくれた

9,999km猛烈なストレスを僕に与え続けている来期の事。

提出しなくてはいけない、これまた猛烈な資料を作るに当たり、その方向性で走ってもいい物か?

そんなテーマで常務2名と面談。

 

夏休みの宿題並に「やらなきゃ、やらなきゃ!」というプレッシャーが僕を押しつぶしてきたのですが、何かのタイミングが僕の中で揃い、前日に猛烈な勢いで経営陣宛のラブレターができあがりました。

読み返すとまさに前夜徹夜して書き上げたラブレターって感じで、根拠は明確にあるんだからそんなに情熱的にならなくても良いのに!っていう仕上がり(笑)

でも、情熱の根拠が明確だったから自分の本心がそこに現れている訳で、自信を持ってその資料を持ち常務の前へ行きましたよ。

結果的にはおつきあいいただくことが出来たというか。

面談中、情熱的なラブレターをこれまた情熱的に読み上げちゃったモンだからね、常務も身を乗り出しながら聞いてくれた感じ。

ホント、大きな荷物がひとつ肩からおろすことが出来た感じでほっとしました。

その報告をスタッフに伝えてみたところ、最初何かを考え込んでいる様子だったけど、急に表情がニヤっとしたなぁと思ったら、「なんだか面白くなりそうじゃん。」って言ってくれた。これ、ホントうれしかった。

結局は赤字事業な訳で、僕のプランにオーソライズがとれたというだけの物。

アクションはこれからもっともっと多くなると言う選択肢なんだけど、そこを見据えて「面白そう」って言ってもらえるのは僕にとって最高のモチベーションになるし、きっとプランを実現することに力を発揮してくれるんだろうなぁ、と期待も出来る。

楽しみになってきた。

 

そんななか、僕のクルマの累積走行メーターは9,999km。(中古で5,600スタートだったけどね)

 

まさに桁が変わる瞬間に僕はハンドルを握ってアクセルを踏み込んで居るんだなぁ・・・、と思った。

この先赤信号はたくさんあるだろうけど、事故を起こさないようにしっかり周りを見ながら運転していくことにしよう。 

 

2008年9月16日

おやおや、知らぬ間に。

就業時間が終わった頃、まだまだフロアには他の事業部も含めてたくさん人は残っています。
そんなときに、隣の事業部の部長で執行役員からメッセが。

「おめでとう、すごく良い肉食いに行くけど行かない?」

って。

ちょうど忙しかったんで「ごめんなさい、今日は無理っす・・・」って返して見たんだけどおめでとうの意味がよくわかんなかったんですね、で聞いてみたら僕事業部の部長になってました。

おやおや、本人も知らないうちに。

でも、今まで中途半端な立場だったんで、これで責任と自信を持って自分の意見を言える。
もちろん立場をひけらかすつもりなんてさらさらないし、きっと今のスタッフは何も変わらず僕を怒鳴りつけてくれるだろう。
うん、僕はそれで良い。

でもなんでだろう、少し安堵感があるわ。

2008年9月13日

経営陣宛のラブレターは読まれずとも相思相愛であることを確認できた。

ふぅ、3連休。

お疲れ様でした、この数週間。

赤字部署である僕が所属する事業部は毎年2回ぐらい危機をむかえる。それが資金繰りだったり、数人のスタッフの相性問題だったり。

今回はどちらかという前者。

もともと赤字なんだから、親会社におんぶにだっこであることに代わりは無いんだけど、努力を見せたり愛情を示したりと様々な手を使って少し小遣いをもらう。

今回会社宛にラブレターを書いた内容は、僕を知る人ならば「え?」と一瞬目や耳を疑う内容だったかもしれない。

存続のためには人を切ることも手段の一つであると言うことを書いた。

身売りすることも、事業そのものをやめてしまうことも含めて、その指定された少ない紙面の面積の一部に収めてみた。

僕自身は性格的に人を切ることが出来ない、もちろん立場的にも職責がそこまで及ばないから僕の判断ではそれをすることは出来ない。でも、今僕に課せられている責任の範囲と発言の影響力がそこを実施できてしまう所にいる。

基本的に現場主義だから出世欲はあまりないけど、社長にはなりたくないけど工場長になりたい、下を全力で守るため上とけんかすることを全く気にしない、そんな人間になりたいと常々思っていて、いま僕がいる環境がそれを作ってくれた。

結局僕が徹夜で書き上げたラブレターは経営陣に読まれることは無かった様子だったが、経営陣は僕が所属する事業部に対して寛容で、それで居て息が詰まりそうなほどの期待をかけてくれている事がわかった。

僕自身がその場で話をして、その愛情を再度確認することが出来て、 そしてまた果たさなくてはいけない責任を自分自身でもう一度噛みしめることが出来た。

他の書類に追われ数週間ハードな日々を過ごしたが、一瞬でもこころから安堵することが出来た。

 

さて、今度は僕が現場に愛情を注ぐ番だ。

 

僕が居る会社はこの数年でプロ野球に参入することや、ある一定のジャンルで経済をコントロールする勢いさえ身につけた。残念ながら僕が所属する部署はそこにほとんど力を貸すことが出来ていないから、僕が居る会社は・・・、なんて語ることは出来ないんだけど、とにかくこの数年で爆発的な勢いで成長し、今ようやく落ち着きを手に入れようとしている。

その爆発的な成長が結果的に「着る服がなくなっちゃった!」とか、「靴のサイズが毎年大きくなる!」みたいな成長とともに準備しなくてはいけない身につける物をみんな新しくしなくてはいけない状態を作ってしまい、まさに身の丈にあったものを失っているような感じがする。

組織をよく三角の図で表現するけど、うちもそう。成長の勢いを加速するために三角形の頂点と底辺の間を構成する台形の部分がもの凄い勢いで大きくなりすぎてしまった。

1の意見を底辺の2つの角へ、たったそれだけの事なのに、その底辺の2点を頂点としたさらに底辺2点が二つという組織になり、その計4つの頂点がさらにその下の2点へ、またそのしたへ・・・

経営方針という会社の背骨を支えなくてはいけないはずの一本の線が、大きくなった三角形の中の台形を大きくゆがめてしまい底辺へ到着するときには伝言ゲームよろしく正しく伝わらなくなってきている。しかも、成長と同じ加速度的に。

今回、一番てっぺんの目を凝視する勢いで、おでこをつける勢いで近づいて話をして、やっぱりちゃんと話をするには人を介していてはだめだ、と痛感した。

僕が社会人になった最初の会社で「僕の今年の目標は『言いたいことは言うです!』です。」って言ったら「じゃ、僕は君の敵になるしかないね。」と言われたことがあったけど、僕の本質はその時、いや、親父とお袋に育てられその環境に一切惑いが無いことがわかった。

こないだ誕生日を迎えて39歳になり、もう世間では立派な大人だ。諸先輩方にはまだまだ及ばないけど、分別もあるし、例え年下の青二才と思っている奴の話でもしっかり目を見て聴く事の出来る甲斐性もある。

これだと思うこと、本気でやろう。

赤字体質を脱出して、利益を出して、その利益で社員旅行に行こう。

絶対やってやる。 

2008年9月10日

送別会は渋谷でハッピーバースデー自分


誕生日です、あと1時間ちょっと。

そんななか、会社に勤めてくれていた派遣の子が寿退職する事になり、渋谷で送別会。

若干のサプライズで僕用にバースデーケーキまで用意してくれていて、おまけに誕生日プレゼントまでくれてありがとう。
本当に愛すべきスタッフです。


そんな僕がみんなに出来ることは、みんなの場所を残すために一生懸命がんばる事。
ふぅ、会社戻ってきてこれから「事業存続のための経営陣に向けたラブレター」を書きます。

僕の気持ち、受け取ってくれると良いんだけど・・・・

さぁ、おかげさまで39歳、30代もあと一年。

40歳になったらいよいよ僕のやりたかった事始める準備を開始しないとね。
その為、残り1年の30歳代をとことん遊びまくりましょう。

2008年8月 8日

トシシタノオトコノコ

僕の歳になると一回り干支の違うスタッフと仕事をすることなんてざらにある。

そんな中で、ものすごく賢いやつが居る。

物言いに失礼が一切無いのに砕けて話をしてくれる、指摘が的確、おそらくは経験が伴わないんだろうけど知識が豊富、などなど。

勉強になるしもの凄く刺激になる。

ある程度の年齢になると若いやつの話を聞かなくなる(聞けなくなる)という人間が多いけど、僕もある意味そうなのかもしれない。いや、自分より歳が上だとか下だとか関係なく、自分の考えが無意識に正解で、他の意見に関してはすべて否定的に受け止める様になる人間が多いと感じている。
とはいえ、影響されやすいんで、なるほどと思うととことん話を聞いてしまうところもあったりもしてね、自分。

でも、こいつはホントにすごいと思える。

賢くてかわいげがある、そして何より僕がいつも感じているコミュニケーション・インターフェースとして「同じ言葉」で会話することが出来る。

いやもしかしたら向こうが僕にあわせるだけのキャパの広さを持っているのかも。。。

そいつと全く同じ年齢のいろんなスタッフ見てきたけど、現時点でこの差なんだから、これから追いつくのは難しいんだろうな・・・

でもほんと、こいつはすごいわ。
僕につきあわせてるの申し訳ないとさえ思うもん。

僕はもう若くないから「若いのにすごいね!」なんて言ってもらえることは全くなくなっちゃったからなぁ・・・。
せめて「話をしてたら安心するわ。」と言われる懐の深い大人になるようにがんばってみるわな。

2008年7月17日

会社を支えるのは結局社員

売り上げ予測、予実管理、資金繰り、事業計画・・・
なんだか、毎日毎日そんなことに頭を悩ませ、胃を痛めつつ。
僕を癒してくれる一人にそんな話をしてみたら早速行動開始してくれた。

本当、ありがとう、感謝します。

なんだかね、状況的には最初にこの事業を始め、そして終焉を迎えようとしているときのそれとうり二つな状況なのよ。
でも、今その事業部でそれを経験しているのは僕だけなので、出来るだけ緊迫した状況をプレッシャーにせず、モチベーションにしてもらえるように、自分なりに伝えるべき人向けに最大に翻訳した形でつたえ広めている状況。

まぁ、以前に比べると本当に破綻する前に大きな本社がそれを支えてくれる懐の深さを持っていることが僕自身への唯一の安堵を感じさせてくれる瞬間であり、責任の重さを改めて戒めの形で突きつけられる瞬間だったりして・・・

かわいい娘たちを楽しく、そして緊張しながらもやりがいのある職場でのびのびとさせてあげたいわ。

とりあえず、経営陣を納得させる重たい事業計画、頭にシナリオを書き始めることにしよう。

2008年5月13日

そしてまた・・・

はぁ、また送り出す側になってしまったわ。

もう何人になるんだろ、今の仕事に従事してから誰かを送り出すことになるのは・・・
僕、今の仕事に落ち着くまでちょいちょい転職した口だけど、送り出された事って無いんだよね。

唯一で言えば社会人デビューしたときくらいか?
でも、その会社を辞める時、僕をかわいがってくれて居た副社長は僕が辞めるその日の24時まできっちり仕事を入れてくれるというはなむけをしてくれたから、送別会ってのは無かった。

それ以降は事実上の解散や解雇、営業権譲渡による分解・・・

結局、振り返ると僕は送り出されたことが無い。
振り返ると今の事業の最古参になり、そう言った中で送り出し続けてきた。

えぇ~、正直言うと誰かが辞めるたび僕的には愛情を持って接している事業だけに身を削られる気持ちで居ます。
腕をとられ足を取られ、耳、目、口までも・・・

もはや僕には何にも残っていないのではないか?と思えるほどに身を削りだしています。

寂しさや虚脱感、そして嫌悪感・・・

もう誰も僕の前からいなくならないでください、ずっと今のまま、やいのやいのとやりながら・・・。

そうじゃないと僕自身の居場所を失ってしまいそうだから。

2008年4月14日

たぶん限界点はすぐそこ。

僕の所属する事業部は屋号を持った株式会社でもあります。

存続の危機というか、サービスの転換とか、まぁ、そんなことは毎月のように言われ続けてきたんですが、ここにきてリアルになってきているような気がします。

なんだか、自分の考えや方法論が全部間違っていたのかなぁ・・・、と。

言いたいことも相談事も、なんだか上役には伝わっていなかったらしく、結果全く仕事が出来ないやつであるという話になってしまいました。
直属をたてたつもりが、結果としてそういう事になってしまいました。

後悔しても始まりませんが、結果的には僕に責任があります。もはや何らかの形で責任をとるしかないのかもしれません。

たぶん僕の出来る事の限界が近づいてきて居るのでしょう、良い方向に、そしてみんなを守るために最後がんばってみようと思います。

そんな仕事にもまれている中、今まで書きませんでしたが、この春から僕は最愛の娘と別々に暮らしています。
ただでさえ娘と別々に暮らすと言うことで僕は生き甲斐を失いかけている中、仕事に、今の事業に、とにかくすべてを注いでみようと思っていたのですが、そんな結果です。

唯一の救いは、この週末娘に会った娘が、たくましく2年生になってくれた姿でした。

おかげで、もう少しだけ僕はがんばることが出来るかもしれません。いや、がんばるしかない訳ですから、もう、やるしかないのです。

今の環境では自然体でがんばるなんて事が出来ないんですが、もう、自分をだましてでも、自分に嘘をついてでも、とにかく自分が自分であるためにはやるしかないと言うことなんだと思うことにします。

2008年4月 3日

贈る言葉

4月って新卒が入るけど、ある意味送り出す季節・・・

今の事業に携わって、僕は送る側だけしか経験したことがありません。

 

いま関わっている仕事を成功させたいと本気で願っていて、それに賛同してくれるスタッフは多いのですが、反面送り出されるスタッフが多いことも事実。

 

あぁ、そろそろ僕も送り出される側にならないと現状って変わらないのかな。。。

 

 

悩ましいテーマ、山積みです。 

2008年3月29日

仙台滞在3時間、移動時間4時間。

さて、本来であればこの時間、国分町界隈で牛タンを味わいながらビールなど適度にいただいている予定だったのだが、なぜか帰宅。

あぁ、明日は一般客として野球を見ようと思っていたのに。

今日は大好きな楽天イーグルスがクリネックススタジアムという名前に変わったホームでの開幕戦。

力使えばバックネット裏なんて余裕っす(爆)

とはいえ、今日もうちのスタッフに助けられて大きな問題にならずに済んだわけだから、数々のスタッフに感謝。

はぁ、でも明日はそのトラブルの物を届けに朝から出かけなくちゃ。
週明けはいきなり重たいMTGに参加するしなぁ・・・

そろそろスイッチ入れ替えなきゃな、やる気ない部なんて言っている場合じゃないぞ、おれ!

  

2008年3月19日

モチベーションと現実の狭間で

仕事、そこそこ充実しています。

訳のわからない部長職を与えられ、訳のわからないプロジェクトにご指名で呼ばれたり・・・
 
でもなんか流されている感じ200%って感じなんですね。
 
自分のパフォーマンスの発揮先って意外に自分でわからなかったり、ぽかんとあいた大きな穴を埋めるために、実はご指名されるという価値観に自分の居場所を感じて、そっちに頼っていたり・・・
 
「常に改善、常に前進」っていうほど僕自身にパフォーマンスがないために、一生懸命何かに取り組んで「一つ改善、一つ前進」って言うのが本当は今の僕の精一杯。
 
とはいえ求められているところ、その「一つ」が凄い高いところに要求されているために、プレッシャーという重圧でもありやりがいでもあり、まぁ、とにかく「男は黙ってやるっきゃない!」という中学時代に担任に言われた言葉を思い返したり。
 
気がつくと与えられているミッションが「民主主義的にみんなで決めたこと」っていう「共通認識」というシンプルな結果を産むための物で、そしてその為の根回し、演出、そんな些細なことに翻弄されて現実が見えていなかったり、でも 実はそのミッションが気がつくと僕の我を通すための努力に置き換わっていたことだったり・・・
 
 なんだかいろいろと沸いては消え、そしてそれを形にする事がすべてだったり。
 
 重圧に押しつぶされそうになりながらも、ほんと些細なことなんだけど心から癒されることがあったり、卑下している仲間の意見に真実を見いだした時のぶつけどころのない嫉妬だったり。
 
 
 
ふぅ。
 
意外な弱さを自分自身の中に見つけたので、今度は自分を奮い立たせる演出をしばらくやってみようかと思っています。
関係各位、実はもの凄いご協力を、それを感じさせないようにいただけるよう僕はがんばってみます。
 
 
うわぁ、悩み多きタイミングで適当に酒が入ると訳がわからない文章になるわ。
もう寝ます。
 
もう一本だけ飲んで・・・ 

2008年3月 5日

二つの選択肢。

些細なことなんだけど、二つの選択肢があった場合、そりゃ自分の好きな方選ぶわな。

そりゃそうだ。

よし、寝よ。 

2008年2月27日

会議ショー

今日は朝から会社の中枢部の会議に出席。

ん〜、僕が初めてで皆さんが何度も参加されているからでしょうか・・・、100人の観客限定のちょっと会議ショーという印象でした。

実はその会議の決議内容はとてもシンプルで、会長はさすがと思える裁きを下していきます。

もちろん、その中枢を担う役員の方々もそのショーの脇を固めて居るのですが、その周りにいる、ん〜〜、オーディエンス?たちの温度差が凄いんです。

いわば、会議に出席していながら、その会議に参加していない、まるでショーを見ている観客なんですね。

その中でも会長は見事な采配を見せるんです、やっぱり。

指摘もシンプルで的確だし、時にユーモラスな発言で場をまとめ、そして確実に視線を自分に向ける。そして、その会議をきっちりと進行する。

 

基本的に僕、愛社精神旺盛なタイプなんですが、あらためて惚れました、男として。

ああいう男になりたいと思いました。

 

僕の所属する事業部は、会社組織のランクで言えば下の下。

いつ「もうやめよう!」っていう決議が下されてもおかしくない部署ではあるのです。

でも、僕はその部署のプロパーとして「どうにかしたい!」って結構恥ずかしげもなく胸を張って言えるほど愛情を持って居るんです。 

大きな組織をまとめようとする会議に参加して、いざ振り返って自分の所属する部署に置き換えて考えてみると、やっぱり規模の差はあれども「みんなで参加して、みんなで決める。でも、間違った方向に進みそうなときは、時にユーモラスで笑いを産むような例えを用いてでも意志の統一をはかる。なぜならば、それが低い敷居で、深い疎通がとれる方法であることを知っているから。」という会議進行が出来るようにならないといかんな自分、なんて考えさせられたりもして。

今まで、コーチングなり自己啓発なり、そんな本もたくさん読んだし、興味を抱いた人には失礼を承知で話をしたりしました。それが凄い役員でも。

でも、あらら、そんな努力しなくてもここに凄い人居るわ!ってあらためて思うことが出来た一日になりました。

 

朝から会社の会議、部のMTG、各種手数料の折衝を経て雑務。で、委託先コンサルタントのスケジューリングの甘さを指摘して・・・

と、書くとなんかもの凄い仕事量をこなしているようだけど、まだまだ時間の使い方が下手だなぁ・・・、なんて戒めてみたりも。

そんな僕を雇ってくれるこの会社、なんか結構居心地いいです。 

2008年2月22日

ちょっと切れた。

ちょっと切れた、ごめんなさい。 

2007年9月25日

充実した仙台出張でした。

21日〜24日まで楽天イーグルスのイベント対応のため仙台に出張してきました。
結果から言うと本当、行ってよかった〜、って感じでした。
もちろん仕事だから行かなくてはいけない物だったんだけどね。

仕事面では、都合2,000人以上のお客様と接することが出来、また100人以上のうちの顧客と話をしたこと。
クライアントである楽天野球団の職員とコミュニケーションを図ることが出来たこと。

来シーズンを迎えるにあたり大変なことは数多くあるけど、それを超えるほどにいまから楽しみです。

またもう一つ仕事面で言うと、内勤にちかい同僚を現場に連れて行くことが出来たこと、これも大きい。うちの商品が現場でどのように流れ、そして顧客がどのように利用しているかを自分の目で見ると言うことからきっと何かを感じ取ってくれたんじゃ無いかな。

 

22日以降は家族も仙台に来たんですが、ホントいろいろあって久しぶりに家族で過ごしました。

球団の取り計らいで観戦させてもらうことも出来、しかも3点差を逆転して勝利するというドラマチックなゲームで大満足。
こないだの7回、8回と爆睡してしまった時と同じ西武戦だったのですが、もう最高の試合でした。

フルキャストスタジアム宮城、最高!

やっぱりホームゲームはいいです、最高。

ほぼすべてを埋め尽くすイーグルスファンがここぞという場面で盛り上がるのですが、スタジアムが本当に一つになる。
一人の打者のモチベーションを最高の所に運ぶことが出来るほどに支える。
投手が投げるボールに最大の迫力を与える・・・。

完全にスタジアムが一つになっている所をみて変な話涙が出そうになりましたわ(笑)

 

球団職員達が山崎の42号ホームランにハイタッチで喜んでいる姿、ファンがスタジアムを一つにするパワーを持った様子、うちのチビが逆転のチャンスに「行け〜、チャンスはここしかないぞ〜!」と大声を出す姿(笑)

僕はこの出張中ずっと「ファミリー」の中で過ごすことが出来ました。 

2007年9月 3日

鴻巣

土曜日は約一ヶ月ぶりに娘さんと出掛けた。
夏休みの間中大阪行ってたからね。


ほとんどはゲームセンターで時間を過ごしたんだけど、外出の目的は香典袋を買うためでした。

会社の社長のお父様が亡くなられ、日曜日にその葬儀に参列してきました。
会場は鴻巣。

威厳のあるお顔の御遺影が妙に印象に残りました。

ご冥福をお祈り申し上げます。

さて、今日から一般的にも夏休みが終わり、完全に日常モードです。

頑張って行きましょう!

2007年8月10日

さようなら、六本木

会社が引越する。
基本、六本木への出勤は今日が最後だ。

はぁ、いろいろあったなぁ。
一番影響あるの玉突き環境だよなぁ。

今までは会社から歩いて店まで行けたけど、これからは電車乗らないと駄目だ。

他にも店はあるけど、新しい店を探そうって気持ちはあんまり無いしなぁ。

そうか、結局僕は玉突きをプレイすることよりも、居心地の良い場所が欲しかったのかもしれないな。
実際かなり居心地良いし。


毎日は辛いけど、出来るだけ通う様にしよ。
自分の為にね。

2007年6月 2日

昨日は西へ、今日は北へ。

今の職務では出張する事もある。
昨日は静岡でサッカー、今日は仙台で野球。

でも多い経験ではない為、これが結構楽しい。
来週も結構現場が続くから少し楽しみ。

2007年5月 5日

N響★カンタービレコンサート〜上野で宴

NHK交響楽団、企業としてのNHKとオーケストラという団体。
もう、お堅いイメージありませんか?

僕はそちら系の知り合いが結構いたせいかあまり堅いイメージは無かったのですが、やっぱりN響というとそれでもちょっと堅いのかな?なんてイメージありました。
放送局のエンジニアがネクタイ締めて作業されてる会社ですからね・・・(笑)

N響★カンタービレの宴 で、昨日は現場立ち会いのあと、スタッフの方、演奏者の方、指揮者など様々な人たちとの交流の場に参加しました。

写真は1次会なのですが、最終的には4次会まで会は進行し、すっかりうち解けてしまい睡魔と酔魔さえ無ければこのままどこまでも騒いでいたい様な感じになっていましたねぇ。

でも、さすがに「飲み始めてから7時間たちますよ・・・」なんてそれぞれ疲れも出てきたので解散となりました。

偶然にもマエストロ渡邊一正氏とご近所さんであることがわかったので、二人仲良くタクシーで帰宅となりました。

いやぁ、楽しかったわ。

音楽に携わる人たちってホント愉快な人が多くていいわ。 

2007年1月13日

新年会で親睦会

会社の有志を募った飲み会も早数回。

いやいや皆さん元気だわ。

 

電車のあるうちにぎりぎり解散になった物の、六本木交差点で僕の大好きな取締役を含んだ別のチームを発見、即合流(笑)

いやいや、楽しかったわ。 

2007年1月 5日

写真部@オフィス

 折に触れて書いていますが、僕の会社には部活動補助制度があり、予算を割り当ててくれます。

で、僕が所属しているのが「写真部」。

2006年、数回の活動に参加しましたが、そのときの写真を集めて社内カフェテリアに掲示してもよいことになりました。

仕事始めの今日、社内イベントが多く日常業務はほとんど行われていないので、写真部の展示用パネルの作成となりました。

僕が撮った写真もいくつか掲載されています(笑)

 写真といえば、僕自身カメラはCONTAXのRX-IIIをはじめ、デジカメは名機QV-10、FUJIFILM FinePix1500、Panasonic Lumix2台を経てNikon D40へとたどり着きました。

D40。性能でいえばCONTAXにはかなわないのですが、手軽さと性能ではもうその域に達している機種です。
もちろん機種的に上を見たらきりがないのですが、三脚にカメラを据え、測光して・・・、なんていうのはやらない「サンデーカメラマンだけども画質にはこだわりたい!」っていう僕には十分なカメラです。

さて、仕事始めとはいえイベントに終始した今日は社内の人まばら。展示のセッティングはカフェテリアを贅沢に使って作業となりました。

結局、6回の活動分、合計48枚の写真がパネルにおさまって展示となりました。

明日これを初めて見る他の人たちのリアクションが楽しみです(笑)

で、滅多に味わえない電気を完全に消したカフェテリアではもう一つ魅力的なものがありました。
そう、ここは六本木ヒルズ。
夜景がとても見事で、東京タワーを軽く見下ろすとてもすてきな景色が目の前に広がっているのです。

電気がついているときれいに磨かれたガラスに照明が反射して味わうことができなかったのですが、こんなにきれいだったんですね。
残念ながらD40は持ち運びには不便なので最近常に携帯しているLumixで景色を撮影。
blog用にサイズ変更したらさほど画質の悪さも気にならなくなったかな??

2006年12月30日

一年間お疲れ様でした。

20061229-2.jpg 12月29日、仕事納めでした。

  僕の勤める会社はこの最終出勤日、高輪プリンス飛天の間で納会があります。
いやはや豪華、会場も豪華でゲストも豪華。

何たって今日は1,800人入ってご覧の通りの超満員です。
グループ全員を一カ所に集めるのはもはや無理かもしれませんね、そろそろ会場を東京ドーム、いやフルキャストスタジアムにしましょうか、実行委員の皆さん(苦笑)

20061229-1.jpg

 例によってこの一年お世話になった人やご無沙汰の人に挨拶するため会場内をビール瓶持って数周するも、新しい人も増えたし、いなくなっちゃった人もいるし、満員過ぎて移動もままなりません。でも、何人かには挨拶をしてまた来年もよろしくと伝えました。

とはいえ、本当にお世話になり、迷惑をかけつつも支え合った愛すべきスタッフには感謝の一年です。

20061229-3.png だから、会社の一番偉い人と記念写真を撮りました(笑)
これ、僕の宝物にしますね。

来年はいろんな意味でスタートダッシュをしなくてはいけません。
また今まで以上にチームワークを発揮して乗り越えましょう。乗り越えた先には今まで以上の物が絶対にあります、いや、そうなるようにこっそりがんばっていますので安心してください。

じゃ、また来年もよろしく!
 

2006年12月27日

5ヵ月ぶりの酒の味

会社の忘年会だった。
店のグレードが高く、お食事会と言ってもいい感じ。

その店はうちの社長が通っているため、お品書きに会社のロゴがプリントされていた(笑)。
そんな店のスタッフのユーモアが一層印象をよくしているとてもいいお店でした。

さて、久し振りに酒を飲みました。
ビール一杯と洋酒を沢山。
いざ飲んでしまえばなんてこと無いってのが感想。
また新たな目標を設定して酒抜いてみようかな(笑)

2006年12月 4日

またラブレターの代筆・・・

・・・をすることになりました。

事業計画と言うと聞こえはいいけど、実質根拠がない。

「俺、今度あのこと結婚するんだ!」
「え〜!あたしそんなこと聞いてない!」

みたいな。

 

前回のラブレターの代筆は情熱だけは伝わったらしく、次のステップにつながったようではあるのですが、どうも代筆を頼んできた本人の「押し」が今ひとつで、その愛はなかなか実を結んでいません(笑)

今度は背中をぽんと押す役もやってみようと思います。
もはや手段なんて選んでられませんからね。

2006年11月25日

紅葉狩りで高尾山登山。

 僕は会社の写真部に所属している。
同好会制度があるので、いくつもの部があるんだけど、とりわけ写真部は発足が新しいにもかかわらず活動が盛んだ。

今日はそんな部活の日、秋晴れの中紅葉狩りに行くと言うテーマで高尾山へ行った。

娘と二人、集合場所の高尾山口駅まで出発、11時集合だけど我が家からは10時出発で余裕。
京王線万歳って感じ(笑)

駅に到着していきなりびっくり、京王線からケーブルカー乗り場までがなんとケーブルカー乗車待ちの長蛇の列!

部員の皆さん、何の躊躇もなく登山道へ足を進めて行かれます。
「ほのぼのとケーブルカーに揺られ秋を楽しみ、そのまままたケーブルカーで下山し、麓の蕎麦屋で舌鼓」なんていう僕のシナリオは1ページから崩れていきました・・・

それでもきっと娘がぐずって『うちやっぱりケーブルカーで行きますね!』 なんてシナリオを頭の中で書き換えるも足取り勇ましく登っていく我が娘。

もうあきらめました、僕は率先して登ります!

30分ちょっとでしょうか、1時間くらいでしょうか、とりあえずケーブルカーの山頂の駅に到着しました。

山頂駅で寝坊のため遅れてきた写真部部長と合流し、さらに山頂へ向けて足を進めます。

我が娘も時折「つかれた〜!」とか言いますが、登っている途中常に何かしゃべり続け、おもしろそうなモノを見つけると走って行くほど体力があります。

結局娘共々高尾山山頂まで登り切りました。

写真部ということもあり、要所要所撮影スポットになりそうなところではシャッターを切り、景色を収めていきます。

 さて、だいぶ太陽も傾いたので下山!ということになり、とりあえずケーブルカーにも乗りたいと思っていたのでケーブルカーの駅まで行ったところ、やっぱり下が混んでいたら上も混んでいるわけで、整理券が配られるほどの混雑。
同行の部員の方が整理券を取ってきてくれたのですが13番。で、今コールされているのが20番。いったい何番で折り返すんだ!?と思うも次が1番でちょっと安心。

とはいえ、13組も待つのか?と7分間隔のケーブルカーで計算したらなんと約2時間も待つのか!!

歩いて下山しようかと思ったけど、娘も「ケーブルカー乗りたいし、待てばいいじゃん!」と唇を青くしながら満面の笑顔・・・、その場に座り込み、漫画を取り出し待つ気満々。

太陽も傾きだいぶ寒くなってきたけど、覚悟を決めてからは、何とか暖をとりながら待ちましたよ、約2時間。
あたりは真っ暗になったけど、無事に乗車の運びとなりました。

娘さんは今よりもっと小さい頃にこのケーブルカーに乗ったことがあるんだけど、さすがに覚えてないらしく、車窓から見える景色に興奮してくれたので、寒い中待ってもまぁ良かったのかなぁ・・・、と思ったりもして。

到着後徒歩下山組に電話してみたら「とっくの昔に解散したよ!」とのことだったので、娘と二人京王線で我が町府中まで帰ってきた。

おなかがすいたので何か食べて帰ろうと話をしていたら「おすし!おすし!」と朝から元気のレベルが下がることが無い娘さんは府中駅ガード下の寿司屋へここでも足取り勇ましく一直線。

しかし、店の前まで行ったらなんとここでも長蛇の列。

「はぁ、今日はどこ行っても待つねぇ!」と娘さんここでも待つ気満々。

結局ここでも20分位待って着席、そして喰うわ喰うわの二人で16皿。
いつの間にうちの子こんなにたくましくなったのやら・・・

家について、一緒に風呂入ってがっつりと暖めてやったらさすがの娘さんも「バタンキュー」でした。 

秋を堪能と言うより、娘の体力的成長を身をもって感じた一日となりました。

 

 

2006年11月18日

継続は力なり。

20061117-1.jpg 今日はこれもまた月イチ開催の「パパ会」という集まりがあった。

なんて言うんだろう、テーマは「リアルSNS」らしく、知り合いが知り合いを呼んで、それが徐々に大きくなってコミュニティを作るって感じらしい。 

実際数十人の役職を超越した集まりになっている。
一回りも年の違う新卒新人をいじってみたり、同僚と親交を深めてみたりと、あっという間に時間は過ぎていく。

 この会もすでに数回開催され、集合時間に遅れてくると自己紹介をし、遅れたお詫びとして乾杯の音頭をとる、結局一回の集まりで数回の乾杯がある・・・、といった決まり事も出来てきた。

こうやって集まると会社ですれ違ったときなんかに「よ!」なんて声をかけることがあって、それがまた結束力になるんだろうなぁ・・・、なんて思ったりもした。

でまた玉突きの話で恐縮なのだが、お店の人にお礼を言われた。
え?とか思ったら「最近常連と撞いてくれるから、たまにしかこない常連達もマメに集まるようになって活気が出てきた。」とのこと。

あぁ、そうか、継続するって事は力になるんだ・・・、なんて思った。

とりあえずはこの会と玉撞き、しばらく継続させようじゃない、ね。 

2006年11月16日

きりたんぽに癒されて。





ふとした事でカニ食べたいなんて話題になって、調べているうちにきりたんぽを見つけて、結局きりたんぽをつつきに行きました。



これからの季節は美味しい鍋と楽しい会話が僕の癒しになります(笑)



あ、玉突き練習してない! まずいなぁ(笑)

2006年11月11日

月イチ会とビリヤード練習

黄金豚 HANN 今日は最後の月イチ会。
会社組織の体制が変わったため、現在の形での月イチ会は今回が最後になるだろう。

会場は「黄金豚 HANN」という韓国料理、豚焼き肉屋さん。

会社から予算が出ることと、お店のご好意で一人2,000円予算でおいしい物をたくさんいただきました、ごちそうさま(笑)
 20:30スタートで終電間際まで楽しいひとときを過ごしました。

 

さて、解散後、週末の玉突きの試合に向けて練習。
今日も常連さんと相撞きしていただき、誰かと玉を撞くという感覚を入れることが出来た。

明日はみっちりと一人で練習して、日曜日が試合本番!
目下、一番の敵は10時までに池袋に行かなくてはいけないと言うことだけだ!

明日は早く寝るぞ!!(笑) 

2006年11月 3日

さて、これから・・・

僕のデスクトップにはキムがいます(笑) ようやくひと段落着いた。
いっぷく入れて、さて、これから自分の仕事。

明日来てやろうかと思ったけど、今から高い金払ってタクシーで帰って明日また来るって方が効率悪い。
こんな時間からでも、1.5倍時間かかるほど効率悪くてもやっつけてから帰ろう。

そういえば昼飯にパン2個食っただけだったなぁ・・・、と思い出し、さっき社内のベンディングマシーンで夜食を購入。

始発までに作業が終わったらちょっとだけ玉撞いて帰ることにしよう。

しかし、なんだかこう、微妙に表現できないような感覚、いや感情みたいなものがここしばらくあって釈然としない毎日だなぁ。やっぱり疲れているんだろうな。

例えば人間を集めて手をつないで輪を作ったとする。
一人では輪は作れない、二人になって初めて輪になる。
三人で輪を作るとなんと全員が全員の手を握っているという状態が出来上がる。

しかし、そこにもう一人加わり四人で輪を作ったととたんに正面に向き合っているにもかかわらずその人には触れていないという関係が出来てくる。

そのまま人数を増やして行くと大きな輪が出来上がるんだけど、結果的に両脇にいる人としか接することがなく、しかも正面にも誰がいるのかわからず向き合うことも出来なくなっている・・・・
かかわっている人数が増えているにもかかわらず、三人で輪を作ったとき以下の関係性しか作ることが出来ない。

なんだか今そんな感じがするな。

2006年10月13日

パパ会。

20061012.jpg ウチの会社は何かと理由をつけて集まることが多い。

飲み会だったり、仕事の反省会だったり、誕生日だったり・・・

でも今日の集まりはひと味違う会なのです。

元同じ部署の同僚(写真)がパパと会社で呼ばれているのだが、声をかけて広まった人脈を大切にしようね!的な集まりなのです。

いやいや、幅広い部署から集まって来るわ、若いやらで大にぎわいでした。

はじめて話をする人、以前から挨拶程度に話はするけどじっくりと話をしたことが無い人など、いろんな部署から大集合。
でも、本当は会社からの指示で集まるよりも「お、行こう!」的な集まりの方がより積極的に話が出来るし、結果それが組織を密にしていくんじゃないかなぁ、とか思う。そしてその密になった結果チーム意識が産まれ、「みんなが一人のために、一人がみんなのために」って言う、理想論として語られる事があるけどなかなか実現しないことを具現化していくんじゃないかなぁ・・・、とか思う。

集まる趣旨?そんな物は必要ありません。
とりあえず、人と知り合って関係を築く事が出来るのであれば!

月一でやるこの会、1年後には100人越えるでしょう(笑)

2006年10月 7日

10月の月イチ会と、壮行会と、それに至る道・・・

20061006-2.jpg 月に一度の恒例行事、部門の月イチ会が金曜の夜にあった。
しかし、東京都内は季節外れの台風の影響で大雨。
六本木ヒルズのエントランスはメインの出入り口からの入出館が規制されるほどの荒れ具合、もはや嵐。

いやはや今日は帰れるのだろうか・・・、と不安になるほど。

その月イチ会のside Bとして、以前の同僚が語学留学のため、まずは3ヶ月NYに行くという壮行会にも行く予定もあった。

その時点で「今日は帰れない・・・」ということは覚悟していたので、もはや電車を気にするよりも、買ったばかりの傘が強風で折れたりしないかの方が気がかりだったわけ。

月イチ会は上の写真の「六本木 もつ鍋 元気」という店。
3回目の参加にしてようやく「あ、気軽にくることできそう!」というお店で一安心(苦笑)

まぁ、他愛もない話に花を咲かせ、大好きな経営陣の一人ともお話させていただき、(内容はくだらない内容なのですが・・・)充実した時間を過ごし、月イチ会は解散となった。
以前ならそのまま二次会、三次会・・・、となるんだけど、雨脚が弱まったといえ皆駅へと足早に駅へ向かっていた。

さぁ、僕は別件の会へ合流だ。

20061006-1.jpg 次の店は「もつ鍋元気」のすぐ裏手、以前2回ほど行ったことがある「汁べゑ」という店。こちらも落ち着いた感じの店でおすすめ。

実はこの店にむかうまでに数回すでに参加している元同僚から電話があり「早く来いよ」てな事を言われていたのだが、まぁ、そちらはそちらで進めていてくださいってな気持ちでいた。

で、聞いてみたところなんと「主賓、送られる人間」が遅れて来たとのこと。
あらら、飲み会に遅れてくる事を許さない、電話してきたその同僚の事だ、怒っているに違いない。

案の定、店に着いたら一人不機嫌印丸出しだった(苦笑)
しかも携帯メール入力画面で「飲み直しに行こうよ。」なんてわざわざ隣に座っている俺に見せて来る状態・・・

間合いを見計らっていたら奴が「ちょっとトイレ行ってくる。」と言い残し支払いを済ませ、 「眠いから帰る。」と。

一瞬場が反省と嫌悪の微妙な空気で固まってしまったが、言い出したら聞かないことは重々承知しているので、送り出すことにした。

自分自身、以前他の送別会で頭にくることがあり2次会の移動で抜け出したことがある。
本当はそういう行動をすることが許せないのだが、原因が理解できたので無理に引き留めても余計場が固まる可能性があるので静かに僕は見送ることにした。

 

ん〜、最近以前に比べると本当に酒の席にいる機会が増えた。酒を抜いているというのにもかかわらずだ(苦笑)
トラブルって言う訳じゃないけど、なんか毎回いろんな出来事があるなぁ・・・

酒は飲まないんだけれど、同じ年の部門の上の人や同僚の娘など「二人でご飯を食べながら話でもしようか?」的な時の方が余計な気を使わないで済む分楽だなぁ、なんて思ったりもしちゃうわ。そしてそういう方が「また行こうね!」って気持ちになるし・・・。

で、話は戻って。
壮行会を終え、複雑な心境を抱えた僕はまた玉突きの練習に行ったとさ。
先述の他の送別会と同じだわね。

2006年9月28日

六本木の夜は更けて・・・

そろそろ仕事が終わりそうだな、という時間にメッセンジャーで「飲み行くぞ!」と。

健茶王 600ml*24本結局こんな時間まで飲みました。
えぇ、僕はウーロン茶を(苦笑)
脂っこいホルモンをウーロン茶で流しながら食べた感じでしたが、おいしく頂きました。

ふぅ、早く寝ないと明日が辛いぜ!

2006年9月24日

写真部 in 羽田空港


20060923-4.jpg
僕の勤めている会社には会社公認の部活制度があり、僕は写真部に所属している。 今日は羽田空港に飛行機の写真を撮りに行った。とは言っても僕は飛行機の離着陸を眺め「優雅だなぁ・・・。」と感動しているのがほとんど。 皆さんは大きな本格的なカメラで旅客機を撮りまくり(笑)

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2006年9月22日

お誕生日会

僕の会社では毎月お誕生会を行っている。
もちろん僕は9月に誕生日があるので、9月の会に招集されたわけ。

まぁ、半ば参加義務的なところもあるけど、「いろんな人がいるんだな、うちの会社」と思うことが出来るので楽しみで参加している。

役員の方々もわれわれの位置まで降りてきてくれ、気軽に話が出来る楽しい会。

とは言うものの、その会が終わり会社に戻り現在深夜2時。

ん~、アメとムチだな(苦笑)

2006年9月12日

会社から書いてみたりする。

まだ会社。
だから会社から書いたりしてみようと思う。

遊んでこんな時間まで居るわけではないので、まずはそこのところご理解いただき、煮詰まった作業の気分転換であることを付け加えつつ・・・

慣れてきたコンタクトレンズ、装着にも時間がかからなくなってきたのだが、昼間目薬をさしたらまたコンタクトレンズが浮いて取れた。以前の玉突きの試合のときと一緒。

今週末の試合に一抹の不安が・・・

ん~、目薬で取れるなら今のうちに好きなだけ取れてくれ!

さて、今週はいきなりこんな時間まで仕事をしているくらいだから練習する時間がなかなか取れない事が予想される。
ん~、家の近所の店なら朝5時までやってるから、睡眠時間削ってみるか!?

ふぅ、とりあえず目の前の作業をこなすことを第一歩にします。

さ、休憩おしまい!

2006年9月 9日

歓迎会、いろいろな店。

しかし、8月9月は飲み会が多い。
まぁ、イベントが多いのだから仕方が無い。

振り返ると・・・

8月1日 事業部門親睦会
Departure Lounge

8月3日 有志の飲み会
森のビアガーデン
はいばな

8月8日 ジンギスカン部
:ふじや
汁べゑ

8月22日 同僚
汁べゑ

8月23日 ジンギスカン部
だるま

8月25日 歓送迎会
CANTINA LA FIESTA

9月1日 事業部門親睦会
TSUBASA翼
FIORIA

9月5日 同僚、プレ歓迎会
六蔵

9月8日 歓迎会本番
くろひつじ
潤沢

とまぁ、いろいろな所に行きまくったわ。
9月8日までに5店舗、打率6割2分5厘です。

2006年9月 5日

新メンバー加入。

会社のスタッフにまた一名新しいメンバーが増えた。
先日加わった新社長の元同僚。

今日はそのほぼフルメンバーで会社の入っているビルにある居酒屋で飲んだ。
8日に歓迎会があるがほぼフルメンバーだったので「プレ歓迎会」と言ったところか?

新社長は先日の飲み会で飲み過ぎてしまい、ちょっとかっこわるい所を見せてしまった事を反省ひとしきりの様子で、今日はかなり抑えている様子。
そんなに気にしなくてもいいのに(笑)酔って足下がおぼつかなくなるなんて良くある事、決して悪い印象なんて持っていないのでご安心くださいませ(笑)
むしろ、僕らの今までの輪の中に一気にとけ込んでくれていますよ!

今の事業を始めてから実質僕が一番在籍が長い。

今までにおそらく100人を越える人が新メンバーとして加わり、そして去って行った。
やっぱりそれがたとえ誰であっても去って行くのは寂しい物で、加わってくれる方がうれしい。

そして今日の顔ぶれを見て、数年前にこの事業を始めようと有志が集まった時のような、沸々としたチャレンジ精神が僕の中に湧いてきた。

今のメンバーならきっと新しい事ができる。今のメンバーなら力を発揮できる、と。

僕も年齢的にはラストチャンスに近い物がある。もちろん、もっと歳を取り新しいチャンスを作る事は出来るんだろうけど、今日の顔ぶれをみて本当に「何か出来るチャンス」を確信した。
このチャンス、僕の中で活かすも殺すも僕次第。

今までの体勢にはない「何か」を具現化するための努力、そして好奇心、向上心。

ちょっとばかり僕の中で小さな革命を起こすのは今かもしれない。

2006年9月 2日

毎月1日は部門の懇親会

先月1日の懇親会に引き続き、今月も会社の部門懇親会だった。

いやぁ、若いって良いね、うらやましいよ。あの元気。

20060901-1.jpg2次会では会社の創業メンバーの一人の方がカラオケでもの凄く盛り上げてくれた。
買収などで現在のポジションに就いた役員の方と、創業からいる役員の方の最大の違いは現場との距離の差だなぁ・・・。
僕は創業メンバー役員が大好きです。
写真はその役員、疲れて店のベンチで爆睡してました。ご本人の名誉のために顔はモザイクで(笑)

途中無理して飲まされ酔いつぶれる奴や、日頃抑えていた物が解放され「地」が出る女の子など・・・

いやいや、可愛らしいよ、この世代。

僕も楽しくなって珍しくカラオケ歌ってみたりしたよ、何年ぶりだろ。
でもあの「若さ」パワーに圧倒されて疲れてきたので、途中で退散、始発待ちで玉撞いて帰った。
お?むしろ俺の方が元気なのか!?

2006年8月26日

酒の席での立ち振る舞い

書くかどうか悩んだけど、その時感じた事を正直に残すのがここの目的と決めたから・・・

今日は歓送迎会だった。
会社のそばの店で始まった歓送迎会だったのだが、メキシコ料理が主体と言う事もあり、酒のメインはビールとテキーラ。
僕は相変わらずに酒を飲まない様にしているのだが、一応目標として玉突きの試合で納得いくプレイが出来たら・・・、ってあげているんだけど、なんか酒というか大好きなビールも飲みたくない気持ちになった。

各々の酒量の限界点は各々に存在するはずなのだが、「雰囲気」「勢い」などの要因を機に酒量の限界を超え、自分自身を失い始める。

酔い方はやはり各々なのだが、なんだか今日は非常に醜い酔い方をした場になり、僕は途中から不愉快を通り越し、下手すると殴り掛かりそうな感情が湧いてきてしまった。
なんとか一次会を締めて、二次会へとみんなが移動する時に気を鎮めるためにとちょっとだけ玉撞きに行った。僕の精神安定剤だから。
まぁ、振り返ると自分自身、みんなで移動しようとしている時にそういう行動する奴も許せないのだけれども、もう我慢も限界「堪忍袋の緒が切れかけている」状態。
そういった行動をとった自分自身を責め、そしてそれに対する言い訳を頭の中で繰り返した。

沸点に到達しそうだった感情もある程度落ち着きを取り戻せたので、その後二次会の場に合流しなんとか普通に過ごす事ができた。

なんだか「楽しい場をさらに楽しむツールとしての酒」だと思っていたのだが「自分勝手に楽しんだ言い訳としての酒」と言ったイメージが強く残ってしまい、なんだか酒そのものが悪魔の手先のような、何とも悲しい気持ちになってしまった。

なんでだろうな、すごく残念だな。
玉突きで納得いくプレイが出来てもなんか「美酒に酔う」っていう気持ち、今はなくなっちゃったな・・・。

2006年8月25日

手紙、ポケベル、携帯電話、インターネット・・・

人と人とのコミュニケーション、物理的距離が離れてしまうと何かの媒体に頼らざるを得ません。
時代とともにその媒体は姿形を変え、今ではインターネット経由でテレビ電話みたいな事さえ当たり前に出来てしまいます。
僕はちょうど世の中のそんな媒体が激しく変化する時代を見てきたので、その時その時代の媒体をいろいろと使ってきました。もちろんポケベルも持っていた時期があります。
KOMINE(コミネ)手旗【コミネ/アクセサリーグッズ・その他】※ちなみに人間誰しも「私はその過渡期の時代を生きてきた。」と思う物らしいです。「のろし」や「手旗」なんて言うのも含めると、その時代には生きていませんね、僕。(でも僕ボーイスカウトだったので手旗の送受信、道ばたに石で残す伝令とか今でもたぶん出来ます・・・)

結局はコミュニケーションは媒体は何であれ、自分の意志をどのように人に伝え、そして人の気持ちを理解する受け手がいて初めて成り立つんだろうなぁ、と思いました。
良く言いませんか?会話はキャッチボールだと。喧嘩なんかはドッジボールですね、発する側はぶつけようとして、受けては逃げようとするだけです。これはコミュニケーションでは無いです。

最近、mixiを媒体に昔の仲間達とコミュニケーションをする事が多いです。
時の流れがここの媒体を経由した時だけあの時から変わっていないのではないか?と勘違いしそうになる程に昔と変わらない会話が出来ます。

玉撞きは一つのテーブルを媒体に会話します、「ナイスショット!」なんて言葉はむしろ装飾品です。

様々な物を媒体にして僕はいまそんなコミュニケーションを楽しんでいるんだと思います。
そして、そんな受け手に沢山支えられているんだと感じています。

2006年8月23日

ジンギスカン部

今日はジンギスカン部の部活(笑)

六本木にある「だるま」という店に行ってみた。
一番にぎやかな交差点から少しだけ離れていて、徐々に怪しくなるあたりにその店はあります。
「外れた所にあるからお客さん少ないかもねぇ〜」なんて言いながら怪しいドアを開けると店内は盛り上がっていました。
ビバ、ジンギスカン、集え老若男女!

さて、店の名前の「だるま」ですが、当然札幌のあの「だるま」の東京支店だろう位に思い店の人に聞いてみたら「あぁ、違うんですよぁ。良く言われるんですよ『そのうち訴えられますよって(笑顔120%)。』ってさ。ぉぃぉぃ・・・

まぁ、東京のジンギスカンは店構えは別としてやはり上品な味がする。肉の臭みもなく、「あの臭みが実は大事な味なのに!」とか思ったりもするけど、やっぱり好きだわジンギスカン。

2006年8月11日

どういうわけだか飲みに行く機会が増えた。

いよいよ酒を抜いてから一ヶ月経とうとするのだが、その間、朝までになったのが2回あり、それ以外にも妙に飲みに行く機会が増えた。今月はあと大きな飲み会が2つあるし、前回朝までになった部の懇親会も9月1日に決まっている。
そんな場に参加した僕は「今ちょっとゲンをかついで酒抜いてるんですよ。」なんて説明から入っている。

そうです!僕は自分に満足できる結果を出して本当においしい酒が飲みたいんです!
別に無理なんてしていないんです!ただ自分自身で決めた事を貫いているだけなんです!!

ふぅ。

と言うわけで、今日も誘われて「飲みに」行った。

メンツはいつも喫煙所で話をするがなかなか交流が無かった同じ歳の人と、新卒君と、僕。
いろいろと話をして、同じ歳なのに立派な人だなと感じたり、一回り以上も違うのにしっかりしてるなぁ・・・、なんて感じながら楽しく過ごした。

僕はまだまだ甘いな、もっと努力しないとだめだ。
そんな足がかりとして、そしてやっぱり自分で決めた事だから、8月の試合が終わるまでは何があっても酒を抜こうと思った。

そしてそれが人には笑われるような理由だっていい、何でもいいから自分で決めた事を貫いてみようと。

2006年8月10日

同僚の元気が無い

10時過ぎに必ず「おい」とメッセを送ってくるもと同じ部署の仲間がいる。
しかし奴は最近元気が無い。

どちらかと言うと周りの連中を元気にするタイプの奴なのだが、奴は最近元気が無い。

きっと元気を分け与えすぎて自分の分まで他人にやってしまったに違いない。

こりゃジンギスカンだな(笑)


そういえば前の会社でもそいつとは一緒だったけど、その会社の近所に焼き鳥屋があって、そこの小上がりを「反省部屋」と称して飲みに行ったな、結構。
今の会社のそばのジンギスカン部屋連れてって、俺の残りの元気、ほんの少し分けてやるとするか。

2006年8月 8日

ジンギスカン部拡大中。

僕が上京する時、親父が「食いたい物を食いたいだけ食わせてやる。」と言ったので、迷わず「ジンギスカン」と答えた。
当時ジンギスカンはどちらかと言うと家庭料理に近く、店で食うなんて言うのはこじゃれた家に住んでいてにおいをつけたくない奴か、観光客だ。(と、勝手に思っているだけかもしれないけど・・・)
親父は僕を車に乗せ、良く知らない店に連れて行った。
好きなだけ食っていいと言われたので、これ以上の容量は俺の身体には無い!という程に食ってやったわ、実に27人前。

と、前置きが長いが、僕はそれほどまでにジンギスカンが好きなのです。

昨今のブームにのり、小粋な店も増え、ようやく東京も僕にとって住みやすい町になってきたと言うわけ。

さて、会社であまりにもジンギスカンと言い過ぎたせいか、同僚の間にも浸透し始め、今日は中目黒にある「ふじや」という、今渦中の人、極楽とんぼの山本氏・・・、の相方、加藤氏がオーナーを務めるらしい店に社員80%にあたる4人で行ってきた。

ジンギスカン自体は、さっぱりとした“東京風”の味付けで、言ってしまえば上品な味。
しかし、噂には聞いていたけど初めて食べたのが「ラムタン塩」と「生ラムの刺身」。これ両方絶品でびっくりした。
特に「生ラムの刺身」はわさびを漬けて濃いめの醤油ダレをつけて頂くのだが、今風にいうと「ヤバイ」んでびっくり。

いやぁ、初めて生ラムの刺身食ったし、しかもごちそうになったと言う事で、一店舗で2度おいしい思いをさせてもらった。


店の予約に会わせて早めに会社を出たので、解散がなんと9時半!健康的!
と言うわけで、定例の玉突きの練習をし、日頃真剣に狙っても入らない「土手撞き」がさくさく入って上機嫌。

早く玉突きの試合で納得いくゲームをして、ジンギスカンに合わせてビール解禁と行きたい所だ(笑)

2006年8月 4日

みんな揃って睡眠不足

今週はかなり特殊な一週間だったなぁ・・・。
玉突きの試合に始まり、親睦会からそのまま朝まで飲み会、ビヤガーデンからそのまま朝まで飲み会・・・。

いやぁ、まだまだ僕は若いよ、若い(苦笑)

2006年8月 3日

森のビアガーデン

20060803.jpg会社の元同僚の招集のもと、神宮外苑の森のビアガーデンへ。
その後恵比寿へ移動し、沖縄料理を肴に飲むわ食うわ。
しまいにゃ泡盛一升空いてるし・・・

家に着いたらもう朝だよ(苦笑)

しかし、その同僚、珍しく酔っぱらってぐちゃぐちゃになってたな・・・

あ、相変わらず僕は一滴も飲んでません(笑)

2006年8月 1日

親睦会

今日は会社の親睦会。
同じ部署の仲間とこ洒落た店で語らった。

その後二次会の様な流れで普通の居酒屋へ移動。
まぁ、その時すでに電車はあきらめていたので、とことん付き合うつもりでいた。
人数が少なくなっている分、会話が常に皆参加状態でむしろこっちの方が楽しかった程(笑)

途中、今月一杯で退職されるうちの社長が、某お台場系テレビ局の偉い人を連れて参加した。
言ってみればこんな居酒屋に呼ぶのは大変失礼にあたる程偉い方なのだが楽しい話しをたくさんしてくれた。

そして楽しい時間をひとしきり味わって解散になった。
しかし問題が・・・

解散が2時半。
今一つ中途はんぱ。みんなはそれぞれ帰路へついたわけだが、僕はさすがに自腹タクシーも厳しいので、始発まで玉を撞く事にしてみた。

結局、今これを書いているのが帰りの電車の中、まもなく5時半。

ひぇ〜、週あたまから飛ばし過ぎかも〜

2006年7月28日

男の色気、女の色気

会社でふとそんな話になった。

答えは出なかったけど、帰りの電車でも周りを見回しながら考えてみた。

ん〜、やっぱり答えは出ないな。

男の色気かぁ、僕にはちょっと難しいテーマだったな。

また考えて自分なりの答えを見つけてみよう。

2006年7月20日

ジンギスカンで報告会、そして「僕が一番欲しかったもの」

ここ数日、ちょっと仕事がハードだった。
まぁ、明日もそのハードな仕事はあるのだけど、先が見えた。

札幌生まれの僕にとって、気が置けない仲間と何か食べながら話をすると言うとジンギスカンしか思い浮かばない(笑)
ハードな仕事を一緒にこなしてくれている同僚とふとジンギスカンの話になり、帰りに食べて帰る事にした。

ジンギスカンと言えば・・・、と思い、いつもの「ジンギスカンで報告会」の同僚にメッセを送ると返事より先に本人がデスクまで来た(笑)

「ジンギスカンで報告会」に一人メンバーが増えた。
そして他愛も無い話に花を咲かせ、楽しい時間を過ごした。

僕の性格なのだろうか、今までだとちょっと仲間が集まると話題を提供し盛り上げようとする所がある。
でも最近心身共に疲れているのだろう、意識して頭を働かせないと「人に話題を振る」と言う事が出来ない状態。
そんな中、奴はそれを察知したのか元々の性格なのか、その役を担当してくれた。

おそらくは難しい事なんて考えず、“素”でそれが出来る、数少ないありがたい人間なのだと思う。
その証拠に社内で奴をしたって来る者はかなり多い。

そして他愛も無い話に花を咲かせ、楽しい時間は過ぎて行った。

何事にも始まりがあれば終わりがある物で、いつまでもそんな楽しい時間を過ごしていたいのだが、電車の都合や翌日の仕事という大人の事情で解散になる。

でも何となくその楽しい時間が終わってしまう事に耐えられず、雨の中帰って行く二人を見送って玉撞きに出かけた。
まぁ、疲れもあるのだろう、玉は相変わらず入らないがこれがまた僕の精神安定剤なのである。
そして、楽しいと思う時間を自分の意思で区切る事が出来る物でもある、今日はもう帰ろうと言う風に。

 

最近iPodを持ち歩いていて、音楽を聴きながら通勤している。
子供の頃と違い、何回聞いても歌詞なんか耳に残ら無い程頭が固くなっているのだが、帰りの車の中でみみにのこったのが「僕が一番欲しかったもの」と言う曲。

先日歌入りの曲はあまり聴かないと書いたばかりだけど、もちろん全く聞かないわけではなく、良いなと思う曲だって沢山ある。

槇原敬之の「僕が一番欲しかったもの」と言う曲、歌詞を全部書くとJASRACに怒られそうなのでかいつまんで書くと・・・

ある日素敵な物を拾った。
でも、それを欲しそうにする人が居たのであげる事にした。
そしてまた素敵な物を拾った。
でもまた、それを欲しそうにする人が居たのでまたあげる事にした。
そんな事をしているうちに何も手には無いけど振り返ると、欲しそうにしていた人たちの笑顔があった。
それが本当は素敵な物だと言う事に気がついた・・・

 僕は意識して「素敵な物をあげる側になりたい」と思っていたのだけど、人から素敵な物をもらって笑顔を還す側もいいなと、そしてそれが誰かのためになればそれは「素敵な物をあげる側」なのかもしれないな・・・・、と。

 

最近、人生の中で使っていなかった部分の脳を使う事が多かったのだけれど、本当、今日のジンギスカンは僕に格別な癒しをくれたな。

 

2006年7月14日

選手からコーチへ。

僕の大好きなスポーツ、もちろんやった事は無いのだけど、スキージャンプ。

シーズン中だけ盛り上がるにわかファンではありません、僕は。
本当にジャンプが好きで、シーズンオフも雪印のホームページは欠かさずチェックしています、更新が少ない事にクレームを付けたくなる程に。

でもやっぱり寂しいのは、「原田選手」が「原田コーチ」という表現になっている事。
シーズン前の実際のトレーニングの時、見本ジャンプをするようなコーチになり、その時に改めてバッケンレコードを塗り替えてしまい、「いやぁ、飛びすぎちゃいました(苦笑)」と眉毛をさげながら語ってほしいと思う程僕は原田“選手”のジャンプが好きでした。
風に左右されやすい、踏切を上に、高さを保ちながら滑空して行くあの飛行曲線・・・

スポーツはもの凄い芸術性を帯びた瞬間を見せる事があり、原田選手はそんなプレイヤーでした。


さて。

今回のテーマは、選手・プレイヤーからコーチの立場へ・・・、です。

僕は今年37歳になります。
現場主義。たとえサラリーが低くとも、地位にふんぞり返るコーチよりも、慕われるプレイヤーであれと思っています。以前書いた「使いにくい天才よりも、使いやすい馬鹿に徹する」という信念です。

でも、歳とともに「結果」のためのプロセスに関し説教じみた事を言う事があり、どこかで「プレイヤー」としての気持ちに引退しなくてはいけないのかなぁ、と感じる事があります。
一回り以上も違う新人さん、こちらからは友達感覚で接する事ができても、向こうはやはりそうは接してくれません。
だって、僕は新人さんにしてみれば一回り以上も歳上で会社の先輩なのですから。

会社という組織を社長を頂点とした三角形とした場合、僕は気持ち的には「底辺」に居て、それでいて頂点を支える立場なんだというプライドを持ちたいと常々思っているのですが、年齢を考えると三角形の重心位置を越え、頂点に近い位置に居なくては行けないポジションなんです。

理想と現実のギャップって、30過ぎたあたりから感じた「見た量と食べれる量」を越えた物があり、今僕はそんな年齢なんです。

自分より年下の人間に使われる事、僕は苦にしません。
むしろ、年下の部下を支えてやりたい、たとえそいつが僕よりサラリーが高くとも、おいしいご飯をごちそうしてやりたいと思っています。支えていると言う気持ちが僕の満足であり、モチベーションになります。

でも、組織はそれを良しとせず、実力主義という世間体をまといつつ、実質年功序列という形式を重んじています。

僕も「プレイヤー」から「コーチ」へと意識を変えなくてはいけないのかもしれません。
いや、そうしないといけないのだと思います。

でも僕は「プレイヤー」に徹していたい。
この葛藤が今の僕を苦しめている要素の一つです。

そして、「俺についてこいよ!俺がなんとかするよ!」と言えない自信の無さと、年齢的に期待されるポジションが僕の価値観とずれていて苦しいです。

そんなとき、自分の趣味に逃げ、夢を見ている自分が情けなく、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

今の僕の職場、ある意味で本当に癒しの場になっています。
頑張っている人は助けてあげたいし、僕が頑張っているときに助けてくれるスタッフには本当に最大の敬愛を持って表現したいと思っています。

今やっている事業、振り返ると僕が一番長いんです。
スタッフの出入り、都合100人以上を見ていると思います。

結果的に網目の粗いふるいから徐々に細かい網目になり、負荷は高いながらも最善の形式に落ち着いていると思っています。

頼りない年上の人間でごめんなさい、でも僕は今とても充実した時間を過ごしています。

今度おいしいご飯を食べながら、僕の愚痴聞いてね(爆)

2006年7月 7日

七夕の夜は同僚と深夜残業

いきなりですが、たいていその日の出来事を書こうとするとき、僕の場合、既に日付が変わってしまっています。
なので、書き込みをする時に日時を微調整しているのです。
だから、これを書いているのは既に7月8日早朝なんです・・・・

とか言いつつ微調整をおこなって・・・。

7月7日、七夕です。深夜残業です。
まぁ、深夜残業は珍しくないので、タクシー帰宅の時間になったら胸を張って玉突きして帰ります(笑)

しかし、僕の部署、どんどん人が減ります。おそらくは、正社員3人という体制に近い将来なる事でしょう。

もはや、「俺は営業だから」なんて言う役割分担なんて言っていられない状態になります。日頃の業務をこなすのにも人数が不足しているというのに・・・
今日は負荷が必然的に高くなってしまった「役割分担」を担当する人の作業をフォロー。
クライアントにつつかれつつもなんとか作業が終わりましたね、本当にご苦労様です。

この作業を終えると今度の作業は僕の番を迎えます。
役割分担はたいていの場合、作業の進行に沿っています。
この作業が終われば次の作業、そしてその作業が終わると次の作業・・・。

でも仕事は連続しているので、僕の負荷が高いときは次の仕事の負荷が僕の前に既に発生しているのです。
とどのつまり、全体的に負荷が高い状態が継続しているのです・・・

とはいえ、僕の人生、最大の自負として人に恵まれています。
「みんなで乗り越えようね!」という同じベクトルを持つ人が常に居てくれます。

今の同僚もそうです。

このプロジェクト終わったらみんなでジンギスカン食べに行こう!
「またジンギスカン〜?」既に想像できるリアクションですが、僕はそんな仲間たちと色んな時間を共有したいと思っています。


とかいいつつ、玉突きの邪魔になる前髪、この週末は床屋に行ってさっぱりとしたいと・・・、本当のところ、仕事なんてどうでも良くってそっちをメインで考えていたりしています(苦笑)

2006年7月 3日

またまたジンギスカンで報告会・・・。

今日は戦友とジンギスカン。
また同じだ(笑)

例によって「聞いてはいけない話」と「全て悟られている」日頃のストレスを発散させていただいた。

その分玉突きの練習はさぼってしまったけど・・・

明日からはまた月末優勝に向けて練習しよう。

取りあえず、今度の週末は髪を切りに行って、日頃のブルーベリー摂取は忘れずに!

あと平日の役所巡りも(笑)

2006年6月27日

心配が絶えない・・・

ここに練習の成果を書き記すほど玉突きの練習に没頭している。
冗談で会社の仲間には「プロになる!」なんて言っているけど僕の実力ではプロにはなれないことは自分が一番理解しているので、ここ一番!会社の帰りにみんなで飲んで、玉でも突こうか!なんていうシチュエーションになったときに本領を発揮できれば良い、位に思っている程度。
実際プロになれる実力を持ったところでスタートが遅すぎる・・・。

でも玉突きが好きで、難しい配置を取り切れたときの嬉しさが僕の今の満足で、次の日迎えるすべての出来事へのモチベーションになっている。
こっ恥ずかしい言葉を使えば「玉突きラブ」だ(笑)

さて、「心配が絶えない・・・」だ。

僕自身、仕事、家族、自分の存在。それぞれに対して課せられるストレスを僕自身発散する場を最近通う玉屋に見いだすことが出来た。しかし振り返ってすべての糧「金」を産む元となる仕事はどうだ。

組織が大きければそれだけ代役がきく。一人が休んだ程度で前進できなくなるなんて、最低の企業だ。
反面、「飼い慣らされて存在しているだけ。」なんて言う人間をさらに飼い慣らしてしまう温床になる。

そして組織が小さくなれば小さくなるほど“個”に与えられる物理的仕事量、そして責任は果てしなく積み上げられる。

何事もバランスが大事。
物理的仕事量をカバーするフォローの体制ももちろん、個にかかる負担を分散させるための人材確保という選択、そしてそれに見合った収支を得るための営業活動・・・・

今日の玉突きの練習、両目でしっかり狙うと難しい玉が入った。調子が良い。
裏側で個に負担を課し、僕が玉突きをしているというシチュエーションで誰かが負担を強いられていると言う状況が恨めしくなってしまった。

僕に経営能力があれば、僕に降りかかった責任をこなしていく甲斐性があれば・・・
今の組織の中でひょっとしたら自分自身が飼い慣らされているのかと自戒した。

今まで人に恵まれてきた自分だ、今こそ、還元するときなのかもしれない。

構造改革、リストラクチャ。

今僕自身が本当に行わなくてはいけないことは、両目でものを見据え、しっかり目標を狙って行くことなのかもしれない。

「玉突きラブ」笑われるかもしれないけど、試合に勝ったらささえてくれたみんなで喜び、そして感動を共有したい。それは仕事、家族、責任、すべてにおいて感じていること。
今ここで出会い、目標を共有する仲間とは、その目標を達成するためにともに努力していきたいと思っている。

「人という字は・・・」
金八先生、あなたはドラマを通じてものすごく大事なことを電波に乗せていたのですね(笑)

2006年6月26日

みんなの力で表彰された!

今僕の勤めている会社は恐らく数年前まで名前を聞いたら「何そんな変な名前!」と誰しも言ったと思われる様な会社。実際、お袋なんて居酒屋だと思ってたと言っていた。
結果的には勤めていた小さな会社が買収され、今の会社に勤めることが出来たわけ。

被買収前に、その小さな会社の業績が悪化し始めた時点で僕自身真剣に転職先として考えていた会社だったので、今笑い話で「転職わらしべ長者」なんて友人には話をしている。

今の会社は組織的には年にプラス100%という目標を掲げ、業績、売り上げ、そして社員数もその勢いで増えている。いやそれ以上に・・・。

今では数千人規模になった僕の勤める会社だが、転職を考えていた頃は数百人規模、そう考えたら自分自身「先見の明」があったのでは?とほくそ笑んだりしている(大笑)

さて、会長がカリスマ的な存在でもある僕の勤める今の会社は、昔から社員を大切にするという、とても大切な、そしてそれを演出する粋な計らいがたくさんある。

社名を掲げた業績に対する表彰式も月に一度あり、なんと今回僕がかかわったプロジェクトが表彰された。
早い話、僕が表彰されたわけ、パチパチパチ!


会社が大きくなればなるほど「新卒新人」にとっては就職がゴールとなり、「就職」という事に対するモチベーションはそこで終了、って数年にわたり新人さんを見てきた僕の率直な感想。もちろん、みんなそんな訳では無いけど、そんな感じを多く見かけていることは事実。
でも僕みたいに、途中転職を真剣に考えた先に、「一本のわら」が「庄屋さんへ婿入り!」といった感じで所属することが出来た場合は、僕にとってはそここそがスタート。
だって、家族を養わなくてはいけないという何を差し置いても果たさなくてはいけない責任と、その責任を果たすとはいえ、自分自身のやりがいだって捨てがたいという環境。
そりゃ、やりがいのある仕事を与えられた環境であれば、持てる力を最大限に発揮することは男に産まれた以上完遂しなくてはいけない責任なのだから。

大変な仕事になればなるほど、チームワークが大事で、そのチームワークが表彰の対象になったなんてまさに「苦労が報われた」という瞬間。
そう、途中経過にいろんな問題があっても結果的にこうやって認めてもらえることで苦労なんて過去のものに成り下がり、次への大きなモチベーションになる。

時に宗教的と比喩する同僚も多くいる中、同じ苦労をともにする愛すべき仲間と一つのプロジェクトがその数千人規模の組織に認められたと言うことは、僕にとって最大の賛辞を得た気持ちでいる。


なんて書いても、所属することがゴールの人たちの中にはそれさえ理解できないんだろうなぁ・・・。

僕の場合、親父がものすごく小さな会社を経営していた中、その社員一人一人を組織の大きさなんて言うレベルを超越したレベルで愛し続けていた姿を見ていたから、今回の表彰は本当にうれしくて、親父はもちろんお袋にだって「居酒屋だと思っていた」この会社で表彰される事が出来たよ!息子は!と胸を張って言いたい気持ち。
経営側と僕みたいな末端がつながる瞬間、こういうシチュエーションってものすごく大切だし、うれしいと思える僕自身を僕自身が「その気持ち、ものすごく大切だぞ!」と感じることが出来る大切な時間だと思う。

それがたとえ従えた組織の一員に対する経営側の些細な演出だってかまわない。
その演出に感動し、次へのモチベーションへ気持ちを向かわせる事だって、それはきっと経営側から見れば大切な仕事で、結果、売り上げに直結するものすごく大切なものなのだから。

本当なら抱き合い涙しながら「よく頑張ったね!」とその仲間と讃え合うべきなのかもしれないけれども、そこが組織が大きくなりすぎた悲しい性、今ひとつ本当の特別感が失われているところでもあり、それがきっと今僕が勤める会社が更なる社員のモチベーションアップに必要とするところなのじゃないかな。

今の会社に不満を言う仲間は多いけど、「じゃぁ、あんた自分で何かやりなさい。」と、「会社から給料をもらって食っているのに文句を言うな!」と、今回の表彰を機に思った。

組織に所属すると言う「楽さ」もあり、その組織を今以上に大きくすることで得る満足感をみんなと味わいたいと・・・。

はぁ、何かに頼る感じが変な新興宗教ではなく、自分を食わせてくれている職場に感じることが出来て本当に良かったよ、まだまだ僕が選んでいる人生、楽しく辛く、そして満足をくれているな。

なんちゃって!

2006年6月24日

築地でもんじゃ三昧

僕の勤めている会社には同好会制度があって、予算の補助なんかがあったりする。
もちろん、承認を得るにはそれなりな基準や審査がある。
ビリヤード部の設立にはまだ至っていない。
って言うか、まだビリヤード部申請の前にちょっと僕自身リハビリ中だけど・・・

同好会制度の目的は、広く部署間をまたいだ同じ趣味の仲間が集まって仲良くなることは、それぞれの部署間での情報共有にもつながり、結果として会社の業績にも大きく影響が現れるという、それが目的。

≪在庫あり即納≫ニコン デジタル一眼レフカメラ D50 ダブルズームキット ブラック で、24日土曜日、僕が所属している写真部の第1回会合が築地で開催され、それに参加してきた。
でも、娘と参加したので、撮影からではなく、交流会の方だけ(笑)。

「写真部」とはいっても、本格的な一眼からコンパクトカメラ、場合によっては携帯でも「良い写真を取りたいと思う」気持ちがあれば参加OK!家族の参加もOK!という、気楽なもの。
もちろん、交流会のみの参加も許されていて、今回僕はそれに参加したわけ。

今回の交流会はもんじゃ焼き屋さん。

【代引・送料無料】Panasonic デジタルカメラ LUMIX 600万画素 光学3倍ズーム モーブグレー DMC... 事前に2週にわたりロケハンしてくれた06年新卒新人くんのおかげで、本格的なもんじゃを堪能。
4人座るテーブルを4卓陣取ったのだが、それぞれの卓に3もんじゃ、2お好み焼き、1焼きそば(恐らく2人前)、1デザートという、「これでもか!」という量でした(笑)

娘も楽しかったらしく大はしゃぎで、おかげで帰りの電車では僕と二人で居眠りしてしまい電車乗り過ごしたりしましたよ・・・

2006年6月22日

ちゃんこダイニング若

会社の古くからいる気のおけない仲間と鍋をつついた。

当初、「高くつくから酒は控える様に!」と釘を刺されていたのだが、美味しい鍋と楽しい時間、そして嗜むほどの酒を充分満喫して一人6,000円しない。
結果とてもリーズナブル(とはいえないか?)に楽しむ事が出来た。

鍋をつつきながら、苦楽をともにした仲間とは会社の愚痴でも言い合うのかと思っていたけど、なぜか話題は「下」の方がメイン(笑)まぁこの歳になれば適当に笑いあえる話題なのではある。


さて、その「ちゃんこダイニング若」、花田勝、元横綱若乃花のネームバリューだけの店かと思ったら大間違いだった。鍋のダシも美味しいし、店の雰囲気も良いしで、なかなかの店。
結構繁盛しているようだがスタッフの多さがほんの少し気になった(笑)

鍋でお腹も満たされ、成り行きで一人も欠ける事なく次の店へ移動。
配られていたチラシには「仮設居酒屋小松」と書いてある。か、仮設?

ビールは100円だし、サービスで焼酎一本出てくるし(笑)
ここはこれで良い店だと思った。

たまには大好きな仲間とこう言う時間を過ごさないといけないなぁ。
先日の突然の帰省並にリフレッシュ出来た。

って言うかリフレッシュし過ぎて寝坊したよ。

2006年6月13日

人前でスーツはちょっと照れる

大きいサイズもオマカセ!春夏キングサイズ3ツボタンスーツ ブラック(シャドウストライプ)仕事柄というか、会社柄というか、僕はスーツを着て仕事をすることがまず無い。
ところが、今日はちょっとしたことが会ってスーツを着た。
まぁ、そのスーツを着る前に一悶着会ったのだが、結果的に会社で着替えて、スーツで出かけた。

「おぉ!」なんて同僚に言われるとちょっとうれしかったりもする。未だに飛行機に乗るときに特別な感じがするのと同じく、スーツを着るという行為は特別感バリバリの僕の中ではイベント。
36歳にもなって、スーツが特別なんて言っているようじゃ情けないんだけどね(苦笑)

しかしまぁ、結果的には日頃全くスーツを着ないので、言ってしまえば「サラリーマンコスプレ」状態な訳で、着慣れないから、思わずいつもの鞄をたすきがけで背負ってしまったり、ポケットにやたらとものをつっこんで、変な縦縞が出てしまったり・・・

世の中のサラリーマンの皆様、本当にご苦労様です、って感じ。

まぁ、その「特攻服」ともいえるスーツを身にまとい、こなした仕事も難なく終え、武蔵野線で帰路へついたわけ。

考えてみたら「我が町府中」なんて言い続けているけど、実は京王線よりも武蔵野線、東芝のお膝元北府中が最寄駅なんだよな。「東芝専用出口」なんて言うJR東日本の粋な計らいの出口まである駅だしね、北府中。

ツチノコの正体

てな感じで、おそらく次回スーツを着るのは次回ワールドカップ頃でしょう(笑)
貴重な僕のスーツ姿を見た方、ツチノコ並みの貴重さなので記憶にとどめておいてくださいね!

2006年5月18日

ジンギスカンで現状報告会

今日は元同じ会社、被買収後はしばらく同じ部署で、今では一番?の友人と六本木「くろひつじ」でジンギスカンを食べた。

まぁ、そこそこの肉をそこそこのプライスで提供してくれるので、下手に「こ洒落た居酒屋」なんかに行くよりも「お腹満足、財布納得」と言った感じだ。

気の置けないやつなので、聞いちゃいけない話や言っちゃいけない話なんかで盛り上がったりして楽しくておいしい時間を過ごすことができた。


道産子としては「華の都、東京」で美味いラムを食えるのは本当にありがたい。岩鋳ジンギスカン鍋 27cm

しかし考えてみれば、僕が生まれ育った環境では、必ず一家に一つジンギスカン鍋(鍋とは凹凸逆なのになぜか「鍋」といいますね)があったな。

最近はホットプレートにもこの形のものがあるし、ずいぶんと定着したもんだ。

本当、札幌では代表的といえる家族料理だったと思う。 

でも、高級料理ならいざ知らず店員が最初の焼き方をレクチャしてくれるのはいただけないな・・・

以前行ったジンギスカン屋では、 

「まず野菜を入れてその上で肉を蒸し焼きに・・・」

なんて、おそらく関東近県生まれでアルバイトの女の子あたりにレクチャされたりして。

 

特製ジンギスカン鍋おいおい、牛脂を常に上に置いといて、ラム肉は直接鉄板で焼いてちょっと焦げる手前のやつをどっぷりとタレにつけて食うのがうまいんだぞ!手の空いた人が鉄板の隙間をぬって牛脂でごしごしやりながら焼いて食うのがうまいんだぞ!
お父さんは家族がうまそうに食うところを見ながら笑顔でビールを飲み、たまにラム肉に箸をつけながら実は燃える手前の野菜ばかりを食い、みんなが落ち着いた頃に残りの肉を全部食う、だからラム肉を買うときはキロ単位・・・、そんなシチュエーションがうまいんだぞ!

家庭的なジンギスカンも今では立派な郷土料理に「成り下がって」しまったのかな・・・

札幌産まれの男の子にとっては、ジンギスカンは家族でわいわいやりながら食べる代表的料理じゃないかな?
実はお母さんが野菜を切ったりして一番椅子に座っていないんだけど、お父さんが主導権を握る家庭料理、「鍋類、ジンギスカン」。

ちまちまと細かく運ばれるフランス料理よりも、最初から最後まで同じ鍋で箸をつつきあう。
「個」単位ではなく「和」。

最近いろいろ考えることも多い中、気の置けないやつと食ったジンギスカンはとってもうまかった。
で、あまりにうれしかったので思わずおごってしまったよ(笑)

 

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