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2010年8月20日

お台場合衆国

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もはや夏休み定番イベントとなっているにもかかわらず、いままで行った事が無かったお台場合衆国へ行ってきました。

20100820_02.jpg会場はフジテレビ本社ビルと、お台場のまだ空き地のエリア、誰が所有者かよくわからないけど、なんだかよくイベントやってるエリアにあります。
早起きして会場入りしたんだけど、まぁ、平日という事もあってすいてたのかな・・・、でも入場チケット購入の段階から列になっています。
むぅ・・・
しかも後からわかるんだけど、入場パスポートが必要になるのは意外に狭い範囲なのね、まぁ、でもスタッフパスみたいな形状の首から下げるタイプなんで、娘さんも喜ぶし、これはこれで良いという事にしましょう。
ちなみに、大人1,500円、子供1,300円。


20100820_03.jpg会場内にはいろんなブースのようなものがあって、フジテレビの人気番組に関しては山ほどグッズも売っています。
結局一つも買わなかったけどね。
平日とはいえ、「150分待ち」とか書かれていると、先日のUSJより長いじゃん!とか感じちゃって、並ぶ気になりませんねぇ・・・。
なんか「優先入場券はこちら」とかいう入り口もあるんだけど、その優先入場券だってどうやったら手に入るかわからないしねぇ。
でも、体験入口と見学入口っていうものがだいたいのブースにあって、見学入口って言う方はブースの中で体験している人を見ながら、一足飛びに記念写真がとれるコーナーへ進める感じ。
待つのが嫌いな僕は、娘さんをなだめながらほとんどのブースで写真を撮りましたとさ(笑)

20100820_04.jpg本社ビルも会場になっていて、セキュリティ大丈夫か?って思う程のフロアまで展示コーナーがたくさんありまして、当然「踊る」が大好きな僕はこのコーナーへ。
さすがに青島コートは欲しいとは思いませんでしたが、トレーサーの時計とか買っちゃおうかと思ったりしてね(笑)

しかしあれだね、フジテレビはたくさんのキラーコンテンツを持ってるから、こういったイベントをやったときに、MD収益すごいんだろうね。
ワンピース、めちゃイケ、はねとび・・・、とにかくそのすべてがグッズになってるし、ほとんどのお客さんが抱えきれない程何か買ってるの。
僕と娘は結局水分補給と球体展望台の普段中華屋の所でやってたチキンラーメンしか金払って何かってしなかったけどね。

あ、写真とか無いけど、スバルのブレーキが勝手に掛かる車と、たまたま見たアンジェラアキ。
この二つが最高だったわ。

お、フジテレビ関係ないや・・・

2010年8月10日

USJに開園から閉園まで居てみた。

20100809_01.jpgユニバーサルスタジオジャパンの開園と同時に入場し、閉園アナウンスまで場内に居た。9時開演21時閉園なので実に12時間USJ内で豪遊。

平日月曜日だし・・・、と鷹くくってたら意外に混んでてびっくり。しかも、以前と制度も少しかわってて、いわゆる「ファストパス」は金で買う時代なのね。
入場券を買うときにそれも買おうとしたんだけど、7アトラクション版が売り切れてて、4アトラクション版しか買えませんでした。

とはいえ、かなり遊んだんだけどね。

前日に、熱中症対策グッズを探し歩いたりしてたんだけど、いざ当日は入場券を買うために並んでいた時間に猛烈に日差しが照りつけて居ただけにとどまり、途中スコール並みの雨に出くわしたり、薄曇りの一日だったんで、それ也に気温が高いとはいえ熱中症対策グッズはあまり活躍せずに済みました。

20100809_02.jpgしかし、まぁ、開園の年にUSJに来たんだから、約10年ぶり。昔来た時はパーク全体が映画という事で統一されているものの、それぞれが単品でパーク全体の統一感はあまりないなぁ・・・、って印象だったんだよね。
でも、今回はパーク全体がキャラクターにあふれてて、パーク全体で一つのテーマを持っているんだなぁ・・・、って感じる事ができたのよね。
ほんと、純粋に楽しめた。

なんでだろうねぇ、この印象の違い。ここしばらく、こういったテーマパークに一日中居るって言う事が無かったから、「次あれ行こう!」とか「あれ乗ったらさっき見かけたレストランでご飯食べよう!」みたいなワクワクが無かったんだろうね。

今年の夏休みはそういった面では心のマッサージを受ける事が出来てほんと精神的になんかリフレッシュ出来るわ。

でも、そろそろリハビリ開始しないと社会復帰出来なそうだから、そろそろ東京に帰る準備を始める事にしようっと。


2010年8月 4日

神戸、六甲、有馬温泉

20100802_1.jpg今日チェックアウトの予定ですが、有馬温泉でまったりとした時間を過ごしています。

有馬温泉に入る前には神戸の街を軽く散策したりタワーに登ってみたり。小学生の頃、ポートピア博覧会開催のときに親父につれてきてもらったのと、その後、親戚のおばちゃんを訪ねて来た事しかないので、自分でハンドルを握って街を走るなんて初めての経験。
とりあえず、神戸と言えば・・・、といった観光スポット回ってみたんだけど、まー、この猛暑。街をぶらぶら散策なんて言う環境じゃないね。もったいないけど。


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貿易の窓口となっていた神戸はやはりどこか横浜に似ていて、でも地形が違うから高台と呼べるような場所があって、そこには有名な異人館がたくさんあります。
やっぱりその中でも一番有名?と言えるのがこの「うろこの家」。
結局は立派な洋館って言うだけなんだけどね、時代を感じる建物はやっぱり親父の血なのかねぇ、生活を想像して建物を見るのが好きなんだよね。
あ、うちの親父、もう引退したけど設計屋さんね。


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神戸散策して、有馬温泉の宿に入り、温泉街を少しうろうろしたり温泉につかったりと、心のデトックスをしながら時間を過ごしている訳ですが、目の前にある六甲山に登らないって言うのももったいないので、ロープウェイで一気に山頂に行ってきました。
とはいえ、六甲ってくるまでも山頂に行けるのね。立派な建物もたくさん山頂にたっていて、ちょっとイメージ違ったけど「六甲の〜〜」と言った商品がたくさんあるんで、思わず食指がのびます。

さてさて、今日はこれからチェックアウトなんですが、最後にもう一度温泉につかる事にします。

2010年8月 3日

晴れ舞台

地方の新人アナウンサーの入社式みたいになってるけど(笑)

今年も愛娘のピアノの発表会が無事に終わっていました。

日記的には前後するんですが、7月31日でしたね。

今回の発表曲はベートーヴェン作曲の「エリーゼのために」です。僕自身、小学生のときに「エリーゼのためにが弾けるようになったらラジカセ買ってあげる。」とおふくろに言われ、なんだかむちゃくちゃ練習して1年生のうちに弾けるようになったという、思い入れ深い曲ではあります。
でも、ラジカセ買ってもらったのは中学生だったと思うけどね(笑)

当時の僕の技術がどれくらいだったかはさっぱり覚えていませんが、娘さんもミスタッチ数回で弾ききっていたので、まぁ、親ばかとしては合格点をあげる事にします。

しかし、昨年もそうだったんですが、大舞台に物怖じしないというか、器のでかい娘で毎回感心させられるやら、びっくりするやら、ある意味緊張というものを知らないのではないかと心配もしたりしてね。

ま、オンガクは音楽と書いて音学では無い、というポリシーを僕自身が持っているので、大舞台だろうと、間違えてしまおうとも、それなりに楽しんで弾いてしまう娘さんにもほんのちょっとだけそのポリシー受け継がれたかな(笑)

2010年5月 9日

訪問者

 

やまとさん

早いね、もう5月だもん。

先日のGWは娘さんが帰ってきていたこともあって、まぁ、遊びまくり。

ラウンドワンでボーリング、三鷹深大寺でそば、同じく深大寺にあるゲゲゲの鬼太郎茶屋、調布飛行場のプロペラカフェ、汽車が肉を運んでくるしゃぶしゃぶのいろりの里、なぜか武蔵村山の模型屋、そしてそのそばのバッティングセンター、あ、洗車もしたな。

5日間のGWも振り返ればあっという間。

5月6・7日がしんどかったわー。

 

そういえば、自宅の庭に黒猫が住み着いています。まぁ〜、落ち着いたものというか、丸くなって寝ているんですが、寝ている後ろから声をかけてみてもぴくりともしない。

太陽のあたり具合のいい場所を調整しながら昼間はほとんどうちの庭で寝ています。

梅雨の季節になったらどうするのかな・・・ 

 

 

2010年4月 8日

ぽっかり

ついにメダカを買いました。

以前金魚のために使っていた水槽を綺麗にしてメダカ用に。

今メダカの水槽の中には20匹のメダカと、一匹のドジョウ。そして、3匹の石巻貝です。

金魚の水槽よりも五色石のかけらみたいな砂で、カモンバも設置してあるので快適そうです。

あとは繁殖だな、メダカ増やしてマッチと友達になるんだ! 

2010年2月27日

文化の違い?

水曜日と木曜日、青森まで行ってきた。

夕方に青森に入り、明け方まで飲みまくって昼前の飛行機で帰京。

という予定だったけど、寝坊したのと羽田濃霧の影響を受けて帰郷したのは夕方だったけどね。

 

青森は高校生の修学旅行の時に青函連絡船を降りた街程度だったんだけど、昨年と今年で2回目だ。

正直“繁華街”のエリアも狭く、決して大きな街ではないけど、確実にそこには生活があり娯楽があり産業があり、それらが文化を作っている。

僕自身が生活したことのある街としては札幌と東京しかないわけだけど、あまりアウェイな感じがしないのはやっぱり雪が降るエリアだからかなぁ・・・

東京だと隣に住んでいる人の顔もわからず、いつも通勤の途中ですれ違う人も毎回違う感じがするけど、何故か寒い地方は人があたたかい気がするわ。

仙台もそうだけど、すこしゆっくり東北を旅してみたいなぁ、と思ったわ。 

2010年2月22日

いたずらに救われる

帰り道、飯くったりしているうちに深夜になった。

車を走らせていたら突然におふくろから電話。

慌てて電話に出ようとしたんだけど、切れてしまった。

深夜おふくろから電話なんてあるんだから、おふくろがボケたか、誰か死んだかくらいしか思いつかず、すぐに折り返してみた。

そしたらすぐにおふくろが出た。

何があったか聞いてみたんだけど、結論から言うと「平成22年2月22日、2時22分」だから電話したって事だった。

 

睡眠時間削ったいたずらに、この週末アウェイだった落ち込んだ気持ちを一気に救ってもらうことができた。

人を救ういたずらもあるもんだな、と言う事を改めて教えてもらって、こういう親に育ててもらって良かったと思った。

 

 

2009年11月16日

日曜参観

特殊な事情から、娘さんの学校の参観日は飛行機で行く必要がある。

赤ん坊の時は3日見ないと大きさが変わる、って言う感じだけど、9歳にもなると見た目がそんなに変わることはない。

でも、文化や影響された出来事の変化は赤ん坊のそれを上回るスピードで成長しているのを実感する。

嵐がお気に入りって事は知ってるけど、写真集的な本を買ってもらってたり、メンバーの中でも好みが変わってたりと、娘さんは見事に女の子に育ってくれていました。

参観日、おそらくは一回り以上年下の担任の先生が授業をしている姿や、娘さんがちらちらと後ろを振り返りながら、にやっとする姿なんかを楽しんでいた。

自分が9歳の時、やっぱり参観日に親が来ることがうれしかったもんなぁ。照れくさかったりもするんだけど、やっぱり自分もちらちらと後ろ振り返ったりしたし、家に帰ってから褒められたくて、とりあえず手を挙げてみたりね(笑)

時代かもしれないけど、僕自身父親になってみて、参観日に参加するようになって思うんだけど、お父さんがそう言う場に現れる率って高くなった気がするなぁ・・・

うちの親父は、ここぞ!と言うときには何にも優先して出てきたけど、参観日とか父兄懇談会見たいのには出なかったモンね。

でも、その「ここぞ!」っていう時には便りになったんだけどね。

そう考えると、今、自分がわざわざ飛行機に乗ってまで参観日に参加するなんて、なよなよしい感じもちょっとしちゃうよなぁ・・・

でも、最愛の娘さんの、一生のうちで唯一の三年生の参観日なんだもんね、参加しないでは居られないのが僕としての本音だもんな。

ま、なよなよしくてもいいや、それが僕と娘の親子のあり方なんだからね。 

2009年11月10日

父親

週末親父が遊びに来た。

正確には用事があって上京してきたんだけど、まぁ、遊びに来たようなもんだ。
 
当たり前の話だけど、親父という物はいつまでも自分自身の親であって、追いかけても追いつかない存在だと息子の立場では思っている。 
社会人として、親として、そして男として。
でも、経験値は違えど、ある意味近づいてきている部分もほんの少しだけあるとは思っている。
 
そりゃそうだ。
俺が1歳の時、親父は俺の34倍もの人生を経験してきているけど、今となっては親父の年齢の半分を超えている訳なんだからね。
親父がこれから先27年生きていたら100歳になって、その時自分は67歳。
今の親父の年齢には届いてないけど、追いかけてる親父の約7割までは到達出来るわけだ。 
 
って、数字の話だけだけどね。
 
 
土曜日、上京してきた親父を羽田まで迎えに行って、親父が青春時代?を過ごした尾山台の大学に一緒に行ってきた。
 
当然のことなんだけど、親父がその大学を卒業してから50年も経てば大学の建物も街の景色も全く変わってしまっていて、必死にその街をうろうろとしながら、少しでも昔の景色を見つけ出そうとしている親父を観ていて可愛らしいなとさえ思えた。
また、そんな親父を見ていて自分も昔の景色を70過ぎたら探したいなと思った。
 
結果的に親父は、うろついた街には昔の景色を見つけることが出来なかったけど、安い給料から捻出した飲み代を持って遊びに行くときに抜け道に使っていたという久品仏だけ懐かしんでいた。
 
ああいう歳の取り方っていいなって、息子から見てもうらやましいと思えた。
 
 
尾山台で親父が中学生を捕まえて「このあたりで、坂を登っていくと駅に通じる道ってどれだ?」 って聞いている姿には「おいおい、平成産まれ捕まえても最近のことしかわからねぇよ!」ってつっこみそうになったけど、そこは息子として抑えておいた(笑)
 
で、今回親父と尾山台をうろうろしててまた新しいつながりを見つけることが出来た。
 
「ゴジラ、ゴジラ、ゴジラとメカゴジラ」と小さい頃に勝手に歌詞をつけて歌っていたゴジラの曲を作曲した伊福部昭という日本を代表する大作曲家。
そんなに表舞台に出てくる事を好まなかったのか、伊福部昭の名前を出しても知っている人は少ないかもしれない。だけど、伊福部先生という人は間違いなく世界に通用する作曲家だ。
 
たまたま学生時代に伊福部先生の弟子、和田薫先生という作曲家と知り合う事が出来て、その後もたまたま勤めた会社の社長が和田先生とたくさん仕事をする関係で、ちょこちょこと付き合っていただいていた。
で、その和田先生が崇拝してやまない、伊福部昭という巨匠の奥様が、僕の血筋の人だったんだって事を、今回の親父の思い出探しで知ることが出来た。
 
親父が尾山台で「この辺に『伊福部』さんってお宅は無いですか?お名前は『昭』さんって言うんです。」って聞いている姿をみて腰抜けそうになった。
 
伊福部先生はすでに亡くなられてしまったんだけど、一度だけ仕事でご一緒させていただいたことがあった。
「土俗の乱声」って言う映画のダイビング作業をしているときに、録音済みの楽曲を聴きながら突然立ち上がり、映像を見ながら指揮をされていたのが印象深いなぁ・・・
 
その時は正直言うと「録音済みの音楽に指揮振っても意味ねぇじゃん、ぼけてんな、このじじい。」って僕は思っていた。すでに高齢だったしね、その時の伊福部先生は。
でも、作品への思い入れ、楽曲と映像が融合した瞬間に「立ち上がら無いでは居られない、指揮を振らないでは居られない」という魂がこもった作品だったんだなって、今は感じ取ることが少しだけ出来る。
 
 
自分は、人に恵まれた人生を過ごしているって思って居るんだけど、競馬馬でもの凄く有名な社台牧場の吉田善哉という人間や、伊福部先生の奥様とはいえ遠い血縁関係があったということが、それなりに自分の好奇心の範囲にあって、その好奇心を作り出す根源が血のつながりにあって、人のつながりを作るっていうこともあるんだな、って深いところで感じることが出来た。
 
だって、和田先生だって偶然僕が通った学校の先生で、勤めていた会社の社長との出会いも偶然で、そこにつながりがあったってことも奇跡でね。その社長をごひいきにしてくれていた札幌のJAZZバーで歌っていた人の友人がお袋の同級生だったりして。
もうね、なんて表現したら良いかわからないけど、いろんなところでいろんなつながりを見つけることが出来て、鳥肌立ちっぱなしな感じ。
 
これって偶然って言ったら簡単だけど、きっと血とか縁とか、ひょっとしたら運命って言うほど大げさでは無いにしろ、人が一生のうちに知り合える人間のつながりって、もの凄く広いように思えるけど、実はつなげたらつながる範囲にあるのかなぁ・・・、とか感じた。
 
あらためて、「俺は人に恵まれていて、つながりがあるんだなぁ。」って感じることが出来て、そのつながりを大切にしないといけないんだなぁ、って思うことが出来た週末だった。
 

2009年9月29日

80メートル先にあるゴール

こっちこっち、はやくはやく!

運動会。

娘さんを応援しに大阪まで行ってきた。

足が速い所は僕に似ているらしく、3年生から6年生までの選抜のリレーの選手に選ばれていた。

まぁ、父親の場合腐りやすい「足の速さ」と「逃げ足の速さ」なんだけどね(爆)

 

金曜の夜に飛行機で大阪へ行き、土曜日は車を借りて娘さんとデート。そして日曜日は運動会本番。

運動会の応援って、正直しんどいところがある。小学生の場合、6年生まであるわけで、それぞれの学年ごとに何かしらの競技がこれまたあるわけで。公平に分けたとしたら、9時から15時までの開催時間として6分の1しか出てないんだもんねぇ、そりゃしんどいわ。

ぶっちゃけ他人の家の子供なんてどうでもいい訳だから、自分の子供の出場していない時間は苦痛だわな。おかげで腕が真っ黒に日焼けしたし、半ズボンと靴下って言う格好でいると、膝だけが日焼けしてしまうわけ。

懐かしいなぁ、ボーイスカウトの時代はハイソックスで半ズボンだから、キャンプに行くと見事に膝だけ赤いサポーター巻いたみたいに日焼けしたもんなぁ・・・ 

とまぁ、幼稚園時代に唇真っ青にしてしまうくらい寒い運動会を一度だけ経験したけど、それ以外の運動会ときたら、まぁ、見事にこれでもか!ってくらいに天気に恵まれている娘さんです。

 

しかしまぁ、運動会ってビデオカメラとデジタルカメラの品評会か?ってくらいに皆さんいろんなカメラでそれぞれのお子さんを撮影されていますわ。

気がつくと僕も、ほとんど娘さんの姿をファインダごしに見ていたわけで、「記憶より記録」になっちゃってるんだよねぇ。

次回は三脚たてて固定カメラで撮り続けてみようか。

ビデオカメラも、会社の中でやってた「ムービーコンテスト」に出品する作品を撮るまでホント活用しないねぇ。とか言いながら、運動会みたいなイベントがあると4:3で撮ろうかワイドで撮ろうか?とか、一年のうちにほとんど使わないのに「この機会にハイビジョンカメラにしようか?」とか考えてしまうから怖いわ。

でも、僕が娘さんと同じ年の頃って、スペースシャトルもまだ計画段階だし、ハイビジョンなんてほんと21世紀的な超近未来的、みたいな象徴だったのにね。

未来を描いていた手塚治虫先生が名作「鉄腕アトム」の中で描いていた電話。

なんと「リーン、リーン」とベルが鳴って、黒電話の受話器だったもんね。

夢に描いていた未来社会が現実になったり、将来的には予想もつかない技術が当たり前になっていたり。

まだ9歳の娘さんですが、ダイヤル式の電話のかけ方を知らなかったりするわけで。

娘さんが母親になる頃には運動会も様変わりして、セグウェイみたいな乗り物で競争してたりしてね。

 

2009年9月23日

夢の国で過ごした夢の時間はあっと言う間に過ぎ去って。

シンデレラ城

誰が言い出したかわからないけど、今年の9月はシルバーウイークなる物が存在していて、久しぶりのちょっと長めの連休となりました。

何ヶ月ぶりになるのかなぁ、娘さんが連休中に我が家に帰って来ることになりまして、何か楽しい所に連れて行こうと考えて、結局ディズニーランドに行くことにしました。

どうせ行くならとことん遊んでもらいたいし、たくさん楽しい思い出にもして欲しいので、オフィシャルホテルを予約しちゃったりして。

しかしまぁ、繁忙期スペシャルプライスとはいえ、普段の数倍にも跳ね上がる価格設定はどうにかならないものかねぇ。

1日目、9時半頃にランドに到着して、パスポート売り場へ向かったんですが、すでに長蛇の列。

振り返ると、そこで1時間半も並んでいたのねぇ・・・

しかも、2DAYパスポートを買おうとしたら「予定枚数終了」とか言われて当日分しか売ってくれなかったのよ。午前11時の時点で明日のチケットの予定枚数終了ってどういう計算なんだろう・・・ 

いざ入場してみると、僕もかれこれ10年ぶりくらいのディズニーランド。アトラクションもずいぶんと様変わりしているし、いくつか制度も変わっていたしねぇ、時間は経過した分だけ何かを変化させている様です。

大好きだったキャプテンEO(アトラクションとしてはそんなに凄い物じゃなかったけどね)が無くなっていたという事は知っていたけど、いざ足を運んでみて本当になくなっているのを目の当たりにするとやっぱり切ない感じがしちゃう。

しかも、スターツアーズなんて、他のアトラクションが「180分待ち」とか言っている中で、待ち時間無く乗り込めたりして。これはこれで大好きなアトラクションの5本の指に入る物なのでラッキーなんだけど、人気のなさが淘汰を予感させてしまって、これはこれで寂しい思いもあったりする。

 

以前娘さんをシーに連れて行ったことはあるけど、ランドに一緒に出かけるのは今回が初めて。

さすがに9歳になる娘さんは身長や年齢でひっかかる乗り物も無いので、次になにに乗るかは選びたい放題なんだけど、その全てが最低でも1時間待ち。中には240分待ちなんて物もあって、開園時間中の3分の1を消費しなきゃ乗れないのかよ!って感じ。

いつからかは知らないけど、ディズニーランドにもFAST PASSの制度が取り入れられていたので、「これは外せない!」っていうアトラクションのいくつかはほとんど並ばずに乗ることが出来る物もあったけど、やっぱり全体的には相当な時間並んで乗ったよなぁ・・・

数時間も歩き回ったり立ちっぱなしだったりしたので、さすがに足の裏がぺたーんとなってしまって休憩したくなってきた。

時間がちょうど良かったので、15時のチェックインに合わせて一度退園してホテルの部屋で休憩。

さすがに一泊する環境が無いとこんな事は出来ないもんね、これは贅沢することが出来ました。

夜目にランドに戻って、FAST PASS活用したり、パレード見たりで無事に1日目は終了。 

とはいえ、ランドの閉園に近い時間まで遊んでからホテルに帰ると、ホテル内のレストランはラストオーダーが22:30の所が多く、部屋に戻ったのが22:00近くだと、ゆっくりと晩ご飯を食べる時間が無いってのがちょっと失敗でしたね。

バーラウンジでグラス傾けながら、スコッチにあうサイドメニューを・・・、って訳にもさすがにいかないしねぇ。 

まぁ、9歳の娘を22:00過ぎまでディズニーランドで遊ばせちゃうっていうのに問題があるのかもしれませんが「夜遅くまでディズニーランドでいっぱい遊んだ!」っていう経験が、いつか振り返れば楽しい思い出になると信じているのでね。 

結局、ホテル内のレストランが作ったお弁当って言うのを買ってきて部屋で食べましたわ。お弁当を買う途中、ホテルの中のコンビニでお茶とか買ったんだけど、恐らく家族の人数分と思われるカップラーメンをコンビニのカゴに入れた家族も見かけたので、そちらのファミリーさんよりはほんのわずかに贅沢できていたのかもしれないなぁ・・・、とか思ったりもして。 

翌日はホテル内のディズニーグッズショップでサイン帳とペンを入手して、キャラクター達のサイン収集に付き合うことになったんだけど、残念ながらミッキーやミニーのサインはゲットならず。

でも、娘さんは大喜びでスティッチやアリス、シンデレラもジミニー・クリケットもグーフィーも!そりゃぁたくさんのサインをもらえていました。

 

今回、僕自身もディズニーランドが大好きとはいえ、3マウンテンズは乗れない物とあきらめていました。

スプラッシュマウンテンは別としても、ローラーコースター系の物は娘さんが乗れないと思っていたんだけど、結果的には良い方向に期待を裏切ってくれて僕も大満足。

スペースマウンテンに乗せてみたら「怖いけど楽しい!」と、最短の表現だけど、まさに言い得ている感想が興奮と一緒にポンポン出てくる。

ビッグサンダーマウンテンも興奮しながら楽しんでいたし、よかったよかった。

次回ディズニーランドに行ったときは、相当な待ち時間を覚悟しないとけないかもしれないな、こりゃぁ。 

 

 

誰が言ったか知らないけど、シルバーウィークも終了。

今日、娘さんは昼の飛行機でまた大阪へと帰っていきました。 

普通の家族ならば365日24時間とは言わないけれど、普通一緒にいるはずの愛娘さんなんだけどね、僕の場合はどこを間違えたのか、その時間さえ奪われている様な感じな訳。

足が疲れてしまって、アトラクションに並ぶことさえ嫌になりそうだった時間も振り返ればほんの一瞬の出来事。 

夢の国で過ごした夢の時間は本当に一瞬で過ぎ去ってしまって、何となく取り残された僕はディズニーランドの写真に納まった娘さんの笑顔を肴に酒を飲んだりしてね。

 

はぁ、経済的に許されるならば、僕の人生の残り全部娘さんとディズニーランドで過ごしたいわ、とか本気で思っちゃったわ。

宝くじ3回位続けて一等当たらないかな(爆) 

2009年8月16日

すくうすくう。

はーと

ここのところ、隔週で大阪に行っている気がする。

まぁ、娘さんに会うためなので全く苦にはならないんだけどね、経済的な事とか考えるとトータルで安く済んでしまう車での移動を選択してしまうよねぇ。

新幹線で3万円、飛行機で2万5千円、車で高速が1,000円の時ならばガソリン代計算しても1万円行かないくらい。

フロントにこびりついた虫を洗い流して・・・ まぁ、そんなにお金に困っている訳じゃないから、いわゆる公共交通機関での移動でも平気なんだけどね。
大阪に着いてから気兼ねなく移動できる手段という意味でもこの方法を選択してしまうよ。
意を決して手に入れたお気に入りの車だから、この車にもいろんな街を教えてやらないとなぁ・・・、っていう不思議な感覚があることも事実だし。

まぁ、そこ、理解してもらえなくてもいいや、自分が手段を選んだんだし、誰に何を言われようとも気にはしないよ。

と言うわけで、ほんと隔週での東京大阪往復に今回も行ってきたわけ。

お盆休みとはいえ、さすがに深夜帯は車も少ないし、懸念されていた東名高速の崩落の影響も中央道にはあまり出ていなくて、普段車で大阪に行く時とさほど時間の差が無く到着することが出来た。
明け方にそばまで来てしまったんで、サービスエリアでまた爆睡して睡魔を退治しておいたおかげで到着した日の午前中から活動を開始することも出来た。

泉州と呼ばれるエリアはもう数え切れないほど通ってて、土地勘もだいぶ身についたんだけど、これだけ通っておきながら大阪らしいと思えるところに行ったことがあまりなかった。
んで、今回はそういったところを攻めてみる事にした。

まずはなんと言っても「伊丹スカイパーク」。
おそらくは飛行機の離着陸を見ることが出来る公園では、一番機体に近い位置で見ることが出来るんじゃないかなぁ、と思う。

修学旅行以来の大阪城 次は大阪城。

振り返ると高校の修学旅行で来て以来、見かけた事はあっても中に入る事はなかった。ざっと25年位前なのかぁ・・・

平成の大改修、なんていう記録が中にあったから僕が15の頃に見た状態からは変わったところがたくさんあるんだろうけど、まぁ、そもそもが鉄筋コンクリートで建てられて、5階までエレベーターで行けちゃうところなんかは昔から変わっては居ないんだと思う。

ちょうど札幌の時計台の様な物で、地元の人間もおそらくは見たことはあっても中にはなかなか入ったことある人って少ないんじゃないのかなぁ。僕自身時計台の中に入ったのって35歳くらいが初めてな体験だったしね。

やっぱこれでしょ。 すっかり大阪城で時間をとってしまったんだけど、やっぱり見ておかないといけないなぁ、と思っていたのがこれ、通天閣。

タワーに昇ろうと思ったけど60分待ちっていう看板が出ててあきらめちゃった。

初めて間近でみた通天閣は思ったより小さく、古く、そしてそのまわりの町並みもかなり古くさい感じで汚い感じ。

でも、やっぱりシンボルたる堂々とした姿は来てみて良かったという気持ちにさせてくれた。

よくポスターなんかになってるこの正面から通天閣をとらえた写真をよく見かけるんだけど、通天閣全体をフレームに収めようとすると必ずまわりの建物が入り込んできてしまう。今度もっとじっくりと写真を撮るポジション探しに来ようかな。

この日の夜は近所の神社でお祭りがあって、娘さんも友達と約束していたらしく、それに行くことにした。

お椀一杯のスーパーボール いざ行ってみるとお祭りとはいえども、近所の子供たちのためのお祭りという感じ。神社の入り口で名前を書いたら色の付いた札を数枚もらう。出店とは言ってもお金でそれをやるのではなく、札を出して遊ぶ。

いわゆる、町内子供会の様なお祭りで、同じ物を2回遊ぶことも出来ないし、景品類に差がほとんど無い。

3歳くらいの時かなぁ、無心ですくうことが出来たスーパーボールすくいだけど、最近娘さんは欲を満たすための技術を手に入れたらしい。。

ポイが破れるまでにすでにお椀の半分以上にスーパーボールがすくわれていて、さらに破れてからも破れていない面を使えるように持ち替えて、結果ごらんの通り。

で、ここで本来ならこれだけのスーパーボールを持ち帰る事が普通のお祭りなら出来るんだけどね、子供会なのですくってもすくえなくても、一つだけ気に入ったスーパーボールをもらうことが出来るだけ。

娘さんもスーパーボールをすくうことがしたかっただけなので、スーパーボールが欲しいと言い出すわけでもなく、むしろまわりの子供たちがすくえない中お椀一杯にすくってみせることが出来たと言うことで良いらしい。まぁ、お椀一杯分のスーパーボール持ち帰っても遊びよう無いしね。

と、まぁ、こんな大阪観光をしてみたお盆休み。

東京に帰る日、大阪の家族が似た方向に旅行に行く事になっていたため、途中まで同行した。

忍者博物館 今回往復とも名阪国道って言ったかな、高速道路の規格にそってないから高速道路と名乗れない不思議な道を使ったんだけど、途中に伊賀の忍者の街がある。

そこの忍者屋敷やら忍者ショーやら手裏剣投げ体験やらをした。
娘さんはどうやったら忍者になれるのか?と真剣に考えるほど刺激を受けたようだ。

帰路、諏訪湖を通過する頃にちょうど諏訪湖花火大会が始まろうとしていたために25キロという渋滞には巻き込まれたけど、NHKがアイドル特集という番組を全国同一番組で流してくれていたおかげで、タバコすいながらタラタラ走っていたっていう印象だけで、そんなに渋滞でイライラって言うこともなく帰ってくることが出来た。

さ、明日はお盆休みの最終日だけど、自分の為の時間にすることにしよう。

あ、洗濯物がたまってるな、コーラのペットボトルも捨てなきゃ・・・

はぁ、そう言った自分の事をして一日終了だよ、きっと。

2009年8月 3日

期待の裏切り、不安のうらぎり

僕の娘さんはピアノを習っている。
何事も人並みにはあっという間に到達する器用さを持っているところは自分の血を引いている様に見えて、それはそれで微妙に反省してしまう。

この週末娘さんのピアノの発表会があって、大阪に出かけていった訳なのだが、結果から言うとびっくりしてしまった。

僕はピアノを足がかりにでも“音を楽しむ”と書く音楽を面白いと思い始めた娘さんに満足していたんだけど、たぶんまわりの人には「恐がり」と受け止められるほどの「慎重さ」がまわりを不安にさせていたんじゃないかな?と思っていた。

実際、2週間前に弾いて聞かせてくれたアラベスクは「うわ、これじゃだめだわ!」って思うほどの完成度。

そんな途中経過しか知らない僕は、きっと娘さん、ピアノの発表会では「緊張してなんにも出来ない。」か「何事もなく平然とやってのける。」のどちらか極端な結果になると思っていた。

で、いざ迎えた当日の本番なんだけど、腰抜かしそうになった。

ステージ袖から現れた娘さんは客席の方に顔を向けながらにやにやと現れて、ぺこりと頭を下げていすに座ったかと思ったら見事に弾ききった。
間違えちゃいけない!とか、かっこよく弾かなきゃ!とか、自分で自分にプレッシャーを与えてつぶれてしまうなんてことは一切無く、今まで弾いた中で一番上手に弾いて見せてくれた。

何事もなくっていうか、それ以上。

この本番の強さはなんだ!?
弾き終えた本人は全然緊張しなかったっていってたけど、きっとそれなりに緊張したんだとはおもう。でも、その緊張を楽しんでしまう計り知れない器のでかさ・・・

こいつ、ひょっとしたら大物になるかもしれない。

とか、本気で思ってしまったわ。これは親ばかかもしれないけど、現実目の前でやられちゃうとね、ホントそう思うわ。

2009年7月26日

和歌山やら厚木やら

久しく書いていなかったので、ここ数週間の出来事を備忘のために、7月の3連休の話から。

例によって、少し長めの休みがあると和歌山に行っている。何十回って言うと大げさだけど、十数回は確実に行ってるなぁ、南紀白浜。

今回は、大阪から和歌山への移動手段のために愛車デュアリス号で行った。結果から言うと往復1,700キロくらいになって、総走行時間がほぼ24時間。いやぁ、我ながらよくやるわ。

連休二日目は南紀白浜の白良浜で遊ぼうとしたんだけど、娘さん、やっぱり海が怖いらしく1時間くらいで撤退。しかし、関西エリアの湘南扱いなのかなぁ、とにかく人がもの凄い出てた。

しかし最近の若い女の子は大胆というか、なんというか・・・。おじさん的には目の保養になるんだけど、恥じらいという物があった方がより可愛らしいと思えるのになぁ・・・

なんていう過ごし方をしたのが3連休。

そして、馬車馬のような一週間が流れてこの週末。

土曜日は仕事で会社に行っていろんな数字を出していたんだけど、まぁ、暑いのよ。
「土日はしっかりと休養をとって、次からの一週間がんばってください。」と言った人から「そんなの土日に出てきてやれよ。」と言われ、もはや何を信じて良いのやら分からない状態。
で、「土日に出てくるような仕事の仕方してたらだめだ。」って言わんばかりの空調オフの週末。それなのに共用スペースはビル全体の管理の都合空調はオン。

部屋が暑くてたまらなくなってエレベータホールに出て涼むという、もはや何が何だか分からない状態。

効率がもはや100%ダウンだね、何やってもだめな状態になってしまいますよ、あれじゃ。

 

ふぅ。

と言うことで、その暑い一日を過ごした翌日が今日。
以前から会社の仲間と約束していたラジコンサーキットへ遠征!

ラジコン天国がつぶれてしまってから、気楽な行動範囲にサーキットの心当たりが無く、それならいっそ!と言うことで、走らせているラジコンのメーカーである京商が運営しているサーキットのため厚木まで行ってきた。

シェイクダウンって言うとかっこよすぎるけど、直さないといけない点がいくつも見つかっちゃったな・・・

車的にはロールが大きいのか、グリップが高すぎるのか、ブレーキングしながらのタイトターンで車がこける。タイヤはその車のキットにデフォで付いてたラジアルタイヤという、いわゆる普通の車みたいに雨溝が刻まれているタイヤ。
コンパウンドが柔らかめと言うこともあって、グリップに関しては全く問題は無いんだけど、とにかくイン側のタイヤが浮いてしまう。

少しグリップを落とそうとスリックなタイヤに履き替えてみたんだけど、全体的にマイルドになるとはいえ、タイトコーナーから全開で握れていたアクセルがアンダーが出て握れない。

結局ラジアルでこけないように注意しながら走ってたんだけど、やっぱりインリフトしちゃって、利府とした瞬間にトラクションが抜けて急激にターンしちゃうの。文字で言うと全部のコーナーをかたかなの「フ」っていうかたちを書き順逆に書いたようなラインになっちゃってね。

ペースがにてる人見つけて追っかけ始めるとがくんとタイムが落ちるような感じ。

これはどうにかして改善せねば。

途中、ロールのフリクションプレートに注油しちゃったもんだからもう、重心移動が早くなっちゃって切り返しでケツ振りまくり。もうね、金魚みたいな走り方しかできなくなっちゃって、がっかりし始めた頃にタイムアップ。

グリップはあのままでロールを押さえる方法考えないとだめだなぁ・・・

 

世界の終わりのような雲が・・・ 帰りに海老名で軽くゆっくりして解散となりました。

帰り道、青空の向こうにまるで入道雲のように空高く成長した雲が・・・・

写真とれなかったけど、この雲のすぐ脇にはまるで爆弾でも落ちたかのような、空高くで平らに広がる雲も出ていて、なんだか不思議な景色でしたね。

さて、明日は早いし、さすがにちょっと疲れたんで京はもう寝ることにしよう。

今度の週末は娘さんのピアノの発表会を見にまた大阪までいかなきゃいけないからね。

まだちゃんと弾けるようになってないらしいんだよ、なぁアラベスク・・・・

2009年6月22日

全行程終了

先ほど無事往復1,200キロの旅から帰宅。

途中、なんとなく眠気を感じたので、八王子のちょっと手前だったけどPAで休憩・・・、と思ったら爆睡。

なんだか車の中で2時間くらい寝るのに慣れてしまったらしいぞ!?

とはいえ、例によって無茶な計画もない行動だったけど、元気な娘の姿を見ることが出来て、体力レベルは落ちたものの精神的にはずいぶんと回復した気がします。

しかし、せっかく娘さんに買ってあげた水着グッズを車につんだまま帰ってきたことは痛恨だわ。

明日、どこかから送ってやらないとね。

さて、少し仮眠を取って会社に行こう。今週も一週間たっぷりあるからがんばらなきゃ。

2009年6月21日

途中で温泉

中央道経由で大阪から帰ると、地図上はかなり大回りをして見えます。

今回、往路復路で違うルートを取っているんですが、体感的には大型車が少ない分中央道のほうが早い気がしています。

 

というわけで、あと2時間くらいで帰れるところ、諏訪湖SAで休憩中。しかもここのSAは温泉があって21時まで営業しているわけで、当然ひとっ風呂浴びてきました。

社内、ウインドウが曇ります。

さて、しゃきっとしたところで、残りの行程安全運転で帰ります。

岐路は別ルートで

娘の元気な顔をみに大阪へ突然行って見た週末も終わり、今は岐路。

中央道経由で帰ることにして、今出発から約3時間を過ぎたところでようやく中央道に合流。

さてさて、諏訪湖だったかな、風呂に入れるSA。

営業時間にたどり着けるのだろうか・・・

まぁ、とりあえず残り300キロ強、がんばります。

2009年6月19日

思い立ったので

毎週金曜日はかなり遠回りをして帰っているわけで。

思いついちゃった、そうだ、大阪行こう。

今海老名SAで吉野家の牛丼食って、一服入れてるところ。

さて、そろそろ出発しますわ。

2009年1月 3日

新年、あけましておめでとうございます、もろもろ。

2008年12月30日、午前8時20分の飛行機で関空へ出発。

まぁ、何の問題もなく飛行機は新しくできた滑走路に無事ランディング、はい到着。

久しぶりに会った娘さんはあいもかわらずに元気で僕を安心させてくれます。20090101_01.jpg

さて、今回も正月を和歌山は南紀白浜で過ごす為大阪まで行ったわけですが、かれこれ十数回も行った南紀白浜。

正月の過ごし方もまぁ、慣れたもんです。

父親の多大なる影響から、初詣は1月1日に行かなくては一年を始められない体質になってしまっているので、今年も闘鶏神社です。
酉年の僕が闘う事を思い出す神社です。
でも、おみくじは末吉でした。

若干闘うモチベーション下がりました・・・(嘘)

しかし、南紀白浜や紀伊田辺という町は何回も足を運んでいるのですが、このまま衰退してしまうのでは無いか?と心配してしまうほど街に活気がない。(様な気がする。)

楽天市場で町おこしをテーマに「まち楽」っていう企画があって、まぁ、手前味噌なんだけど梅干しとか渚ビールとか是非お試しいただきたい、そして僕が行くときに活気ある街になっていてもらいたい(笑)

あ、でもアサヒヤ模型という模型屋があって、毎回立ち寄っているんですが、今回アソシの12Lっていうクルマが置いてあって型落ちも行き過ぎって言える物なんだけど、10,000円で売ってました。

あと30分くらいあの店にいたら間違いなく買ってたね(苦笑)

そのほかにもレジ前のショーケースにはAYKのGZモーターなんかがあって、レガシーマシンレースなんて言う物があったら仕入れに行くよ、あの店。

奇絶峡さて、今回はほんのちょっと下調べして南紀白浜に乗り込んだのですが、そこでちょっと気になっていたのが「奇絶峡」というところ。

小雨のなか足を伸ばしてみたんだけれど、売店のような物もなく、整備された山道の途中に公衆便所が設置されていてその脇が駐車場・・・、という感じ。

川に削り取られた岩山が何度も崩れ落ち、時間をかけて苔むし、岩肌の上に落ちた種が大木になった・・・、という景色。

でも、「奇絶峡」という不思議な名前そのままに、滝の流れ落ちるすぐ上に大きな岩が大きく張り出していて、その今にも落ちそうな岩ノ下にプレハブが設置されていて、その中ではなんと厄払いの様な儀式が繰り広げられていました。。。

奇声ををあげながら参拝者の肩を何度も叩き、さらに強く奇声を上げて・・・

ちょっと怖くなったので退散することにしました(笑)

 

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2008年12月29日

今年一年を振り返って

今年も一年が終わろうとしています。

おそらくブログの書き込みも今年最後、お疲れ様でした、自分。そしてありがとうございました、僕のまわりの皆様。

今日は会社の納会。
もう何回目の参加かも分からないけど、今年も楽しく過ごすことが出来ました。
っていうか、もはやこの会がないと一年が終わらない感じさえします。


今年一年、振り返ると前半なんて思い出せないなぁ・・・、何があったかな。

とりあえず、小さな事業部とはいえ、その事業部の事業部長になったこと、これは僕にとってきっととっても大きなチャンスで、それ以上に大きなプレッシャー。
やりがいもあるけど、それだけに責任が大きい。

でもやらなくては。

一方、プライベートな面に目を向けると、やっぱりこの数ヶ月で完全に熱が戻ってしまったラジコンかなぁ・・・
初めてのエンジンカーのパワーに圧倒されたり、子供の頃神様だった「田宮の前ちゃん」と飲みに行くことが出来たり。

趣味、多いって事は決して悪いことだとは僕自身思ってないからいけないんだろうけど、とにかく全部オンされてっちゃうなぁ・・・

玉突、紙飛行機、ピアノ、カメラ、自転車、そしてラジコン・・・。
はぁ、ずいぶんと増えちゃったし、その上それら全部平行中。

まぁ、情熱の傾きはあるけれどね、やっぱりどれも楽しい。

まだ、反射神経やフィーリング、そして知識が詰め込めるうちは全部続けていこう。


さぁ、毎年言い聞かせている気がするけど、来年こそ勝負の歳。
いよいよ40歳になるしね。

魅力のある大人になって、ヒーローになる。
頼りないヒーローだけどね(笑)

ウルトラマンだって必殺技を持っているのに、怪獣を改心させるために鉄拳を振り下ろしていたわけで。
本当のヒーローは相手を一撃必殺出来るのに、最後までそれを使わずに戦うんだから。

おそらくは怪獣が改心して頭を下げ、地球の平和のためにともに戦ってもらいたいとの思いから拳を使っていたんじゃないかな。

能ある鷹は爪を隠す、なるべくならその爪を使わ無いように頭をひねる。

よし、がんばろう、俺。

みんな力を貸してくれ!

2008年11月17日

娘の参観日は往復1,200キロの大人の遠足。

どうしようかなぁ・・・・、と考えていたけど、やってみました、車で東京大阪往復。

片道ほぼ6時間の走行で、途中相当休み休み行ったから、実時間では7時間くらい。

しかし、中央道経由で行くとどうして長野を経由しちゃうのかね。
帰路はSAが諏訪湖を見下ろすところにあるからきれいな夜景を見ることができたんだけどね。

南アルプスぶち抜いてくれたらもっと近くなるのに。
1時間半は確実に早くなるよ、ほんと。

ということで、娘さんの参観日は大人の遠足になる結果となりました。

しかし、ほんとこの一年、娘さんはたくましくなりましたねぇ。
まぁ、第一印象の一番の変化が大阪弁になったこと。周りの友達が大阪弁だとそりゃそうなるでしょう。

無意識な仲間はずれ感の払拭、人間の持つ自己防衛本能がこの吸収力の高い時期に重なっているわけだから、もう、大阪弁のマスターがめっちゃ早いやん、って感じ。

そして、意外にも服の好みとかがずいぶんと変わってきている。
いや、時代がそんな感じなのかもしれないけど、子供向けファッション雑誌に影響を受けている娘さんはピンクや水色を選ばず、黒と紫の組み合わせを選びます。
現役の頃の僕のラジコンのボディの配色だわ・・・

とはいえ、まだまだ8歳の女の子、大阪のトイザラスに連れて行って欲しがったのは結局DSのおしゃれ系ソフト。

まぁ、そういったところではまだまだ子供で安心します。

そういった欲しがるものを買い与えていると「また!」という目で見られがちですが、僕にとってはホント1ヶ月、いや2ヶ月に一度の娘が欲しがるものを買ってあげるタイミングなわけで、甘やかしているつもりでは一切ないのでご理解いただきたく。

教育がよかったのか、娘の価値観がしっかりしているのか、「ほかに欲しいものないの?」と聞いても、「いっぱい買ってもらったから、お金なくなったら困るしな。」てなことを言います。
DSのソフトの空ケースを持った娘は、言ってしまえばたかが199円の落書き帳をワゴンに戻そうとするので、むしろこっちがたくさん絵を描いてもらいたいから買ってあげるんだよと説得する始末。

娘よ、父は欲しがるものすべてを買い与えようとしているのではなく、少なからずそこから何か得るものがあると思って買おうとしているのだから、父親にまで気を使わないでくれたまえ(笑)

と言いながら、トイザラスの後はラジコン天国貝塚店に連れ出し、僕がラジコンを買っても許してもらえる環境を整えるべく、啓蒙活動をしてみたりする。ドリフト系は嫌いだけど動きが見やすいので、走らせに来ている人の走りを耳元で解説してみたりする。

なんだ、結局それが8歳でも39歳でも、欲しいものは欲しいんだと再認識したよ。

相手が何歳の人間であれ、それが娘であれ、真正面から向き合うとお互いの価値観を理解することができるし、同じように自分の気持ちを理解してもらうことが出来るものなのね。

8歳の娘から、生意気にも部下と呼ぶ人間がいる自分が、どう人を納得させどう人を動かすのかという方法を学ぶことが出来るわ。

さ、車に乗るからと我慢し続けたビールの2本目もそろそろ空になるから寝ることにしよう。

2008年10月13日

一生懸命すぎて格好悪いことが実はもの凄く格好いい。

朝のワイドショーでアニマル浜口をみた。

まぁ、オリンピック関係者から要注意人物扱いを受けるだけあって、過去のオリンピック映像を見てもその娘への応援の仕方は半端無い。

先日の北京オリンピックでも銅メダルを獲得し客席に走り寄ってきた娘が真っ先に向かったのは母親のところで、アニマル浜口さん本人は両手を広げて待っていたから微妙にその手の行き場に困っている様子だ。

多分浜口京子選手本人にしてみたら恥ずかしいからやめてよ、という気持ちもあるんだろうけど、その格好悪い父親であってももの凄く愛情を感じて居るんだろうなぁ、と思った。

倖田來未が「エロ格好いい」なら、アニマル浜口は「カッコ悪格好いい」だな。

うちの親父はアニマル浜口とは正反対で、なりふり構わず応援すると言ったことはない。でも、腹の中ではアニマル浜口以上に燃えてる感じ(笑)

 世間一般ではどうなのかわからないけど、僕も人の親として、なに格好いいでもいいから、格好良くなりたいもんだわ。

 でもほんと、僕には出来ないスタイルだけど、アニマル浜口の娘に対する愛情表現好きだわ。 

2008年9月 8日

9月15日は敬老の日なんでした。

あれ、あぁそうだわ。

罠にはまっているというか、愛社精神というか・・・

世の中の出来事を楽天市場のトップページで知ることが多くなったのね。

母の日には必ず花を贈っています、僕。でも安易にカーネーションを送ることはせず、変わった花を贈りますし、同じカーネーションでも変わった色の物を送るようにしています。

で、今日見かけたのが「敬老の日」のバナー。

なんか贈ろうかなぁ、っておもったら、あれれ、僕には血縁関係のある祖父も祖母も居なくなっちゃったんですね。
納骨の時に良いだけかあさん(我が家では祖母の事をそう呼ぶ)の遺骨いじりまくっちゃったけどね。

ホスピスチックな病院に入院して15年だったかな、何かを贈ったってことなかったけど、いざこのバナー見ると何かしてあげれば良かったなって気持ちになってしまうわ。

とりあえず、いい年になった親父とお袋になんか贈ってみようかな。

でも双方ともに大病煩ってしまって酒だの珍しい食い物だのってのも贈れなくなってるからねぇ。

とりあえず顔見せに帰ってみるかな。 

2008年8月22日

イトオシイ。

しゃべりかた、仕草、顔、体型。

世の中にはそのどれかがもの凄くかわいらしい人がいます。

もちろん一つじゃないし、要素はすべてかもしれない。

でも、かわいらしいなと思うことはあるけどやっぱり今回は違いました。

最愛の娘さん、本当に心の底から全身全霊を傾けていとおしいと、いとおしいと、いとおしいと・・・・

僕自身が僕自身に対して「こんなにも娘がいとおしいと思える人間だったんだ 。」とあらためて気づかせてくれました。

また一歩僕を大人にしてくれたのかもしれません。

2008年7月22日

遠距離家族は南紀白浜でセスナに乗ったら海底が見えて腹一杯に。

離れて暮らす娘さんに会いに大阪へ。

大阪の実家で車を借りてそのまま和歌山は南紀白浜のホテルへ。

ここまでは結構よくある流れなんだけど、とりあえずかたち上支給されたボーナスフルに使い切ってやろうと、南紀白浜では今までまったり過ごしてばかりだったけど、とりあえずやってみたいこと全部やってみた。

その一番はセスナに乗って遊覧飛行。

娘さんと併せて1万6千円。高いと見るか安いと見るかは人次第だけど、僕的にはものすごく良い体験をさせてもらったんで安いと思えた。
南紀白浜空港はジェット化されたとはいえ、一日3便羽田との間を行ったり来たりするだけ。

結局は長い滑走路を手に入れてもメインは練習飛行みたい。

で、乗ってみたセスナは本当良い経験になった。
まず、セスナみたいなプロペラ機があんなにパワフルだって事を知ることが出来たこと。

滑走路に入って、管制塔と離陸許可のやりとりをしているところなんかは旅客機と全く一緒。
とんだコースなんて全く関係無くて、飛行機を飛ばしているパイロットを間近で見ることが出来た最高の時間を過ごすことが出来ました。

後は、子供の頃に何度か体験した海底が見えるグラスボートに久しぶりに乗った事かな。

今回の3連休は、本当、やりたいことみんなやった感じで、あぁ、このまま時間が止まってしまえば良いのにって感じ。

いやぁ、あのセスナに乗って遊覧飛行したってのはホント良い経験だったわ。

リアルに横風にあおられて機体が傾くのを瞬時に反応して水平に保つ運転技術や、プロペラ機のパワフルさを感じることが出来たってのはホント良い経験した。

飛行機好きには絶対おすすめだね、セスナの遊覧飛行って。

2008年7月 8日

久しぶりの札幌帰省はゴーアラウンドで納骨したら使用機材の到着遅れだった

先週末、昨年末に無くなった祖母(以下、かあさん)の納骨のため札幌へ行ってきた。

まぁ、なんだか初めての経験をこんなにたくさんすることもあるのね、ということを初体験することになった週末となりました。

第一に目的を同じとしたとはいえ、一切の連絡を取らずにいた姉貴と乗り合わせた飛行機が同じ便。 しかもその飛行機が千歳でゴーアラウンドして到着時刻が1時間近く遅れた。

ゴーアラウンドって、簡単に言えば着陸の進入に危険があると機長が判断し着陸をやり直すこと。

わかりやすい例がYouTubeにあったので動画貼っておきます、見たらまじひくよ(笑) 

洞爺湖サミット直前ということもあってか、到着した便のためにJRが発車を待つこともなく、高速バスもあり得ないことに券売機が故障。

そんな事しているうちに、続々と飛行機は到着。数百人が列を作る中バスはまだ表に2台しか配車されておらず、もうあきらめてタクシーでお袋の家へ向かうことになりました・・・

くたくたになりその日は適当に寝て翌日。

お袋の妹さんのパートナーが聾唖の方で、聾唖の方とのコミュニケーションというのもはじめて。

なんだかんだで納骨の日になり、かあさんの骨を墓に収めたのが僕。

まぁ、前日の晩に母さんののど仏を手にとって眺めるほどに親族の遺骨と言うのは気になることはない。山道歩いてて白骨見つけたら悲鳴あげるけどね(苦笑)

かあさんの骨は墓の真ん中に袋に入れた状態でそっと置いたんだけど、感触で言うと作りたてのそば殻の枕をつまんで穴の奥に置いた感じ?墓の入り口が狭くて中が深いのよ。

そっと置いてね、と言われたけど結局最後はぽんと放ってしまったよ。

さてその夜に東京に戻るために千歳空港に向かったんだけど、出発予定時刻に目の前に飛行機が居ないの。
「使用機材の到着の遅れにより、出発に遅れが出る事があります。」って出発時刻に飛行機が居なきゃそりゃ確実に遅れるだろ。
結局小一時間遅れて出発し、なんと羽田に到着した時にモノレールが最終便。

何とか浜松町まで出てきたときに急激に体調が悪くなり、立っているのもつらくなり始めてしまったのでそこからタクシーで帰宅。

疲れか?それともかあさんの骨を結局放ってしまった事に怒ったか?

月曜日は真面目に出社した物の、立てばめまい、座れば睡魔、食欲も全くない上に体温が乱高下。
18時ぴったりに帰らせてもらい、19時半頃帰宅、即就寝。

2時間おきくらいに汗をかいて目を覚まし、シャツを着替えてもう一度寝る・・・、っていうのを5回くらいやったのかな・・・?

今日、だいぶ楽になったなぁ、と思いつつ立ちくらみながら出社して何気なく鏡の前で口を開けてみたら扁桃腺が左右くっつかんばかりに腫れていたのを見つけた。

「あぁ、これのせいか!」

僕は小さい頃から扁桃腺が弱く、体調を崩して腫れると言うより、扁桃腺が先に腫れて体調が崩れる感じな体質。

そんな話を会社でしたら「病院行った?薬で一発だよ!」とアドバイスをうけ、すぐそばの病院に行ってきた。病院の先生は僕ののどをのぞくなり「うわ!こりゃひどいよ、何でもっと速く来なかったの!」って。

で、その腫れた扁桃腺の上に傷が付いていて、膿がたまっている事から別の検査をすると言われ、綿棒で細胞を取られたわけ。

結果、「調べておいて良かったよ、溶連菌感染症だわ。」っていわれました。

2週間の抗生物質治療です。

で、帰ってきて溶連菌調べたら症状がすべて当てはまるので納得したんだけど、2〜10歳に多く成人には少ないって書いてあることにちょっと不満・・・。俺はそんなに子供じゃないんだけど・・・・

 

ま、いろんなはじめてずくしな札幌帰省は無事に終了したけど、いまだに体温の乱高下が凄くて関節は痛いわ、体調悪いわで困ったモンだわ。

2008年5月26日

自分の影響範囲

自分の口癖が誰かに写ることってちょっとうれしかったりする。

この土日、離れたところに住む愛娘に会いに行ったんだけど、たかだか数週間あわなかった娘さんが完全に大阪弁になっていた。
「そんなんやらんでもええし。」「あかんてほんまに。」
これってね、たぶん大阪弁をよく知らない人から見たらものすごくかわいらしく見えるかもしれないけど、全く大阪弁を話さなかった娘さんがほんの数週間で完全にそっちのイントネーションに変わる事って、僕にとってはものすごくショックな出来事なんです。
なんだか、僕の影響範囲がもう無くなってしまっているような、遠くに行ってしまったような。

東京で一人暮らしていて、ものすごく何かを我慢している中で、大阪に出かけていって久しぶりに会った娘の順応性の高さに改めて寂しさを思い知らされる感じ。

あぁ、もう僕の影響範囲を越えたところに行ってしまったのだな・・・、と。

なんて言うのかな、なんだか僕の存在意義が本格的に無くなってしまって居るんじゃないかと、ものすごく不安になってしまったわ。

なんだか、自分で選択したつもりの事のようで、結果的には押しつけられた環境に僕自身の命を奪われてしまった感じがするわ。

いつまでこんな我慢しないといけないのかな。

2008年5月 6日

つかぬまのゴールデンウィークだったのかも。

上九一色からの富士山

あ~あ、ゴールデンウィークも最終日、明日からは普通の日だわ、社会復帰できるかな・・・

今回のGWはまぁ、それなりに盛りだくさんに過ごした気がします。
家族も帰ってきてたしね、まぁ、色々とあるけど。

まともにボーリングするのは初めてでは?とりあえず、バッティングセンターに行きたかったので、近所の国分寺パークレーンという、その道ではちょっと有名らしいボーリング場併設のバッティングセンターに出かけてみたりして。

いざ飛んでくる球をバットで打ち返そうとすると、テレビで見る野球選手を改めて尊敬してしまうわ。
まぁ、当たらないこと当たらないこと。
バットに当てるという事を打率で表現しても2割切ってるね、マジで。
プロ野球選手はすごいよ、僕なんて当てるだけで精一杯なのにそれを狙って打ち返しちゃうんだもん。

日頃バットを振るなんてやらないから、すぐに手のひらとか指とか痛くなっちゃったわ。

せっかくだからボーリングもしようと思いたち、なぜだか娘さんも乗り気で、約1時間待ちだったけどレーン待ちましたよ。で、ガーターが無くなる子供バージョンでやっても100ちょい。娘さんのノリノリにつきあって3ゲーム投げたら手がぱんぱんになっちまったわ。

と、これが5月3日の話。
ものすごい早起きして飛行機乗ったりバス乗ったりで家に帰ってきているのに元気だわね、小学生。

で、翌日。

僕のたっての希望で富士山方面へドライブ。
まぁ、車持ってないからレンタカーだけどね。午前中に中央道へ乗ったんだけどもうすでに渋滞のど真ん中。国立府中から河口湖までなんと5時間もかけて移動し、さらにそこから最近社内吊りで見かけていってみたかった「富士芝桜まつり」とか言う会場までも2時間近く・・・
途中、同じ目的地域の観光バスを見つけてその後ろについて迂回してちょっとだけ時間短縮したけど、いやいや混雑してたわ。

朝8時半に家を出て実際に芝桜見たのが4時頃だもんねぇ・・・、しかも会場内の飲食がすべて食券制でそれがすでに長蛇の列で、食券のいらない焼き団子が20分待ち、挙げ句の果てに芝桜は4分咲きで、今ひとつ盛り上がらない・・・

移動に7時間かけて今ひとつ・・・

本栖湖側からだから富士山がまもなく夕日という太陽を浴びて綺麗に見る・・・、というはずなんだけど、雲がじゃまであんまり見えなかったりという感じで、「こりゃまた今度こないとだめだわ・・・」って感じ。
あ、富士山を見にって事ね、芝桜はもういいや。

本当は富士スバルライン登って新五合目まで行きたかったんだけど、帰りの渋滞も考慮して切り上げることにしました。
なので、娘さんには「友達にゴールデンウィークどこいったの?ってきかれたら『中央高速!』ってこたえてね!」と吹き込んでおきました。

翌5月5日、こどもの日。

実は我が町府中はちょうどこの時期「くらやみ祭り」という、一年のうちに一番盛り上がるお祭りがあります。なにがどんなお祭りだったかっていう内容はほとんど知らないのですが、まぁ、5月5日から6日にかけて太鼓とか御神輿が夜に街を練り歩いて旅をして、そして戻ってくる・・・、みたいな感じです。

さぁ、お祭りと言えば金魚すくい(笑)
もはや娘さんは金魚はすくえなくてももらえると言うことを知っているので、安心してすくいに行って、案の定すくえていませんでしたね。で、「すくえなくても2匹差し上げます」なのになぜか3匹くれちゃう。

小さめの水槽に9匹の金魚たち。「でもやっぱりすくいたい!」言われまた違う出店で挑戦するも娘さんまた金魚すくえず、そしてまたここでも3匹もらってしまう・・・

結局6匹の金魚をつれて帰宅、すでにいる3匹の水槽に投入・・・

うわ、気持ち悪!小さめの水槽に9匹も金魚が居るとうじゃうじゃしてる感じがする物ね。
お祭り金魚が元気に育つようならもう一回りくらい大きな水槽に交換しないとだめかもしれないな。。。

さ、明日からの普通の生活に戻れるように栄養のある物を食べて、お風呂に入って、ほんの少し早めに寝ることにします。

2008年4月20日

400Km先の村からやってきた!?

最近のゲーム機はほとんど通信機能を持ってる。

NintendoDS、PSP、Wii・・・、どれをとっても通信機能って言うのがある。

通信と言えば、初代プレイステーションが2台つなげてテレビも2台用意したらリッジレーサーで対戦が出来るなんてやってたよぁ・・・。時代的にはその頃からいわゆるワイドテレビが出始めてて、でも番組が追いついてないから何をみても横に長かったよなぁ・・・・

などと余計な話は置いておいて、どうぶつの森。

まぁ、ソフトも優秀だけど、DSというプラットフォームの通信機能を使って通信が出来る。

ほとんどの場合、友達とDSを持ち寄って通信・・・、ってのが子供たちの遊び方。

でも、Wi-Fi通信が出来るんだから、インターネット経由で!!

と言うことで、先日大阪に娘さんに会いに行ったときに通信環境を構築してきた。まぁ、正確には機器を買っておいてきただけで、設定は一癖もふた癖もあって技師さんの力を借りないといけないんだけどね。

インフラの方に手間取ったけど、結果的にDS同士は簡単に接続することができた。400Km離れた娘さんのキャラクターが僕のDSにやってきたわけだ。

とはいえ、接続するまでは電話で「門番さんのところ!」とか「今保存中!」とかのやりとりがあるんだけど、いざDS同士が接続され電話を切るとそこには無言で走り回る娘さんのキャラクターが居るだけ・・・

時々メッセで「いまどこ?」とかくるので「うみ!」などと返信してみたりして、適当につりなどをするわけだが、ん~、どうなのこれ。

メッセージをやりとりするだけならばメールでも良いし、家族割24みたいなサービスで結局通話にはお金かからないわけだしね。どうぶつの森のWi-Fi通信が出来ることはそれなりに面白いし、やってみたかったことだったんだけど、これが本当に面白いかどうかって言うと正直難しい・・・ 

やっぱり、お互いに画面をのぞき込みながら・・・、っていうのが正しい通信での遊び方なんじゃないかなぁ・・・、と思ったりした。

案の定娘さんもそれほど楽しいと思えなかったのか「おひらきにするよ!」とせいぜい5分くらいでメッセしてきたしね(笑)

まぁ、僕の「ふちゅうむら」の家が大きくなったらまた通信で娘を呼び込んで自慢することにしよう。 

2008年4月14日

たぶん限界点はすぐそこ。

僕の所属する事業部は屋号を持った株式会社でもあります。

存続の危機というか、サービスの転換とか、まぁ、そんなことは毎月のように言われ続けてきたんですが、ここにきてリアルになってきているような気がします。

なんだか、自分の考えや方法論が全部間違っていたのかなぁ・・・、と。

言いたいことも相談事も、なんだか上役には伝わっていなかったらしく、結果全く仕事が出来ないやつであるという話になってしまいました。
直属をたてたつもりが、結果としてそういう事になってしまいました。

後悔しても始まりませんが、結果的には僕に責任があります。もはや何らかの形で責任をとるしかないのかもしれません。

たぶん僕の出来る事の限界が近づいてきて居るのでしょう、良い方向に、そしてみんなを守るために最後がんばってみようと思います。

そんな仕事にもまれている中、今まで書きませんでしたが、この春から僕は最愛の娘と別々に暮らしています。
ただでさえ娘と別々に暮らすと言うことで僕は生き甲斐を失いかけている中、仕事に、今の事業に、とにかくすべてを注いでみようと思っていたのですが、そんな結果です。

唯一の救いは、この週末娘に会った娘が、たくましく2年生になってくれた姿でした。

おかげで、もう少しだけ僕はがんばることが出来るかもしれません。いや、がんばるしかない訳ですから、もう、やるしかないのです。

今の環境では自然体でがんばるなんて事が出来ないんですが、もう、自分をだましてでも、自分に嘘をついてでも、とにかく自分が自分であるためにはやるしかないと言うことなんだと思うことにします。

2008年3月24日

一つでもチャンネルを多く持ちたいから。

Nintendo DS クリムゾンブラック買いました。

愛娘さんには「そんなにゲームばっかり買ったら、貧乏になっちゃうよぉ〜」と言われていたんですが、「だって、通信できるんだよ!」という一言で「じゃぁ、仕方ないねぇ。」と納得してもらうことが出来ました。

どうぶつの森、娘さんのDSではもうこれ以上家を大きくできないほどにたぬ吉にローンを払い続けたのですが(笑)、これからは僕のDSの中に新しい家を建ててもらい、僕はそれを大きくしていきます。

Wi-Fi経由なら例え離れた場所でもお互いにどうぶつの森の町を行ったり来たり出来るんだよね?

おとうさんは君に負けないぐらいの果樹園や家を大きくしておくからね!

2008年3月 7日

やべ!

やべ、昨日3月6日は親父の誕生日だったわ。

明日は電話してみよう。

はぁ、こうやって親不孝した分だけ親不孝されるんだろうな。

 

結構親父に影響受けて大人になってるもんなぁ、男としての自分として。

「不義理はするな」

「金で返せないときは下足番でもいいから行動で返せ」

「それが例えラーメン屋でも構わない、自分の仕事に自信をもて」

「無茶はなんとか出来るが、無理はどうやったって出来ない事だ」

 

今勤めている会社にも社訓というか、まぁ、世に出た「成功のコンセプト」なる5項目がある。

でも、親父の言葉、成功のコンセプト、どれをとっても言ってしまえば当たり前のこと。

でも、その当たり前のことを口に出すこと、そして何よりも当たり前のことを意外にも人はやっていないこと・・・

 

親父、あんたの息子はまだまだ青いわ、んで、まだまだがんばる必要があるわ。 

2008年3月 3日

ひなまつり

今年は飾られませんでしたね、ひな人形。

よく「片付けるのが遅いと嫁に行くのが遅くなる。」なんて言って、父親としてはわざと片付けを手伝わなかったりする物なのですが、飾られもしないって言うのもね、なんか深く考えてしまうわけで・・・

「灯りをつけましょぼんぼりに、お花をあげましょ桃の花・・・」

どうして日本音階は暗く聞こえるのでしょう・・・。

「今日は楽しいひな祭り」のフレーズ決して楽しそうじゃないもん。

 

これ、ピアノで言うと黒鍵だけで弾けちゃう、演歌と同じ音階。

シャープが付いたりフラットが付く音階って良くできてて、シャープ(半音上がる)のルートはシャープが付かない物からドソレラミシファって、シャープが一つずつ音階で増えていくのね、で逆にフラット(半音下がる)のルートはドファシミラレソってなるの。

長調、短調も基本はいっしょ。

ん〜、ピアノ弾く人間じゃないとわかんないかなぁ・・・

同じ黒鍵だけで弾ける曲でも「ひな祭り」の暗いフレーズと比べて、北島三郎の「函館の女」なんて陽気な事この上ない音階だもんね。「逆巻く風を乗り越えて」来ちゃうわけだから(笑)

昔、小室哲哉の楽曲がどれを聴いても一緒っていわれた頃があったけど、それも事実で、ドシラソファミレドドシラソファラド。っていう進行や、ドファソドドファソドなんて言う黄金フレーズもあった。

でも、それだけ世に出て印象付いていただけで、実はポップスって結構その進行だったりするんだよねぇ。小室哲哉を馬鹿にしていた人たち、それは多分嫉妬ですね(笑)

 

とまぁ、ひな祭りからよくもまぁこれだけ語れるものだと自分でもびっくりしながらも、本当はひな人形が飾られなかった事をもの凄く深く考え込む僕なのでした。 

2008年2月 5日

四十九日でワールドカップは雪祭りなジンギスカン

昨年末祖母が亡くなりました。

お袋に聞けば聞くほど大変な入院生活を送り、結果はまぁ大往生とは言えないまでも無事に旅立つことが出来たようです。
人の死に対して荷物という表現は適切ではないのですが、お袋の苦労を考えればきっとお袋も大役を果たし、ようやく肩の荷を下ろすことが出来たのでしょう。

そんな僕は孫なのですが、初七日に姉貴から電話で知らされ、あれれ?って感じではあったのですが、さすがにどこかのけじめに挨拶は必要と思い、四十九日に当たる日に実家に行きました。

突如娘さんも連れて行くことになったのですが、娘さんは「お父さんと二人で旅行なんてはじめてだね!」と大はしゃぎ。ま、最愛の娘さんを連れて歩くのは全く苦にならないので珍道中を楽しむことにしました。

初日はとにかく祖母への挨拶と、お袋の苦労話の相手(笑)
娘さんもそれにつきあい夜中まで起きてましたよ。

20080202-1.jpg
で、実はこのタイミングって僕の大好きなスキージャンプのワールドカップ札幌大会の日。

夜中まで苦労話に付き合ったけど、翌日は朝から大倉山です。

20080202-2.jpg今やベテラン中のベテラン、葛西選手も予選からの出場です。
日の丸飛行隊を支え続けたベテランも、今では様々なレギュレーションの変更や時代の変化に乗ることに必死で、この日もK点の随分手前に着地しており、非常に残念な結果となっていました。

20080202-3.jpg2回目に進めなかった葛西選手はその後もファンサービスに会場をうろうろしていました。

愛娘さんなんて葛西選手のすごさ知らないから、雪の固まりを踏みつけて割って遊びながら、葛西選手の目の前で大騒ぎしてましたよ。

オリンピックに4回出てる凄い人だっつうの!

 

さて、僕は世界レベルの大ジャンプを楽しんでいたのですが、娘さんは途中から飽きてしまい、すっかり遊びまくりなので、139メートルという大ジャンプを後にして、まだ開催前の雪祭り会場へ。

20080203-1.jpg

札幌産まれであることを人に言うと、今までほとんどがいいねぇと言ってもらえました。

そして、口々に一度は雪祭り見てみたいねぇとも言われます。

僕的には子供の頃に必ずあった物だし、住んでいたところが会場から近いこともあってもの凄く身近なイベントだったんですが、愛娘さんにとっても“いいなぁ”な物だったようで、振り返るとスキージャンプから雪祭りの会場までほとんど「寒い」と文句を言うことがありませんでした。

20080203-2.jpg開催日直前と言うことで、大雪像のほとんどは完成しており、照明テストや音響のテストなんかをやっていたため、そばに寄ることは出来なかったんですが、ある程度は楽しむことが出来、むしろこちらが早く帰ろうとしているにもかかわらず娘さんは大喜びでした。

まぁ、北海道経済がかなり厳しいと言われる中、世界中から人が来ると言われるほどのイベントですからね。

僕にとってはなつかしいなぁ、と言う物でもはじめて見る人にはすごいなぁ、と言う物なのでしょう。
娘さん、すでにはなとほっぺたが真っ赤な状態でしたが、楽しんでいる様子です。

20080204-1.jpg翌日は朝から実家の近所の公園で雪だるまを作ると張り切っていたのですが、2月の札幌の雪、水でも混ぜないと雪だるまなんて作れないほどのパウダースノーな訳で、何度かトライするもあきらめ走り回るだけ(笑)

日差しがしっかりある中で雪遊びをすると汗だくになるほど暖かくなります。

東京ではちょっとしたことでも寒いと感じるのですが、なぜか雪景色の中では寒いと感じることがありません。

 

 

さて、月曜日お休みをいただいてしまったのですが、四十九日を目的にいろんなイベントを楽しむことが出来て、かあさん(僕が小さい頃から祖母を呼ぶなまえ)が旅立つ前にくれたちょっとしたタイミングのいいきっかけだったのかな?なんて思うことができました。

20080204-2.jpgそして、空港では時間に余裕があったのでジンギスカン。

はぁ、明日からはまた現実に戻るよ。

3日間、もの凄く充実した時間を過ごすことが出来てリフレッシュすることは出来たんだけど、明日から社会復帰できるかな・・・(笑)

ホントときどきでいいから、用意された娯楽で楽しむよりも、行き当たりばったりで楽しむこういう時間を作るようにしよう。

 

もうこんな時間だわ。
余韻に浸りながら寝ることにします。

2007年12月30日

冬に水着を買いました

明日から以前よく行った和歌山のホテルに出かけます。

娘さんの希望、プールで遊びたいってのをかなえてやろうと思っていたのですが、水着がないんですね。

で、仕方がないから買いに行きましたよ。季節が季節ならどこのスポーツ用品店にもあるんでしょうが、今は冬、なかなかないんですよ。

で、結局伊勢丹で見つけたのが若干スポーツよりの物で、お値段7,000円。

まぁ、しかたがないでしょう。

 

 

2007年11月20日

自転車と足の角質除去

足の裏の皮が厚くなります、僕。

外足加重なんでしょうかね、足の小指と薬指の付け根、特に右足の裏の皮が厚くなります。

で、皮が厚くなって、その皮の特に外足の方が厚くなってくると、踏ん張ったときに足の皮がぐいとひねられるようになりいたくなります。
軽石でこすったり、はさみで切ってみたり・・・

でも、すぐに皮は厚くなります。

何か良い方法は無いものかと、楽天さん検索してみたところ「赤ちゃんの足の裏のように!」という商品があったので買ってみました。
早速試しました。

足指付きの靴下をはき、その上からビニールカバーのような靴下状の物をはき、付属の液体を入れ2時間放置します。
昼寝をかねて放置し都合2時間半くらい薬に足を浸しておきました。

歩くと嫌な音がする状態の靴下を脱ぎ捨て、ボディーソープで足をもの凄く洗います。

それから4〜5日。

全く変化が無いんですね、これが。
やられた!とか思い始めた一週間目くらいに足を見てみたらぼろぼろと向けてるんですよ、足の皮。
日焼けの後の皮が剥けるような、でもそれよりも柔らかく剥けるような・・・

いま、とても人に見せることの出来ない状態になっています。

しかし、強靱な程の厚くなった足の皮以外の部分で剥けていて、治したい部分はあまり変化がありません。

新しい商品探します。

さて、そんな足を持つ僕ですが、日曜日に自転車ショーへ行ってきました。
サイクルモードインターナショナル2007って奴です。

自転車は約20年前にちょっと良いマウンテンバイクを買い、しばらく無くて結婚してからドンキホーテのサス付きマウンテンバイクを買い、タイヤがくたびれて真っ赤なタイヤに換装し、かなり個性的な自転車に今は乗っています。

今あんまりやりませんが、そのちょっと良いマウンテンバイクに乗っていたときは、無理矢理60センチくらいの所に飛び乗ってみたり、さらにもうちょっと高い位置から飛び降りてみたりしていました。
結構乗れる方だと思っていました(笑)

で、今回の自転車ショーなんですが、仕事の絡みもあって行ったわけですが、プロの技を目のあたりにして愕然。
いや、さすがにテレビとかで見てたので、僕は乗れる方でも上には上がいると言うことは認識しています。
しかし、目前の技はそれを超えてましたわ。

目の前で軽快な口調で技の説明をしている間足は地面に付きません。
ウイリーやジャックナイフ、つまりは前輪を持ち上げバランスをとる、後輪を持ち上げ前輪だけでバランスをとる。
その両方が完全にスタンド状態、静止状態から行われるのです。

ベニヤで仮説で組んである障害をダニエルという、後輪だけでぴょんぴょんと越える技で観客を魅了しているのですが、その間も軽快な口調で説明は続きます。

ぎゃふん。

とどめは80センチの高さまで、フロントタイヤをどこにもつけずに飛び乗り、さらにそこから高い台に飛び移り、その120センチの高さの台からくるりと360度横回転しながら降りる。そして、その着地がもの凄くスムーズ。

おかっぴ恐るべし。

この週末僕はきっといくつもの生傷を作ることでしょう(爆)

2007年10月 1日

お父さんの参観日

会社見学ツアーに参加した。

って言っても僕は毎日通っている。
今回は家族を対象としたイベントだ。

いざ参加してみると僕自身入ったことのないスペースもたくさんあったし、家族もそこそこ楽しんだのではないかと思う。

で、ツアーの最後は会社自慢のカフェテリア。
「食べきれないほどによそうな」と言われてもついつい取りすぎてしまう光景があちこちで見られた。
そしてなんと言っても普段は絶対にあり得ない子供達の声。さながらデパートの食堂状態(笑)

20070930.jpg娘さんも待望の(?)三木谷さんに会えて喜んでいたしね。

しかし、こうやって快く写真に応じてくれるのに、やっぱり一般的には「テレビに出たりする人」なんだよね、こっそり写真撮ってる人もたくさんいた。
これって物凄く失礼だと思うんだけどなぁ。少なくとも家族の誰かがうちの社員なんだし、普通に声かけて良い立場なのに。

ま、うちは(僕は?)気にしないタイプなので、「うちの娘が一緒に写真撮るの楽しみにしてたんですよ。」なんて言っちゃうけどね。

通勤の距離も家族に体感させること出来たし、僕的にはとても楽しい一日でした。

2007年9月25日

充実した仙台出張でした。

21日〜24日まで楽天イーグルスのイベント対応のため仙台に出張してきました。
結果から言うと本当、行ってよかった〜、って感じでした。
もちろん仕事だから行かなくてはいけない物だったんだけどね。

仕事面では、都合2,000人以上のお客様と接することが出来、また100人以上のうちの顧客と話をしたこと。
クライアントである楽天野球団の職員とコミュニケーションを図ることが出来たこと。

来シーズンを迎えるにあたり大変なことは数多くあるけど、それを超えるほどにいまから楽しみです。

またもう一つ仕事面で言うと、内勤にちかい同僚を現場に連れて行くことが出来たこと、これも大きい。うちの商品が現場でどのように流れ、そして顧客がどのように利用しているかを自分の目で見ると言うことからきっと何かを感じ取ってくれたんじゃ無いかな。

 

22日以降は家族も仙台に来たんですが、ホントいろいろあって久しぶりに家族で過ごしました。

球団の取り計らいで観戦させてもらうことも出来、しかも3点差を逆転して勝利するというドラマチックなゲームで大満足。
こないだの7回、8回と爆睡してしまった時と同じ西武戦だったのですが、もう最高の試合でした。

フルキャストスタジアム宮城、最高!

やっぱりホームゲームはいいです、最高。

ほぼすべてを埋め尽くすイーグルスファンがここぞという場面で盛り上がるのですが、スタジアムが本当に一つになる。
一人の打者のモチベーションを最高の所に運ぶことが出来るほどに支える。
投手が投げるボールに最大の迫力を与える・・・。

完全にスタジアムが一つになっている所をみて変な話涙が出そうになりましたわ(笑)

 

球団職員達が山崎の42号ホームランにハイタッチで喜んでいる姿、ファンがスタジアムを一つにするパワーを持った様子、うちのチビが逆転のチャンスに「行け〜、チャンスはここしかないぞ〜!」と大声を出す姿(笑)

僕はこの出張中ずっと「ファミリー」の中で過ごすことが出来ました。 

2007年9月18日

氷上のエンターテインメント!

3連休最後はディズニーオンアイス。
武蔵野線に30分揺られさいたまスーパーアリーナへ。

ご招待いただいたのはいいが、その招待券を入場券に交換するところがすでに長蛇の列。
少しだけ早めに行ったからそこそこよい席をいただく事が出来ました。

内容はさすがディズニー、大人も子供も手放しで楽しむ事が出来る作りで文句なし。
表でパンフを売る外人のおじさんもみんなエンターティナー。

ただ、かき氷が1,800円ってどうよ。



まぁ、前日の野球もなぜか指定席を貰えたし、ディズニーもご招待だし、そこ考えたら感謝ばかりなんだけどね。

次の週末も3連休。
でもこちらは仕事で仙台の予定。
一日中仕事ってわけではないから、家族呼んで牛タンでも食べるかな。

2007年9月14日

オープンオフィス

事あるごとに「自分の家族に勤め先を見せたい」と言ってたんだけど、ついに実現する時が訪れました。
今月末「オープンオフィス」として家族を迎え入れてもよい日が設定されました。

親が参観日に子供の日常を見るイベントはあるけど、子供が親の働く会社を見るのはあまりないと思う。
あぁ、職種次第かな。

少なくとも、僕の勤務する会社では多分初めての試みだ。


最後かもしれぬこんなイベント、参加しないわけがないわな(笑)


大きくなりすぎてファミリー感が薄れ始めてたけど、まだまだやるじゃん、うちの会社も!

2007年8月 3日

ごはん、ごはん!

家族が帰省中。

娘さんからアサガオの水やりと金魚の餌やりを任せられた。

アサガオは水をやっても反応がほとんどないけど、金魚はちがう。
僕が帰宅して水槽に近付いていくと、3匹が揃って寄って来て、こっちの手元をまだかまだかと見ている。

その姿はまるで親鳥の帰りを待っていた雛みたい(笑)

「こいつらかわいいじゃん!」とか思うわ。

金魚は毎日何考えているのかわからないけど、人間だって何考えているかわかんないよなぁ。
ただ、「ごはん、ごはん!」って寄ってくる金魚の方が素直なのかも。
余計な計算とか無いだろうしね。

金魚に癒されてるかも、自分。

2007年7月29日

スイカと花火とハイビジョン

花火で滑り台

朝一番に先週買ったテレビが届いた。

やっぱりでかいわ。
いわゆる「地デジ」は画質もよくてそれなりに満足なんだけど、そうなってくるとケーブルテレビとビデオ、PS2・・・、何となく画質が眠い感じ。

可能な限りハイクオリティな接続方法でつなぎ替えようと早速近所のコジマまで自転車飛ばしました。

とはいえ、HDMI接続がテレビにはあるけどビデオやCATVの端末に無いのでD端子で選びまして、何とか少しだけ画質アップするはず。レジに行ってケーブルを買ったらコジマで花火くれました。

帰りに娘さんがスイカが食べたいって言うので、そこそこ形の良い良い具合のサイズのものをゲット。

へっぴり腰っぷり!! 帰ってきて先日から何度か書いてる金魚を横目に大きなテレビの前でスイカ食べて、腹ごなしに隣の公園で花火。娘さんとシャワー浴びてたら背中に見事に水着の日焼け跡・・・

なんだか夏っぽい一日だったな。

※写真はカメラを解放にして設置、花火で滑り台をなぞってみたという、一風変わった作品に仕上げた物です(笑) 

2007年7月25日

金魚のその後

5匹が3匹に減りましたが、残った3匹の金魚は元気にしています。
良かった、良かった。

今日は帰りに餌を買いました。
・・・、と言うのも前に間違って金魚の稚魚用の餌を買ってしまったから。

餌選びにも「うちの3匹、あまり浮いている餌食べないから沈殿タイプかなぁ」とか「栄養価が高いんだぁ、これ」などとなかなか楽しいです。

水槽に入れる石をしっかり洗わなかったせいで若干濁っている水が気になるけど、入れ替えには早過ぎるしなぁ。

もう少し水槽が落ち着いた頃に半分位水変えてみます。

やばい、娘さんより僕がはまってるわ。

2007年7月24日

金魚、金魚。

さて、今朝方水槽を覗き込んだらまた一匹死んでた。
昨日若干仲間外れになっていた一匹。
切なくも飾りで買った壷の中で・・・。

今日は朝から金魚を庭に埋める儀式でした。

はぁ、金魚ってこんなに飼うの大変だったっけ・・・

2007年7月22日

金魚の飼育グッズを買いに行ったら世界の亀山モデルになった。

金魚のお部屋 娘さんの小学校、夏休みになりました。
とはいえ夏休み初日は学校の校庭でお祭り。

お祭りと言えば、たこ焼き、わたがし、金魚すくい。
と想像するんだけど、たこ焼きなし、わたがしなし・・・。

なぜか餃子の屋台があって、学校の校庭でやってるからビールもなく、まぁ、「文化センター」的なお祭りでした。
屋台の中で定番とされるものであるのは金魚すくいくらい。 

娘さんから「猫が飼いたい。」とか「犬が飼いたい。」とか言われていたけど、うちのマンションはペット禁止。

まぁ、金魚ならいいか。

と言うわけで、金魚すくいに娘はトライしたのだが最初は一匹も捕まえられず。でも、一匹もらえちゃうのね、ああいうのって。
で、しばらくしてもう一度トライしたら3匹もすくってしまい、友達がトライしてゲットした一匹までもらって、都合5匹。

さすがに5匹もつれて帰ったら飼うために水槽が必要ですよ。
で、近くのホームセンターに出かけていったら似たような状況の家族がたくさん。

陰謀だね、ホームセンターの(笑)。金魚飼育セット入門みたいなのがコーナーになって陳列されてたよ。

とはいえ、5匹のために買いに来たわけだから、そんなに高くなく、とりあえず一揃え入っている物をチョイスし購入。水が落ち着く前に5匹投入し就寝。 

で。

今朝起きてみたら早速一匹浮かんじゃってたんだけど、そのほかは元気。
よく食べるしよく出す。

このままじゃ世話が大変だから、もうちょっと楽に飼えるグッズを仕入れるため電車で聖蹟桜ヶ丘のペットフォレストまで出かけてフィルタやらバクテリアやらも入手。

たかだか200円でトライした金魚すくいをトリガーに1万円近い出費となりましたわ。
なんと50倍の経済効果。

さて、聖蹟桜ヶ丘の駅ビルには「さくらや」があり、電車を下りてすぐのエスカレーターで2フロア上がったところという絶好のロケーション。
娘と出かけたときはとりあえず「まずはパパが見たい物が先!」とさくらやに行くのです。

そういえば最近、自宅のテレビ(いまどき25インチブラウン管です)の調子が悪くなり、赤系の色がびろ〜んと横にのびます。かなりくたびれています。

SHARP LC-42GX1W

ちょっと前からいろいろ調べていたのですが、液晶やらプラズマやらプロジェクタやら・・・、もう何なんだかわからないので、CMのうたい文句と吉永小百合採用と言うこともあり、テレビはSHARPと決めていました。

で、さくらやのぞいてみたら当然ありますよね、SHARP。

もう、200円の金魚への投資が1万円の出費になる勢いです、店頭にあった数種類のアクオスから値段の手頃なモデルを選び、即購入ですよ、もう勢いで。

ま、フルHDで世界の亀山モデルならどれでも良いと思っていたので、値頃感のある42インチにしました。さすがに持って帰れないから配達される来週までおあずけだけどね。

ここのところ週末娘とどこかに出かけるとなんやかんやと出費がかさみます。

「もうしばらく買い物はしないよ!」と娘に言い聞かせた週末になりました。 

2007年7月 8日

六本木デート

僕の会社には部活支援制度って言うのがあって、予算を出してくれる。
ありがたい。

で、僕は写真部に所属していて、先日写真展に応募したわけ。
その発表が六本木ミッドタウンで行われているから出かけてきましたよ、娘さんつれて。 

写真、大別すると「赤ちゃん」「桜」「富士山」「猫」。
ほぼこのジャンルで分けられましたね(笑)

被写体が娘さんだったから連れて行ったけど、娘さんは他の写真に全く興味を示さず、すぐに退散。

せっかく六本木まで来たのだから、パパが通っているビリヤード屋さんへ連れて行ってあげると言うと意外にも喜んで着いて来てくれ、1時間ちょっと玉撞いてみたりしました。

先日吉祥寺で玉を撞かせてみて、「顔はキューの上!」「そんなに簡単に撞かない!」と若干スパルタ気味にやったせいでしょうか、サイドストロークながら重たい音を立てて手玉を撞きます。

末恐ろしいです、もう子供用のキュー用意します(苦笑)

ドラえもん 晩ご飯の時間まで少しあったから定番の?テレビ朝日。
とはいえ、かれこれ数年その隣の六本木ヒルズに通いながらもはじめて入りました、僕。

まぁ、フジテレビもそうでしたが、これと言って局内に楽しいアトラクションがあるわけでもなく、まぁ、番宣的なグッズショップくらい。

適当に見て回って帰りの電車で僕は爆睡、娘はDS。

府中についておなかいっぱい焼き肉食べてもう寝ます(笑) 

 

2007年6月24日

戦利品

戦利品

週末は定番のデート。

とりあえず土曜日は電車で数駅の聖蹟桜ヶ丘。
娘さんのお気に入りの街の一つ。

デパートの屋上にあった遊戯施設がフットサルのコートに変わってしまってからはゲームセンターが良いらしい。

せいぜい500円とか渡してみても、何で遊ぶかをかなり娘さんは吟味しながら遊具を選ぶので、意外に時間がかかります。
まぁ、経済的に助かるのですが、たかが500円遊ぶのにそんなに悩むなよ、おもしろい物ならもっとお金出すよ・・・、と心配してしまうほど。

でも、その少ない予算の中で最近お気に入りの「動物の森」のキャラクターのぬいぐるみをゲットし、はじめて自分で手に入れた商品にご満悦の娘を見るとうれしいやら、なんか制約の多い様な我慢させているのかな?と、父親としては反省してしまう部分も感じていました。

翌日曜日。

朝から歯医者です。
乳歯が虫歯になっているせいでその下の永久歯に若干影響しそうに膿んでいる歯があり、抜糸のために歯医者さんに行きました。

歯を抜くという行程の中には2回の峠があり、麻酔の注射と、抜歯の作業。

なんと言っても注射が嫌ならしく、歯茎に表面麻酔の塗り薬を塗ります。
どれだけの効果があるかを見せるため、まずは僕がその薬をなめてみます。
「うわ、舌先の感覚がなくなってきたわ・・・」と言うと安心して娘は口を開けます。

注射もおかげで問題なくクリアでした。

そして抜歯の作業。

さすがに「痛くないけど、なんか嫌!」っていう感覚のため、娘さんは声を上げて泣くのを我慢しています。

まぁ、微妙に僕も押さえつけていたのですが(苦笑)

ま、事が終わると意外にけろっとして平気だったので、よい経験したのかなと。

週末は動物の森と抜歯の際に砕けてしまった乳歯を手に入れることが出来たという感じでした。 

2007年6月18日

ちびっ子ハスラー誕生

週末は娘さんとデート。

この一週間の報告を聞きながら出掛けて、結局は出先で何か買わされています。
買うって言っても、工作ものや実験もの。
僕はただ遊ぶだけのおもちゃは簡単には買い与えません。

さて、昨日はビーズの工作キットを求めて吉祥寺のユザワヤへ出掛けたのですが、娘さんにとっても、僕にとってもある意味パラダイスでしたね。

屋上にラジコンのサーキットがあり、電動とエンジンが混送という見応えのあるコース。
やっぱり楽しそうだわ、ラジコン。
娘さんもなぜか興味を示してくれて満足するまで眺めている事ができました。

ちびっ子ハスラー誕生の瞬間!?

そして結局ビーズは買わず、なぜかスライムのキットを買ってユザワヤを後にし、吉祥寺バグースに玉を突きに行ってみました。

店にはキッズキューの用意があり娘さんも上機嫌。
背が低いからサイドストロークにならざるを得ないところがあるけど、レール際あたりは結構しっかり突きます。

何球かちゃんと狙って入れたりして末恐ろしいわ、我が娘さん。
※もちろん穴前に配球してやってですけどね。

簡単なトリックショットを数発見せてやったらこれまた大喜び(笑)

父親の威厳は微妙な所で保たれているようです、僕。

2007年5月27日

小学生になっての運動会

運動会

小学生になって初めての運動会。
振り返れば幼稚園最後の運動会から半年足らずでもう運動会。

ただ、幼稚園と圧倒的に違うのは「勝ち負け」がきっちりあるところかな。
とは言っても「優勝旗返還!」っていう後に「準優勝旗返還!」って、おいおい、ってかんじだったけどね。

でも、きっちりと勝ち負けはつけていたね。

50メートル走 50メートル走ではまだ一年生だから男女混合で、うちの娘さんも2位になってた。

練習では全然勝てなかったらしいけど、父親に似ず本番では強いみたい。
スタートのピストルの音が怖いってずっと言ってたけど、そこも自分の時は完全に合図として認識できてたいした奴です。

ただ女の子走りだけどね(笑)

 

紅組勝利!! おかげさまで、娘さんの属する紅組は勝利を収める事が出来ましたよ。

でもお父さんは大変だわね、どの家族もビデオ、カメラを持ってあちこちベストポジションをうろうろしているのね。

僕も走だったけど。

来年は脚立仕入れないとだめね、今回も5組ほど脚立を持ってきているお父さんを見たけど、アレ正解だわ。

あと一眼レフデジカメの普及が凄いのね、もうびっくり。
超望遠(CANONあたりの白いレンズ)もたくさんいるし、びっくりだわ。

 

2007年5月20日

デート

デートコースにナンジャタウンを選ぶなんて、俺は中学生か!?

とか言いつつ、デートのお相手は30歳年下、そう、うちの娘。
もう娘と言うより一番の友達だね、もはや。

帰りにさくらやとかさっさと入っていくあたりなんか、僕の好みも心得ています。
しかも超望遠レンズとか指さして「こんなのもってたらすごいよね!」とか言われ、もう苦笑いしっぱなしですわ。

まぁ、ナンジャタウンも結構気に入ってくれたようなので、次のデートコースを考えることにします、行きたいところに連れて行ってくれる都合の良い男にならないようにね(笑) 

 

2007年4月10日

勉強机

勉強って、教科書丸暗記じゃないよな。

判断力、決断力。
いや、そんな堅苦しいものじゃない。

好奇心を持って物事に取り組んでみたり、人の話しをちゃんと聞いたり。
勿論それは他人の意見をちゃんと聞く姿勢っていう意味で、自分の意見を持ち、かつその人が何故その意見を持ったのかまで考える事。

学校の通信簿には表れない、人間が本当に人間らしく生きて行く方法。

そんな勉強をしてもらいたくて、パパはあなたに机をプレゼントします。
たくさん手紙を書いて友情を深めたり、手芸を試してみたり、時に教科書の丸暗記に挑戦してみたり(笑)

そんな些細な出来事のほんのわずかなお手伝いのつもりです。

2007年4月 8日

いよいよ小学生!

小学生!小学生! 娘さん、いよいよ小学生になりました!

幼稚園からの友達が意外に少なく不安がっていましたが、入学式の退場の際に両手に男の子の手をつなぎ退場している姿をみて全然心配はしていませんよ、お父さんは!

入学式を終えて帰り道、「もうこれからは一人前の子供なんだから、自分で何でもやらないとだめだよ。」「先生が上履きは自分で洗いなさいって言ってたからやるよ!」なんて話をしながら帰ってきたのですが、ホント数日前まで幼稚園だったのに少しだけ「子供」になった娘の自信を感じることが出来ました。

自分の人生を振り返ると小学生の6年間、あっという間で何やったか覚えていない事も多いのですが、確実に覚えている友達の名前と顔って言うのもあります。

たくさん勉強して、たくさん遊んで、たくさんいろんな物をみて。

一人前の子供にはもう手助けしてやることしか出来ないのかもしれませんが、最大限の手助けをしてやらないといけないなと、僕も気持ちが引き締まりました。

自分の子供だからって言ったって、もう一人の人間、そして一人の女性なんですからね、君は! 

2007年3月21日

卒園おめでとう。

今朝方「お、これはこれは幼稚園を卒園された○○○さんじゃないですか!」と、昨日卒園式を終えたばかりの娘さんに声をかけてみた。

卒園証書授与 そう、昨日は卒園式。無事我が娘さんも幼稚園を終え、もう小学生になります。
これはこれで感慨深いなぁ、なんて。

で、続き。

「そう、それでね、年長さんじゃないし、小学生でもないし、今なんなの?私」

なんなの?って言われてもねぇ(笑)
最近返しに困るようなつっこみをするようになってきたわ、我が娘。
侮りがたし・・・・

 

と、まぁ、昨日卒園式だった訳なのですが、式が終わった後仕事に行って、ブログの更新もままならないまま今日を迎えているという父親なのです、僕。

さて、その卒園式。

子供達は案外気楽な物で、式の最中もあっちでこちょこちょ、こっちでざわざわ。
もう、中には会わない友達もいるかもしれない、なんてことは全然お構いなし。

おそらくは日常の一つってな感じで式は進行されているわけです。 

今まで何人もの園児を送り出しているだろう先生達、そして何より我が子の成長を噛みしめているお母さん達、あちこちでハンカチが大活躍でしたね、もう号泣の嵐。

僕は感涙というより、娘の成長を感じとり、しっかりと人の目を見て話を聞いている姿にあらためて良い育ち方をしてくれていると満足しきりでした。

卒園式にはお父さん達も多く参列していたのですが、その後の謝恩会、お父さん僕だけでしたね、ちょっと浮いていたかもしれません(笑)

でも、最愛の娘の卒園式なのです、仕事がどうのなんて関係ありません。

卒園式を終え、一人前の顔の娘 式典がすべて終わり、別れを惜しむお母さん達をよそに子供達はいつものお帰りと変わらず、園庭で遊び始めます。
とはいえ、僕がカメラを向けると仲良しが集まり「写真撮って!」とポーズを決めるのです。

自分自身が子供の頃の価値観を失っているのでしょうか、ファインダー越しに見える子供達の笑顔は、別れを惜しむと「終わり」という物よりも、これから広がる「始まり」という明るい笑顔に感じ取れました。

我が子を含め、子供達みんなが本当に良い笑顔で、ひょっとすると「じゃぁ、また明日ね!」くらいの希望に満ちた、そして日常と何ら変わらない、とても良い表情をしていました。

大人になると現実という責任や、義務と言った拘束が毎日の負担に感じられる事があるのですが、卒園式を終えた子供達の表情から、自分が失っていた何かを教わった気がします。

子供。

ある大人は何かを押し付けようと、そしてある大人は経験が極端に浅い人間として扱う人もいます。

でも、大人は皆子供を経験しているわけで、多分、その子供時代を満喫している子供達を羨んでいるのかもしれません。

あの屈託のない心の底から出てくる笑顔は、大人には無い力強さがあり、それがきっとうらやましいのではないのでしょうか。少なからず、我が娘の卒園式ではありましたが、表現する言葉が無いけれどもの凄く何かを得た気がする一日となりました。

2007年3月10日

世代交代

乳歯→永久歯 一番身近な「世代交代」、歯の生え替わり。

6歳、幼稚園年長さんの中では「○○ちゃんの歯が抜けた。」というのが一つのブームらしい。

5月生まれの娘さんはクラスの誰より早い段階で歯が抜けてもおかしくないのに、なかなか抜ける気配が無かった。

で、今朝方寝床に僕を起こしに来た娘さんが「歯が生えてる!」と(笑)

口を大きく開けた娘さんの中をのぞき込むと、少し動くようになった歯の後ろ側にちょこっと歯が頭を出していた。

もう2〜3日で抜けるだろうね。

しかし、後ろ側に生えてきているって言うのが歯並びを心配させるわな、僕もそうだったから。 

2007年3月 4日

ひなまつり

おひな様 ひなまつり。

我が家ではお内裏様とお雛様だけが飾られました。

姉貴の家に遊びに娘さんと遊びに行ったのですが、なぜか僕の家系、何かがあるとちらし寿司ですね。おなかいっぱい食べて、ビールもたらふく飲んで。

まるでひな祭りとはかけ離れた過ごし方をしました。

あぁ、でも酔っぱらって自転車で無事帰れたのが良かったわ。

2007年2月17日

ピカピカの一年生になるために、ピカピカのランドセルを。

ピカピカの一年生 4月から小学生になります。

そろそろ準備が始まっているのですが、本人が一番楽しみにしていたのがやっぱり「ランドセル」でした。

随分前からカレンダーには「らんどせるをかう」と言ったスケジュールが書き込まれ、友達同士でも早く買わないと良いランドセルが売り切れてしまうと話をするほど楽しみにしていたようです。

で、今日我が町府中の伊勢丹に娘と出かけてきました。

娘さん、テレビや友達と言った情報源からいろいろと欲しいのを考えていたようですが、いざ「選べ!」とたくさん並ぶランドセルの前に立たすと、目移りするやら何やらで「これ!」と決められない様子。お店の人に次から次へと背負わされたり説明されたりと、困っていたようです(笑)

どうも本当に欲しい物に遠慮している様子だったので、背負わせて鏡の前に立たせてみて、一番満足そうな顔をしたやつにしました(笑)
結果そんな中で一番高いやつを選んでしまったのですが、まぁ、入学祝いにとお袋から預かっている物もあったので、値段なんて気にせず本当に本人が喜ぶ物を選ぶことにしました。

家に帰りうれしそうに箱から取り出して背負ってみて、眺めてみてなんてしている姿はやはり親にとってもうれしい物です。

ほしがっていたおもちゃを買い与えたときよりも、こういった節目となる物を買い与えたときの方がいい顔をしてくれると感じるのは親ばかなのでしょうか?(笑)

2007年2月15日

バレンタインデー

チョコレート いつ頃からですかね、バレンタインデーと縁が無くなったのは(笑)

高校時代が一番僕の“モテ期”だったかもしれないなぁ、人生振り返ると。

そろそろ世の中をわかり始め、色気づき始めている我が娘さんからチョコレートをいただきました。

先日ドラリオンを観に行ったときに、ちょっと早めに原宿に着いたので、スヌーピーのショップで「この箱に詰めるだけ詰めて350円」みたいなのを買ってあげたました。
その時は「もうパパにばれているからこれはあげない」なんて言っていたのですが、結果こんな形に姿を変えて戻って参りました(笑)

さ、いつまでかね、こうやって娘からもらえるのも(遠い目) 

2007年2月13日

今日は2度目のドラリオン。

入場前にチケット確認

はい、本日は二度目のドラリオンを見に娘さんと原宿までやってきました。

事前に娘さんには、

「すごいよ、もう、何がってとにかくすごいよ!」

といった啓蒙活動をしておきました。

考えてみれば5日前、僕は同じ会場にやってきて見ているわけですが、結果的には「やっぱりすごい!」の連続でした。

あまり感情が表に出ないのは僕譲りでしょうか、娘さんは演目の途中も声を上げることないのですが、時折身を乗り出してのぞき込むところを見ながら僕は連れてきて良かったと思うのです。

今回はたった5日前に見たものに比べて演出も変わっていて、パフォーマーも一部変わっていて「この舞台は生き物なんだな」と感じることができました。
公開リハーサルに比べ失敗も少なく、完成度は増しているようです。

しかし、この短期間に2度見ても「すごい」という気持ちは変わりませんね、本当に。

演目によっては「ちょっとだけやらせて!」っていうものがあるんだけどね(笑)

ドラリオンの看板

スーパーサーカス、ってCMなんかでは言っているけど、それ以上だね。

一歩踏み入れると夢の世界になるディズニーランド。
もう、そんな世界。
しかもヒューマニティーってところではディズニーランドを上回るね、ほんとに。

この2回、実は両方ご招待を受けて行ってきたんだけど、お金出してもっかい見に行っても良いわ。

席種にこだわる人もいるけど、僕が今日見たのはA席と言って一番ランクは下だけど全然良い。
むしろパフォーマーの距離を近くに感じることができて良い面もある。

はぁ、シルク・ドゥ・ソレイユの仮設公演は今回のドラリオンが最後らしいけど、今までの来日公演全部見ることができて本当に良かったよ。

噂では日本国内にシルクの常設小屋ができるとか!?

ラスベガスのOみたいな常設ならではの演目が行われることを期待しましょう!!

2007年2月11日

幼児の生活と表現展

表現展 娘の幼稚園の年中イベントの一つ、「幼児の生活と表現展」に行ってきた。

描いた絵や、作った工作、それを陳列し日頃幼稚園に通う子供の作品展にしてくれているイベント。

毎年欠かさず行っているけど、子供の視点には毎回感心させられる。

芸術家として評価を得ている一部の大人以外は、多分芸術という分野で多分子供に勝つことは出来ないだろう・・・、と思った。

作品の完成度という意味では、のりがはみ出る、まっすぐの線のはずがグニャグニャに曲がっているなどけっして高いレベルではない。

でも、素直な視点で作り出される物のパワーは凄い。

ぽっと出の芸術家の作品なら「あ、十分に同じ物作ること出来るわ、俺なら。」って思うけど、子供の作る物は絶対に真似できないなぁ・・・

アートって呼ばれる分野はもはや「どれだけ人がやっていないことを見つけるか」っていう物になってきている気がするからね。
絵画や彫刻と言った、技量を作品に込めて評価してもらうって言う物では無くなってきている気がする。

でも、子供達が作る物は、ルールが全く無くて、思いつきではないひらめきで作り出された作品達はそのどれもが力強い。

 

最近娘と出かけるときは僕がデジタル一眼、娘がコンパクトデジカメを持って出かけるんだけど、僕は狙いすぎてあまり良い写真が撮れないけど、娘さんは「あ!」って興味がある物を見事に切り出してくるモンなぁ・・・

ホントあの好奇心はうらやましいわ。

大人になると何に対しても「勝ち負け」や「優劣」っていう物で比べてしまうからね、実際。

表現展2 何か工作しようと思ったって、素材の善し悪し、作風の善し悪し、着眼点の善し悪し・・・

とにかく比較ポイントを見つけて一部でも自分が勝るところを見つけようとしてしまう。

でも子供の作品の場合、段ボールむき出しでも、のりがはみ出てても良い作品に見えるんだよね。

事前の準備や構想、そんなものはきっと一切無いんだけど、できあがりに力強さがある。

なんだかもの凄く頭が固くなってきているんだな、自分。

子供の成長をみて楽しむと言うより、大人を戒めるだけの力を持ったイベントだったなぁ・・・。 

2007年1月16日

札幌での出来事

出来事なんて語るほど札幌では時間もなかったけど、まぁ、いろいろあったわ。

土曜日はほとんど移動だけど、お袋が入院している病院に行ってお袋としばらく話してた。

結果的にはホント初期も初期のA-1だか1-Aだか知らないけど、とにかくお袋の胃ガンは初期だったようだ。
そもそも腹が痛くて我慢できずに病院に行ったってことだけど、そこで胆嚢摘出が決まったそうだ。
で、細かい検査を繰り返しているうちに今回の胃ガンが見つかったらしい。

胆嚢の摘出と胃の切除も同時に、ってことで結構大きめの回復となったらしいけど、縫合も見事にされていた。あ、好奇心で傷口を見てきました(笑)

ちょうど細い針金に引っかかった感じの傷。もちろん縫合のためのホチキスの痕は残ってるけど、言ってしまえば胃袋見えるほど腹切ったはずなんだけどそこまでの傷には見えない。

見せてもらったと言えばそもそも腹が痛くなった原因となった胆石。
これが胆管を詰まらせて胆嚢が炎症を起こし、痛みが出てきて検査。そして超早期の胃ガン発見。

そう思えば、病気は決して軽いものではないけど、たった5ミリ程度の体の中にできた石のおかげで大事に至ることはなかったわけ。

さて、二日目の日曜日はしばらく市内観光してから病院に行った。
生まれも育ちも札幌とはいえ、土地勘はあるもののずいぶんと建物も店も変わっている。
さほどなじみの店ってのも昔からなかったけど、完全に観光客だったわ。時計台、旧道庁赤煉瓦とか写真に撮って過ごしたりした。

まぁ、あんまりゆっくりはできなかったけどまた近いうちにお袋の顔を見に札幌行こう。

2007年1月15日

週末は札幌で。

お袋が胃ガンの手術を昨年末に行い、術後の経過もよくまもなく退院らしい。
親父が入院したときは手術が伴わず、投薬治療のみということだったので約半年の入院。
それに比べたら当事者ではない方は「あっ!」という間の期間。
もちろん本人は大変な入院生活なんだと思うけど。

さて、本当ならば長い入院生活を元気づけようと見舞いに行ったのだが、まだ傷口が痛むと言うもののお袋は元気で、安心するような、いつもの帰省と全く変わらないような不思議な見舞いでした。

土曜日に行って日曜日に帰ると言ったスケジュールだけど、適当に札幌観光もしてわさわさと帰ってきましたが、また近いうちに行こうと思います。

下の写真は胃袋を6割方切り取ったにもかかわらずしっかりと出される食事。
術後3週間足らずでこんなにしっかり食べなさいって言われるのね。お袋の元気もびっくりだけど、これだけ食えっていう病院というか医学にもびっくりだわ。

2007年1月 8日

オンラインゲーム!?

PCを買い換える前からディズニーがやっているWEB上のゲーム「DisneyGames」を娘がやっている。
ウインドウの範囲内だけの行動範囲でいろいろと遊べるのだが、それ以外のゲームでポイントをためるとその町で使える通貨になる。
通貨と言ったって、キャラクターの服が買えたりする程度だ。

で、買い換えたマシンがグラフィックがそこそこいけるので、月額数百円のオンラインゲームも登録してみた。「トゥーンタウンオンライン」。こちらは完全にオンラインゲーム。同時にアクセスしている人と簡単な会話をすることもできる。

うろうろしている有名なディズニーのキャラクターたちを見かけると娘はそちらへダッシュ(もちろんキャラクターを)するのだが、本当にオンラインの人とCPUの区別がつかないので一生懸命話しかけたり手を振ったりしている(笑)。

会社にも何人かオンラインゲームをやっているっていう人がいるが、インターフェースの違うSNSみたいなものだと思えば楽しいかもしれないな・・・

何か一つメジャー系なやつ試してみようかな(笑)

2007年1月 3日

親子の会話

僕と娘、僕が子供に対する接し方を把握しているのか全く知らないのか、会話は友達同士のような感じです。

もちろん、娘が何かいけないことをしたときは叱るのですが、怒鳴ったりはしません。
怒鳴って威嚇したところでなんにも解決することが無いと僕が思っているだけなのかもしれませんが、それがなぜいけないことなのかを説明して理解させるように努めています。

そして叱っているうちに難しい言葉が出てきたりしたら、それの意味を一緒に調べてとことん理解させようとします。時々めんどくさくもなりますが、それが僕と娘のコミュニケーションになると思っているからなんです。
「なんでこれ調べたんだっけ?」「○○したからだよ。」
なんて最終的に何に叱っていたか娘に教えてもらったりもして・・・(苦笑)

どうして自分がそういう風になったのかなぁ、なんて考えていたときに久しぶりに札幌に行ってきて親父に会ってきたのですが、僕自身親父に怒鳴られることが無かったんですね。
そして、親父とは僕が高校出たあたりからどちらかというと友達感覚になってきたんです。

あぁ、こういった影響受けてるのかもなぁ・・・、なんておもいました。

20070103-2.jpg 久しぶりに会った親父がうれしそうに差し出してきたのが札幌市営交通のミニカーシリーズ。
「おいおい、今年38になるんだぞ!」って事に普通はなるんだろうけど、実は「ささら電車」という物をその前に買っていたりしてなんと4車種そろったりして(苦笑)
そして、そんな些細な協調も楽しかったりして。

子供への接し方が親父の影響を受けていたり、しゃべり方がお袋に似てきたり・・・

札幌離れていよいよ今年20年になりますが、小さい頃に受けた親の影響って徐々に形になってくる物なのかなぁ・・・、なんて新年早々感じていたりします。

それにしても「ぱぱは小さい頃何になりたかったの?」って聞かれて「宇宙飛行士かなぁ、○○は?」なんて聞き返してみたら「ケーキ屋さんと歯医者さん!」 っていう回答には驚いたわ。

うちの娘大物になるかも!? 

2006年12月28日

無事終了。

お袋の手術が無事終了した、と札幌に残ってくれた姉貴から連絡があった。


僕は好奇心旺盛な方だが、その遺伝子の源、お袋は僕の好奇心をさらに濃縮したほどに旺盛。
摘出した部位を持って帰りたいと申し出たそうだ。

胆石はテイクアウト(笑)OKになったそうだが、臓器はだめだった様子。臨床検査やらなんやらに回るらしい。

その分、立ち会う為に残った姉貴に摘出されたものを観察するよう伝えていた。
で、麻酔から覚め、姉貴から術後報告を受けた摘出物の様子に納得しないらしく、その様子を姉貴いわく「悪態ついてうるさい程」だとか(笑)

ま、手術終了後直ぐに摘出された物の報告に悪態ついてるってんだから、何はともあれ、一安心だ。

2006年12月26日

クリスマスは札幌で。

20061225-1.jpg

通称「ママサンダンプ」
札幌の家には必ず一つはあります。

と言うわけで、お袋の入院の付き添いというか、結果的にこれと言って何も手伝わずに帰省はあわただしく過ごしてきました。

20061225-3.jpg 札幌行きの飛行機でいきなりKOされて、翌日は朝から大雪。

ゆきかきなんて何年かぶりにしてやろうと表に一歩出たら長靴が埋まります。
一晩で40センチくらいかな。

お袋の家は家の前をロードヒーティングしているので雪が解ける構造なのですが、もちろんそれはスイッチを入れていたときの話。

スイッチがある車庫まで行くのにこんなに積もった雪を踏みしめつつ行きます。
この時点ですでにつま先は冷たくなってるわ、ズボンの裾はぬれているわで大騒ぎです(苦笑)

先述の「ママサンダンプ」で雪をよけていくのですが、そこは札幌、完全に粉雪なので雪の重さはほとんど感じられません。

 

 

20061225-4.jpg あまりにふかふかなので、よけた雪も積み上がっていかないんですね、サラサラしちゃってるから。

  でも、そこは18まで札幌で生活していた僕、すぐに感覚は戻って見事に積み上げていくのでした(苦笑) 

でも毎回感じるけど、子供の頃に比べたら本当に雪が減ってる。
道路はぐぢゃぐぢゃになっているけど、何とかアスファルトの上を車が走ったり出来るし、ホントだったらこれだけ積み上げた雪山はすでに倍くらい大きくなった状態でクリスマスシーズンを迎えていたような気がする。

除雪も行き届いたりしているけれど、やっぱりそれ以上に雪が少なくなっているんだろうな・・・  

20061225-2.jpg  

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2006年12月23日

札幌まで2時間半の旅

「到着地の天候は晴れ、気温はマイナス5度。上空の気流も概ね良好なので、短い間ではございますが快適な空の旅をお楽しみ下さい。」


なんて言われて結果到着が1時間以上遅れた。

滑走路の除雪と天候の回復待ち(笑)

ま、無理されるよりいいか。

札幌へ行ってきます。

明日、正確にはもう少ししたら札幌へ出発する。
そして月曜日一日仕事をお休みさせていただいて、月曜日の夜の便で東京に戻る。

ここ数年、札幌へは見舞いに帰る様なことが多い。まぁ、もともと出不精で「便りがないのが元気な知らせだ!」と面と向かって親に言うほどの親不孝なわけで、こういった理由が無いとなかなか重い腰があがらない。

なんて言いながら日曜日早起きして玉突きの試合には行くんだから言い訳のしようもない。
でも、勝つまで酒を飲まない!と決めたことをやり通したんだから、これからは足繁く札幌に行くようにしよう。

僕のビリヤードのキューは一生物のキューとして手に入れた。だから、くたくたな状態でさらに酷使するより、これからも長く付き合っていくために一回メンテナンスをする。

おそらく人間も一緒。
若いうちは「気分転換の旅行!」とか「朝までカラオケでリフレッシュ!」なんて言うのもあるかもしれないけど、ある程度くたくたになる歳になったら「入院してリフレッシュ!」っていうのも一つの選択肢だし、そのタイミングを病気という形で神様が提供したのかもしれない。

僕のビリヤードのキューはある意味で本当に酷使していたから、お袋も「メンテ」と思って酷使してきた体の悪いところを一切合切治す気構えで入院生活を送ってもらいたい物だ。

親父が入院した時は「日頃の不摂生を矯正するため、入院して更生しろ!」位に言っていたんだがな(苦笑)。

本当は神様がお袋にリフレッシュ期間を設けさせるのではなく、出不精で腰の重い息子を奮い立たせると言った目的なのかもしれないな。

まずは25日の治療方針、院長先生じきじきに執刀されるとのことなので、じっくり聞こうじゃないか。 

2006年12月22日

自分の名前

自分の名前、気に入ってます。その点では親に感謝しています。
あ、もちろんそれ以外も感謝しています(笑)

ニュースで今年1番人気だった名前が発表されていましたが、男の子が「陸」で、女の子が「陽菜(ひな)」だそうです。
今年つけられたわけじゃないけど、両方いるわ、確かに。
パソコンや携帯で一発で変換出来ないってのも最近の名前なんだな、なんて思えます。

僕は名前で呼ばれることが多いんですが、それ、結構うれしいもんです。

何となく姓で呼ばれると妙によそよそしい感じがします、僕の場合。
そして僕を姓で呼んでいた人が、はじめて名前で呼んでくれた時の、あの不思議な照れ臭い感じがとても好きです。

実は僕のひそかな楽しみの一つです。

2006年12月17日

一週間前倒しで(苦笑)

  20061217-1.jpg 一週間早いが、クリスマスプレゼントが到着。
クリスマス当日は娘さんとは別々に過ごすことになるので、一緒に買いに行かず今回は楽天さんで注文。

約束通り「太鼓の達人」。
クリスマスまで待ってから開けるように約束していたけど、僕が我慢できずに開封してしまうことにした(苦笑)

アメリカのホームビデオなんかをみると「Ohhhhh!!」とか言いながらばりばりと包み紙を破り、中から出てきたプレゼントを見ながら絶叫なんて言うのがあるけど、ここは日本。
娘さんは丁寧にセロテープをはがしながら開封し、終いには包装紙を綺麗にたたんで「はい。」とか手渡された。育ちが良いのか?

とはいえ、包装紙がジェリービーンズの模様だったため、開封して中身が見えた瞬間に大声で喜んでいた。
この瞬間を見ることが出来ただけで父親としては十分に満足だ。

さて、リクエストの「太鼓の達人」だけど、やっぱりそこは家庭用に出来ていて、しかもシリーズ物のワナというか何というか、コントローラーが若干ちゃちで、設置すると寄席の出囃子に使いそうな太鼓だし、収録曲も上手い具合に「太鼓の達人」シリーズに分散されていて、今回の最新盤ではプリキュアが入っているがアンパンマンのマーチやドラえもんは収録されていない。
ま、コントローラーはもういらないから、他のソフト買えばいいか・・・・、なんて早速ワナに落ちそうになっている。

「太鼓の達人 ゴー!ゴー!五代目」
  • アンパンマンのマーチ
  • ドラえもんのうた
  • マツケンサンバII
    などなど、45曲収録
「太鼓の達人 わいわいハッピー!六代目」
  •  ムリムリ!?ありあり!!INじゃぁな〜い?! (ふたりはプリキュア MaxHeart)
  • 呪文降臨〜マジカル・フォース (魔法戦隊マジレンジャー)
  • 恋のマイアヒ
    などなど、48曲収録

そして今回我が家にとどいた・・・

「太鼓の達人 ドカッ!と大盛り七代目」

  • まかせてスプラッシュスター(ふたりはプリキュア スプラッシュスター)
  • ハグしちゃお(ドラえもん)
  • にんげんっていいな(まんが日本昔ばなし)
    などなど「タタコン」同梱で48曲収録!

20061217-2.jpg 「貧乏癖」が付いているのか、ゲームセンターでは出来るだけ多くの曲を叩けるようにと必ず「かんたん」でプレイしてしまう。

ゲームセンターで都度100円なり200円を入れて遊ぶより、こういったおもちゃは買ってしまった方が結果的に安く付くわけで、どんどん「むずかしい」とかで叩いてみることが出来る。
放送はほとんど見たこと無いけどプリキュアなんかは難しいモードでノルマクリアできるようになった、僕が(笑)

ゲームセンターでは時間を気にしたり、財布の小銭を眺めたり、そして一番やっかいなのがいい年した大人が猛烈に太鼓たたくなんて言うのは格好いい物ではない。でも、なんとなく「叩ききってやりたい!」 っていう欲求はある。

結構おもしろいかもね、こういう家庭用ゲーム機(笑)

ハードはどんどん新しいのが出てきちゃうけど、結局ゲームって内容だね。

ってすっかり僕がはまってるよ、娘とコントローラの奪い合いだし・・・。 

2006年12月15日

お袋の事。

13日、姉貴から電話があり、お袋が胃ガンで手術すると聞いた。

本当はいけない事なんだろうけど、ガンにかかったという話しに慣れと言うか覚悟と言うか、前の様に慌てて何も手に付かなくなるという事もなくなった。

姉貴からの電話を切った後お袋に電話して話しをした。
電話口のお袋は気丈にいつも通りに振る舞っているため、これまたいつも通りに普通に話しをした。
手術の日程やら、立ち合いに行ける日やそこに必要な足代の事、別の病院に入院している祖母の事など。 普通に話しをしたが、まさにその日の午前中に病名を知らされた状況な訳で、お袋もこれからの事なんかで目一杯だろう。
それをいきなり「手術の日程決めて!」と言われたってそれどころじゃないだろうし。

とりあえず手術の予約ができる日程のうち、早い方に立ち会える様飛行機を手配するだけした。

話しの中で出たけど、病人を前に我々が出来る事なんて極僅かで、ましてやまだまだ心配をかける事の多い子供の僕が出来る事なんてほとんど無い。
元気な姿を見せて安心させてやる事くらい。

事務手続きや入院の準備とか、もちろん細々した事はあるけど言ってしまえば誰にだって出来ることだ。
とはいえそれをするにも飛行機に乗って行く距離であることがもどかしかったり。

かかってしまった病気は現実なので仕方が無い。
後は本人のがんばりとそれを支える家族の力だ。

まずは気持ちの支えとなれるよう可能なかぎり札幌に足を運ぼうと思う。

2006年10月30日

完璧にマスター!!

本人のうれしそうな顔とは裏腹に、動きがかなり笑えました(笑)

2006年10月29日

これだ!コミュニケーションはこれだ!

人とのコミュニケーションで「これだ!!」って思ったこと、どれだけありますか?

僕は今日2度目の「これだ!!」を体験しました。それがどんなことかは後半で語るとして・・・(笑)

一回目、それは今から15〜6年くらい前かな。僕がまだ録音スタジオに勤めていた頃、一つ上の先輩がいました。まぁ、仕事をはじめ公私ともに仲良くしてくれていたので、他の大先輩達よりは同じ目線で物を見ることが出来ていたのでしょう。
とあるMA(今でもそういうのかはわかりませんが、映像に音をつけていく作業です)、っていうか忘れもしない「ザイペックス」という水中でも使える補修材の企業向けビデオのMAの時の作業。
次の作業が手に取るようにわかる。ナレーションのタイミングを変えたいなぁ・・・、音楽のタイミング変えたいなぁ・・・、なんて言う次の作業がほとんど言葉を交わさずに目配せだけで出来、こっちで時間がかかる作業の時も先輩の方は他の作業をしながら埋めていき、結果数時間も早く作業が終わりました。

もちろん、時間いくらっていう料金形態なのでお客さんも喜んでくれるし、多分見ている側も気持ち良いくらいに作業がスムーズだったと思います。

まぁ、仕事の現場での話なので、この話以上にスムーズに仕事が出来る環境もあるでしょうし、先輩はまだその現場にいる人なので、もっともっと劇的なコミュニケーションでスムーズに仕事を進めることが出来ているのでしょう、でも僕の中では今日の出来事に出会うまではそれが一番でした。

で前書き長くなりましたが今日の出来事。

相手が娘なのでたいしたアレではないのかもしれません、しかも娘の成長を確かめる親の視線で接しているので、本当にたいしたことではないのかもしれません。

★BANDAI(バンダイ) ビニールファクトリー 先日、僕は行かなかったのでよくわからないのですが、どこかのバザーみたいなもので「ビニールファクトリー」っていうおもちゃを買ってもらったようです。
そのビニールファクトリーという商品は、簡単に言えばビニールを熱で圧着させるだけのおもちゃ。

隙間にビニールを差し込んで上から押すと熱でくっつく、そしてそれがキーホルダーの様になったり、ストラップのように出来たり・・・
まぁ、子供向けのよくある「何か作る系」おもちゃなのです。

しかし、そのよくある系のおもちゃの市場ってすごくて、本体だけはそこそこ安く売られていて、実は消耗品の方で商売をしているのではないでしょうか。言ってみれば本体製造コストを割ってでもPlayStation3は販売するそうですが、ソフトの権利で十分にペイできるっていうアレだと思います。

当然我が家にきたビニールファクトリーは入手経路がバザーだったため、消耗品はすでに消耗されていました。。。

で、当然のように我が町府中のトイザらスへ一緒に行くことになるのですが、ここで娘は忘れちゃいけないと、商品名をメモし始めました。

僕は庭に出てちょっといっぷくってところだったのですが、窓越しの娘がこっちに向かってなんか言っています。

「・・・、てどう書くの?」

「え?なに?」

「・・・!」

 窓越しに「は」とか「あ」に聞こえる。
娘がこっちに向かって右手の薬指だけをちょっと曲げて手を向けて、もう一回「・・・!」と。

僕の中で一気に解決、娘が書きたい文字、それは「ファ」だったのです。
そう、ピアノで「ファ」を弾くときはたいてい右手の薬指。

娘が伝えようとしていたことが一気に伝わったことと、その手段を選んだ娘に身震いするほどに「これだ!!」という感情を覚えました。 

以前「最高の仕事をするために必要な力は同じ言葉で話す事が出来る力」っていう事を書いたことがあり、おりおり僕の中で復唱されるフレーズではあったんだけど、今日の娘との共通事項のピアノをキーにとったコミュニケーション、意思疎通。

 

僕の本音として「あぁ、この感じ、こういうの待ってたなぁ。」って思った。

2006年10月22日

髪切った。

今日は本当は六本木バグースで開催されるビリヤードプロツアー最終戦を見に行くつもりでいたけど、なんとなくタイミングを外してしまい、髪を切りに行ってきた。

娘の剣道のお友達家族の実家なのだが、その床屋さんは先日はなしをしたうちのすぐ横の商店街にある。

娘さんと店に行ったのだが、店内うろうろと微妙にじゃまになりながら髪を切り終わるまでつきあってくれていた。

結局これと言ってこの週末何もしなかったな・・・ 

うちのすぐ横は商店街。

うちのすぐ横には商店街がある。

恐らく僕が住み始める前まではもっともっと賑やかだったのだろう、今ではシャッターが下りたままの店舗も少なくない。
僕が住み始めてからもいくつか店が変わったりたたんでしまったりなんかもしている。

大型のショッピングセンターの出店や生活時間帯の変化なんかで、もう買い物かごをもったお母さんたちでごった返すなんて言うのも難しいんだろうな・・・

とか言いながらも、忘れかけていた「人とのつながり」を思い出させてくれる素敵な人たちが多い商店街。結構僕は好き。

金物屋?化粧品屋?その実態が謎な店のおばちゃんは見かけるたびに声をかけてくれるし、昔相当悪かったという噂の床屋の若旦那にぼくは散髪してもらっている。

20061021-3.jpg さて、そんなアットホームな商店街は何かとイベントが多い。

今日も「ふれあいなんとか」っていうイベントがあって、近所にこんなに子供がいたのかとびっくりするほど子供たちが集まっていた。

娘を幼稚園に迎えに行った帰り「今日はお休みが多かった」なんて僕に娘が教えてくれたんだけど、理由が実は商店街にあったようだ。
幼稚園の帰り道でスタンプラリーの台紙を持って走りまわっている娘の友達を何人も見かけた。

愛娘「あれ?○○ちゃん?、今日どうしたの?」
友達「えっとね〜、えっとね〜・・・。」

子供たちの世界にも「何となく気まずい出会い」って言うのはあるらしい(微笑)

さて、そんな「ふれあいなんとか」に娘と二人で出かけた。
出かけたったって、玄関出て数十秒。

電気屋のおじさんはこの商店街のイベントになると、流れるような司会っぷり。しかもそれが商店街中に有線放送される。
ただBGMが毎回なぜかELTなのがちょっと気になる。電気屋のおじさんのお気に入りなのかな? 

商店街の入り口にある定食屋の様な一杯飲み屋のような店のおばちゃんは毎年「イベント参加券」を娘のために用意していてくれる。 

その券を持って、輪投げやダーツなんて言うイベントに参加。とはいえ手作り感たっぷりで、そのすべてが暖かい感じ。

日頃接する機会のない店も綿アメの店を出したりしているので、話をする機会ができる。
無料血圧測定コーナーで血圧を測り「上が105、下が70、気持ち低いけど良い感じですよ!」なんて言われて「はぁ、そりゃどうも!」とかコミュニケーションが出来る。

各種イベントに参加したり眺めたり。
まぁ、イベントの賞品って言っても「特賞メロン!」のレベルで、だいたいは「うまい棒」だったりする。

写真はスーパーボール救いにトライする娘。
3歳くらいの時、盆踊り大会でスーパーボールすくいで10個くらい余裕ですくえた我が娘も「欲」が出てスーパーボールの色なんかを選んじゃったりするから、結果一つしかすくえない様になっていたわ(笑)

明日はその商店街に髪を切りに行きます。

2006年10月 8日

ナイトメア・ビフォア・クリスマス

【DVD】ナイトメアー・ビフォア・クリスマス 何となく世間では「ハロウィン」な時期になってきた。
ハロウィンって、カボチャくり抜いた奴のイメージがあるけど結局何?とか思って調べてみたら専門のサイトがあった、その名も「ハロウィン・ジャパン・イン・インフォ

そのサイトでも商品としてあげられていたのが、ナイトメアビフォアクリスマスのジャック。
以前ケーブルテレビで放送されていて「あ、録画しておこう!」と思って録画しておいたが、途中からだった。
ちょっと途中からというのもあれなので、別枠で放送するのを見つけて撮り直しておいた。

娘がみたいというので自慢げに「頭から撮ってあるよ!」なんて見せてやったら字幕スーパー・・・。
DVDになれている娘はリモコンで音声を日本語にしようと試みるも当然無理・・・

というわけで、近所のTSUTAYAへ行ってみたのだがなんとすべてレンタル中で、残念がる娘をなだめ、以前期待させている「カーズ」よりも先に届くから早くみれるよ!なんて説き伏せて楽天で購入。当然まだ手元にはありません・・・。

ハロウィングッズ特集

Disney Magical Collection 113 「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」ジャック サンタVer. さて、そのハロウィンなのだが、なぜかグッズに「ナイトメアビフォアクリスマス」のジャックが多い。
10月31日がハロウィン本番なので、それからクリスマスシーズンまで商品が街に並ぶ事を考えると、こりゃまたいいキャラクター考えたモンだな、と感心してしまうわ。

2006年10月 1日

幼稚園最後の運動会

幼稚園の運動会 今日は娘の幼稚園の運動会。

幼稚園の年長さんということは幼稚園生活最後の運動会だ。 

運動会といってもどちらかというと「お楽しみ会」的なところがあり、毎年微妙に競技が変わっている。

でも変わらない出し物があって、年長さんだけが演じる「エイサー」という沖縄リズムに乗せて太鼓をたたくダンス。

娘もそれを楽しみにしていたらしく、運動会が終わってから「何が一番楽しかった?」と聞いたら「エイサー!」と即答だった。

天気が途中崩れはじめ、午後の競技は小雨の中だったが相変わらず子供たちの元気はものすごく、小雨を気にしているのはむしろ父兄のみという感じだった。

夕方からまだまだ元気な娘を連れて近くのトイザらスへ行き、その後そのビルの中にあるお好み焼き屋で晩ご飯にした。
食べる食べる、今やふつうの一枚はぺろりとたいらげる様になった。

幼児から子供へと確実に成長している。

来年小学生か、感慨深いな。 

2006年9月30日

どうなってるんだ!久しぶりに切れた。

図解でわかる病院を使いこなす法 大阪から「大きいおばあちゃん(娘にとってひいおばあちゃん)」がきてくれているのだが、ちょっとしたことで転んでしまい手を痛めてしまった。

おばあちゃんが近所の接骨院へ行きたいというので車いすを押し行ってみたが、すでに廃業されているとのこと。「それだけ手が腫れていたら骨が折れているかもしれないから病院に行った方が良い。」とアドバイスしてくれた。

そしてうちのマンションの裏手の救急病院へ行ったのだが「土曜日だから担当がいないんです。レントゲンも撮れないし、処置もできないんです。」って。

仕方がないので市内で一番大きい病院へ電話し、これからすぐに行きたい旨話をした。

最初の受付は話を全部聞き出して「それでは救急へ回します。」と。

そして次の救急の担当に受付にさっき説明したことをもう一度全部説明させられ、「おけがをされた方の生年月日は?」と聞いてきた。
「おばあちゃんを表で待たせているので、すぐにわからない。」と答えると、「生年月日がわかりませんと受け付けることが・・・・」と言われた。
「けがと生年月日は関係ないんじゃないのか?」と問い詰めると「少々お待ちください。」と電話をまた誰かに回され、その病院3人目が「どうしました?」と平然と聞いてきて、3回目のけがの内容を全部説明したところ「本日担当の医師がおりませんので、処置ができません。」と言われた。

ついに切れた。
電話口で怒鳴りつけて切った。

 

病院名はあげないけど、おい、おまえら。
どういうつもりで救急病院に勤めている?担当外で責任がとれないにせよ、一通りの勉強して医師として勤めてるんじゃないのか?
人が苦しんでいるのを助けるのを助けるのがおまえらの仕事じゃないのか?

総合病院なんていう看板に満足し、救急の時の連絡伝達もまともにできないような奴らが良い給料なんてもらってんじゃねぇ。
医者になることがゴールのような人間が人の命を救えると過信するな。

人を助ける気持ちがないなら医者なんてやめてしまえ。

 

結果的に救急車を呼んで別の病院に行き、やはり骨折でしかも手術が必要。
今日からすぐ入院というけがだった。

 

おばあちゃんが部屋でテレビを見ているときに僕は別の部屋にいた。
もし同じ部屋でテレビを見ていたら転ぶこともなかった。

 

今日の病院先生様の対応の悪さと、自責の念。

非常に複雑な感情がいま自分を襲っている・・・。 

2006年9月26日

いたたまれない気持ちになる。

僕は会社のパソコンでニュースを見ている。
そんな中「園児の列に車が突っ込む」と言ったニュースがあった。
一報では重傷、重篤と出ていたが、夕方のニュースでは園児2名死亡となっていた。

先日の流れるプールでの事故や、少し前の砂浜が陥没して埋まってしまった事故・・・

同じ世代の娘を持つ立場としてはいたたまれなくなるニュースだ。

その被害者が大人なら大けがで済んだのではないか・・・、不謹慎を承知で言うのなら「うちの娘でなくて良かった。」とさえ考えてしまう。誰しもが声や文字として残さないだけで、おそらく皆そう思っているのではないだろうか。


事故は起こしたくて起こす物ではないと言う事は充分に理解できる。不注意から起こしてしまう事故がほとんどなのだと思う。
万が一でも起こしたくてそんな事をやる奴がいたとしたら僕は一生そいつを許す事はしない。いや、不注意であってもだ。
取り返しのつかない事をしてしまったら、それは謝罪や刑務所で充分に反省した所で取り返せる責任ではない。

恐らくは被害者の親族が今後テレビのインタビューなどで「二度とこのような事故が起きないような・・・」なんて気丈に答えるのだろうが、きっと僕の場合は「同じ苦しみ、同じ痛さを味わってもらいながら死んでもらう。」と回答するだろう。
その後自分にどんな刑罰が下されてもかまわない、そして僕はその罪を絶対に許すことはしない。

2006年9月24日

工作好きは遺伝したのか!?

20060924-1.jpg久しぶりに娘と何かを作った。
以前クリスマス会用のチキンを工作で作って以来かなぁ・・・
で、何を作ったかと言うと絵本。
一応段ボールで芯を作ってハードカバー形式の体裁をもった本になっている。

中身はこれから娘が描くのだが・・・

作り方は実に簡単なのでそのうち暇つぶしに書いてみようと思います。

20060924-2.jpg
で、娘さんはこんな工作でもご満悦のようで、これはこれで良かったのかなと(苦笑)

本当は段ボールじゃなくて厚紙を芯にした方が良かったな・・・、と父親は出来に不満なのですが・・・

2006年8月25日

手紙、ポケベル、携帯電話、インターネット・・・

人と人とのコミュニケーション、物理的距離が離れてしまうと何かの媒体に頼らざるを得ません。
時代とともにその媒体は姿形を変え、今ではインターネット経由でテレビ電話みたいな事さえ当たり前に出来てしまいます。
僕はちょうど世の中のそんな媒体が激しく変化する時代を見てきたので、その時その時代の媒体をいろいろと使ってきました。もちろんポケベルも持っていた時期があります。
KOMINE(コミネ)手旗【コミネ/アクセサリーグッズ・その他】※ちなみに人間誰しも「私はその過渡期の時代を生きてきた。」と思う物らしいです。「のろし」や「手旗」なんて言うのも含めると、その時代には生きていませんね、僕。(でも僕ボーイスカウトだったので手旗の送受信、道ばたに石で残す伝令とか今でもたぶん出来ます・・・)

結局はコミュニケーションは媒体は何であれ、自分の意志をどのように人に伝え、そして人の気持ちを理解する受け手がいて初めて成り立つんだろうなぁ、と思いました。
良く言いませんか?会話はキャッチボールだと。喧嘩なんかはドッジボールですね、発する側はぶつけようとして、受けては逃げようとするだけです。これはコミュニケーションでは無いです。

最近、mixiを媒体に昔の仲間達とコミュニケーションをする事が多いです。
時の流れがここの媒体を経由した時だけあの時から変わっていないのではないか?と勘違いしそうになる程に昔と変わらない会話が出来ます。

玉撞きは一つのテーブルを媒体に会話します、「ナイスショット!」なんて言葉はむしろ装飾品です。

様々な物を媒体にして僕はいまそんなコミュニケーションを楽しんでいるんだと思います。
そして、そんな受け手に沢山支えられているんだと感じています。

2006年8月13日

親父が無事退院した。

親父が退院した。

3月に悪性リンパ腫、いわゆる癌の再発で入院したのだが、とりあえず退院したとメールが来た。

「無理をせず摂生します。」なんて、書いてあったけど大丈夫かなぁ(笑)
まぁ、以前親父が世話になっている赤提灯に挨拶に行った事があるけど、(っていうか、「赤提灯に世話になるなよ」とかも思ったりするのだが・・・)娘くらいの歳の「素敵な女性達」に囲まれて、適度に酒を楽しみ、適度においしい料理を頂いているので、変に「老人向け食事宅配サービス」なんかを手配するよりはよっぽどいいのかもしれない。

息子としては心配ではあるのだけど、何かを無理に摂生させようとか、我慢させようとかそんな気持ちは一つもない。
なぜならそれを親父は望んでいないから。
自分自身で無理をしなくなっているのだから、自分自身が楽しみたいだけ楽しんだ所で無理はしていない。

これからも娘くらいの歳の「素敵な女性達」に囲まれて陽気な人気者でいてもらいたいとむしろ僕は願っている。

※娘くらいの歳・・・、僕の姉はまもなく40代後半にはいります・・・(笑)

2006年7月23日

調布花火大会

20060722_1.jpg

なんだかんだで相当足を運んでいるな、調布の花火大会。

東京湾花火大会とか墨田川花火大会とか有名だけど、実はむしろこちらの方が規模が大きいんだよなぁ・・・

今日は小雨の中行ってきました。

娘さんは相変わらず耳を塞ぎっぱなしで、怖がっています。

さぁ、ここの所気がつくと土曜出勤が続いているけど、花火の様にどーんと一週間頑張りましょう。

お?来週土曜日も仕事入ってるわ(苦笑) 

 

2006年7月17日

いやしかし雨は参るわ。

世間では3連休だったが、僕は土曜に出勤したので普通の週末と変わらない。

平日は娘と過ごす時間が取れないため、こういった休みはまとめて「父親」として接する様にしている。

とはいえ連日の雨、雨、雨。晴れていればどこかのビヤガーデンでジンギスカンでも食べ、汗をかきながらビールでも飲もうと思っていたのに・・・

まぁ、この雨のおかげで楽天イーグルスも勝利したし、良しとするか。

2006年7月10日

部屋に居ながら光合成。

僕はおかげさまで狭いながらも一部屋与えられています。
いつもながらblogのネタ探しで頭をひねっている部屋です・・・

さて、一番タイムリーな話題として、今僕がこれを書いている部屋、蛍光灯がチカチカとはためいて居ます。

☆東芝 植物育成用蛍光ランプ  40W形

昔、スタジオに勤めていた時に、地下とはいえ太陽の光を!という事で「トゥルーライト」っていう、植物が光合成できる光を出す事の出来る蛍光灯を使っていました。

単価がわからないのですが、今ちょっと欲しい照明です。

 

深夜帰宅して、家族が寝静まった時に一人光合成・・・・

 

案外良いかもしれないです(笑) 

2006年7月 9日

髪を切りに行った。

僕は「床屋さん」が大好きで、あの顔剃りとかに最高の快感を感じている。
今日はいつも行っている近所の商店街の床屋さんでさっぱりとしてきた。

その床屋さんで髪を切ってくれる兄ちゃん(ほんと、兄ちゃんって言うのがぴったりな人!)のお姉さんの子供達が、うちのチビの剣道の先輩で、今日も顔を剃られ快感を感じている時にうちの娘さんと床屋の兄ちゃんの姪っ子達がこちょこちょと何かやってた(笑)

その顔剃り、美容室という看板のお店では、免許の違いで出来ないらしい。
最近「真鍋顔剃り宣言!」なんてポスターを床屋で見かけるけど、女性の為の美容院だったところに男性が進出し、今では男の物だった床屋に(理容店)女性を呼び込むのか。

首から耳たぶまでのあたりを剃られる感じって、もの凄く気持ちがいい物なのです。
カッコいい美容院も良いけど、世の女性達よ、床屋で「顔剃りお願いします!」って言うのも良いと思うよ!

パチンコ、カラオケ、競馬・・・、20年くらい前まで「オヤジの遊び」と敬遠されていたものが今ではそのオヤジが入りにくい状況になるほど女性が多いのだ。
顔剃り、ぜひ一度試して頂きたい!

2006年6月25日

240円で5周はしる。

先日メロンで有名な夕張市が、財政再建団体の指定の申請を表明したというニュースをみた。
うわぁ、北海道経済が厳しいという話は聞いていたけど、言ってみれば企業の「倒産」だもんなぁ、「民事再生」手続き開始・・・、そりゃきびしい。

一方、我が町府中は観光名所は乏しいけど、なんて言っても「競馬場」「競艇場」からの財源もあるし法人税に目を向けても「東芝」「サントリー」「NEC」なんていう大手が数多く事業所を展開している。
まぁ、それでも最近の不景気のあおりを食らって財政危機という広報が出ているけど・・・

 とはいえ、市民への還元は多い方だと思う。

20060625_1.jpgと、難しい前置きを置いておいて「府中市 交通公園」で少し遊んだ話を(笑)

ここはちょっと小さめな教習所のような施設で、足こぎカートで敷地内のコースを走りながら交通ルールを覚えましょう!っと言う公園。
ルールを覚えましょうったって、我が娘は平気で右車線を走り「左側走りなさい!」っていっても「なんで!」って感じでなのだが。

まぁ、右側走ったって、ブランコ見つけて車放置してそっち行ってもキップ切られることはない(笑)

・・・、とここまで全部無料。

そしてメインのゴーカートの話。
この施設でお金がかかる遊びは二つ。エンジンで走るゴーカートと、デパートの屋上にありそうな電動カート。

写真のカート、なんと1周80円。迷わず選んだ「3周」でも240円。
最初に券売機でチケットを買う必要があるんだけど、1周券が3枚出てくるというとても素敵な仕様(笑)

娘にハンドルを任せてアクセルは全開!
気持ちよく走りながら3周目になり、レーシングカーがタイヤを暖めるようなジグザグ走行をしていたら突然「カラカラカラ!」と車が音を立て、アクセルを踏んでもエンジンのパワーはタイヤに伝わらなくなった。

コース脇にカートを止めた僕に追い越していく家族が「また止まりましたかぁ?」なんてフレンドリーに声をかけてくれる。

しばらくすると「シルバー人材センター」と書かれた帽子をかぶったおじさんが駆けつけてくれ「チェーンはずれてるねぇ。」って。

コース脇からサーキットで見かけるように小走りでコースを横切りスタート地点まで戻ったらなんと次の車が用意されていて「2周走ってきて良いよ!」ってさ。

おかげで240円で5周走ることが出来た(笑) 

おじさんごめん、恐らくチェーンが外れた原因は俺のジグザグ走行だわ。

と、交通公園で交通ルールを見直したのは娘ではなく僕だった、というオチで今日はおしまい。 

2006年6月21日

ビリヤード練習中にお袋から電話が・・・(笑)

今日も例に漏れず、玉突きの練習。

だって、出勤するとき娘さんに「今日もビリヤード練習するの?」と聞かれたからそりゃ練習しないわけにはいかないでしょ(苦笑)

店に入り、タップを店長さんに交換してもらいながら、橋本プロの軽い練習(流しで練習しているくらい見ていたらわかりますよ!)をうっとりと眺めながらビールを一杯。
やっぱり、プロになる人間は違うな、玉を突くときの音が全然違う。
楽器だって演奏者によって短音だって響きが違うのに、玉突きの道具キューが発する音なんて種類が限りなく少ない中、ものすごい重たい音を出すんだもん。
いやぁ、単純な練習を見ているだけで勉強になる。

なんて言いつつ、タップ交換後、その橋本プロに相突きしていただいていた。その最中携帯がなり、サブモニタにお袋の名前が・・・
ごめん、お袋、息子はその時玉を突いていた!

で、相突きを終え、お袋に電話をかけ直し、練習を一時中断して店から電話。
まぁ、用件は保険の話やら、元気か?と言う定番やら。
話の最中、実はこのブログの一番の読者であるお袋が、「最近ビリヤードの話ばかりでおもしろくない!」と、貴重なご意見をお寄せくださった。

はぁ、それは申し訳ない。

しかしながら、息子は数ある趣味の中でこれが一番で、やっぱり練習したら練習した分だけうまくなるものなのだと、人生に置き換えて楽しんでいるものなのである。

マメに書いている、「一生懸命狙うこと、妥協しないこと」って言うのは、ビリヤードの話にたとえているけど、自分の大好きな玉突きを通じて、仕事や家族、そして自分の生き方について見つめ直しているのだと言うことを理解していただきたい、そして暖かく見守っていただきたいのである。
練習したら練習した分だけうまくなると言うのは、経験を多く積めば積む程人生の幅が広くなると言うこと。
子供に想像力豊かに育って欲しいとレゴを買い与えるのと同じ、安直、単純、いろんな表現があるけれど、今の僕にとってのその手段は玉突き。
僕自身この歳になったって所詮達観できるほどの人生の経験を積んでいるわけではない。
いろんな経験をしないと、いろんな対応はできないなぁ、と、戒める事ができる、玉突きは貴重な趣味なのである。


今朝娘に「また練習するの?」と聞かれて、「お父ちゃんはプロになるの!」と言ってみた。

それは、別に玉突きのプロになるつもりで言ったわけではない。なれればそれはすごいことだけど、人生の過ごし方のプロになりたいのだと読み替えていただきたい。

まあ、今のところいろんなストレスを発散できる手段なので、大好きな玉突きに没頭しているだけなんだけど(苦笑)

今日も、新しいタップで玉を突いてみて見越し加減の違いにびっくりして、入る玉さえ入らない状態だった。
考えてみれば札幌出身の僕、アイスバーンで夏タイヤと、がっちりしたスパイクタイヤ、同じ運転ができますか?って感じ。
路面との唯一の接点は、はがき4枚分なんてコマーシャルを見たことがあるけど、玉突きの場合の唯一の接点はタップ。それが変わることの違いは歴然の差。

これだって、人との接し方を柔らかく持つか、意固地に持つか・・・、なんて感じることができる。
同じ僕という人間が表現方法を変えて人と接したとき、その結果に変化が出ることは明白。
環境が変われば人が変わる、虎穴に入らずんば虎児を得ず。
タップ一つからも、そんな感触を実感している訳なのである。

ひょっとしたら玉突きでストレス発散できるのは、人生の縮図をそこに見いだして、些細な差や真剣に取り組むこと、そして、練習ややり直しができることなんかが僕の思考に当てはまっているんじゃないかな。
がんばって狙っても入れることが出来ない玉、簡単だと思って簡単に狙ってしまったために外した玉・・・

一人で黙々と練習したらそこそこ入れる事ができる玉も、誰かと突くと入らない。
人生だって、一人で考えていたらどんどん正しいと思いこんでしまう回答が出てくるけど、人の意見を受け入れることで、幅が広がるってあるんじゃないかな・・・。

別に玉突きで食おうとか、プロになって有名になろうなんて言う気持ちはさらさら無いし、恐らくどんなに練習してもそこに達することは出来ない。
でも、やったらやった分の結果を見ることが出来て、仲間が出来て、僕自身楽しむことが出来て。。。

玉突き、大好きなんですよ、本当に。
そして、そこから得るものって、いや自分の好きなものに没頭することで見つける事が出来るものって本当に価値あるものだと思うんです。

お袋さん、息子はそんな気持ちで玉を突いているので、そこはそれ、「あぁ、息子は楽しんで勉強、そして自分を見つめ直しているのだなぁ。」と理解してやってください。

何事にも真剣に取り組む、これってものすごく大事なことでは無いですか?

2006年6月17日

平凡な土曜日

手作り織機今日は朝から娘の幼稚園のイベントに参加。

「教育」の種類の中でいわゆる「勉強」よりも「遊び」を大切にしている幼稚園なので、今回はお父さんメインで織機を作った。

秋口までに羊毛を紡いで糸をつくり、その糸と今回作った織機で何か作るらしい。

幼稚園選びは大変だったけど、結果的にこういう機会でもないと作ったり、遊んだりできない経験をたくさんさせてくれる幼稚園なので、良かったのではないかと思う。

 

さて、関東地方も梅雨入りしている。
北海道には梅雨らしい季節はなく、せいぜい雨が多いねっていうていど。

まぁ、日本全土ほぼ温帯に属する中、北海道は亜寒帯なので、若干その帯の誤差で雨が多くなる程度だ。

何となくどんな素材集を見ても梅雨の季節というと「あじさいの葉っぱにカタツムリ」って言うイラストが目につく。
やっぱり梅雨はあじさいの季節、あじさいは梅雨の花といったところなのだろう。

白い花のガクアジサイ我が家の庭にもあじさいがあって、葉や茎はもう良いってほど成長するのだが、花が例年貧相だった。

ガクアジサイなのか、花の付きが悪いあじさいなのかわからないほどに花も少なく、今ひとつぱっとしない庭だった。

 

でも今年、なぜか同じ株から紫色の見事な花をたくわえたあじさいが咲いた。

二つの写真はどちらも同じ株から咲いた花。

白い方は4輪ほど、紫の方は3輪ほど花が咲いた。

大規模修繕中でほとんど足場に占領されている我が家の庭だが、ここだけポッと見事な梅雨空を演出してくれている。
 紫のガクアジサイ

2006年5月24日

誕生日おめでとう

愛娘へ。
ちょうど6年前、あなたは産まれました。
いや、今は正確にはまだ産まれてない時間ですね。

ちょうどこんな時間に大阪ばぁばから電話があって、「そろそろ産まれるからきてください」ってお父さんは電話をもらいました。
産まれる予定の日を越え、お母さんから「まだ産まれないかもしれない」って電話をもらっていたため、安心してしまい、お父さんはなぜか深夜にビリヤードのお友達(師匠)と多摩川で遊んでいたのです。
でも、ばぁばから電話をもらって、「こりゃ大変」と家に帰ることにしました。

一番早い電車を調べ、飛行機を調べ、そんなことをしていたらさっきまで一緒に遊んでいたビリヤードの友達が電話をくれて、空港まで送ってくれることになりました。それには今でも感謝しています。
あのとき空港まで送ってくれなかったらあなたが産まれてくるのに間に合わなかったかもしれません。

空港まで送ってもらって、お父さんは飛行機に乗りました。
そして、ずっとお母さんのそばにいてくれたばぁばと、そしてあなたを産むために一生懸命がんばっているお母さんのところに急いで行きました。

そしてあなたはお父さんが来るのを待っててくれたかのように、病院についてすぐに産まれてきてくれました。

じぃじも初めての孫に少しでも早く会おうと、仕事を急いで終わらせて病院まで駆けつけてくれたんですよ。
ガラス越しのあなたを見るために走り寄ったため、勢い余ってそのガラスにものすごい頭突きをしたことが今でも少しおかしいです(笑)

お父さんは自分の子供、そう、あなたを初めて抱っこしたのですが、タオルにくるまれてお父さんの腕に抱かれたあなたはとても小さく、産道をがんばって通ったため、頭の形もいびつで、ちょっと心配になったほどです。

でも、そんな心配さえ今はいい思い出と思えるほどあなたは順調に、そしてたくましく、人の話をしっかり聞くことのできる人に成長してくれています。


臆病なところもあるけど、それは無茶をしないという思慮深さであり、わがままを言うところはあなたに対する大人が「相手は子供なのだから」と許容しなくてはいけない範囲のわがままでしかありません。

これからも、人の話をその人の目を見てちゃんと聞き、人の痛みを理解することのできる人に育ってほしいと思っています。そしてあなたはきっとそう育ってくれると信じています。

お父さんが、我が子ながらこういう子供に育ってくれたらいいな、と本当に思える子供に成長してくれています。


今日は仕事でお話しできないかもしれないけど、週末はいっぱい話をしようね。

お父さんはあなたがいてとても幸せです。

産まれてきてくれて本当にありがとう、そして、6歳の誕生日おめでとう。
プレゼントのインラインスケートも一生懸命練習してください。

2006年5月21日

思い通りにならない

20060520.jpgというわけで、インラインスケートを買った当日は土砂降りに見舞われ、練習にならなかったので、翌日練習。

フル装備でまずは近所を一周歩こうと言うことで娘と表へ出た。

とりあえず、缶コーヒーを買って飲みながら歩こうと思ったけど、いくら僕がそばにいるとはいえ、車が往来するところで練習は危ないなぁ・・・、と。

そのため、すぐ裏の商店街の入り口に近い自動販売機で缶コーヒーを買ってそのまま帰路へ。

で、マンションの駐車場の中なら練習できると思って「右足に体重を乗せたらそのまま左足を前に!」なんて言っても娘さんが思い描くイメージ通りには事が進まず、とりあえず雨を雨水溝に流すためにつけてある傾斜を利用してずるずると滑る我が娘。
もう一度滑る降りるためにと、そのわずかな傾斜を登ってこようにも足が前後するのみで体は意に反してさらに雨水溝の方へ・・・。

 娘よ、すべてが「自分の思い通りになる」ということはないと言うことを、そして、何かを習得するには努力が必要であると言うことをこのインラインスケートから学んでくれ(苦笑)

まだまだ大人気のインラインスポーツ!!ROLLER BLADE(ローラーブレード) インラインスケート 0...とはいえ、娘のインラインスケートを見てちょっと僕もトライしてみたくなった(爆)

こっそり買っちゃおうかな・・・

 

 

2006年5月20日

誕生日プレゼント。

トゥインクルラインスケートセット ブルー S5月24日は娘さんの誕生日。

いよいよ6歳になります。

24日は平日のため仕事、朝も早いし帰りも遅いからおそらく顔を合わせることもできないでしょう。

だからちょっと早いけど、昼過ぎに娘と二人で我が町府中駅前にあるトイザらスへ約束のインラインスケートを買いに行きました。

前に下見をして、「これ」というものを決めていたし、娘はもう「それ」にしか頭が向いていなかったから、店内で過ごした時間はせいぜい10分。
しかもそのほとんどはこれからあう友達へのおやつの差し入れを選ぶ時間でした。

そして、府中の森公園へ移動し、待ち合わせていた奥さんと保護者バトンタッチ。

僕は一足先に家に帰り、たまった睡眠不足を取り戻すため布団に入ろうとしたのですが、なんと突然の土砂降り! 

しばらく心配で待っていたらやはりドアのチャイムがなり、予想通りにずぶ濡れの二人がそこに立ちすくんでいました(苦笑)

 夕方過ぎには見事に晴れ上がったので、これまた府中の駅のそばの「Sizzler」で晩ご飯。
ここは、「誕生日です!」っていうとケーキを出してくれて、なんと店員さんが集まって「HappyBirthday」を歌ってくれるのです。

数日早いけど、それお願いしました。

しかし、入店してからそれ歌ってもらったのが5組目。

ほんとか?そんなにみんな誕生日かぁ?(笑)

 

2006年5月14日

ボーリングとインラインスケート

20060514_bowling.jpg娘の希望でボーリングを2ゲーム。

5ポンドの玉はまるでカプセルが落ちるような空洞特有のサウンドで転がって行きました(笑)

そうそう、間もなく娘さんは6歳になるのですが、今年の誕生日のリクエストはなんと「インラインスケート」でした。
近所のトイザラスで調べてみたけど、案外安く出ている物なんですね。

「一緒に値段を調べ、一緒に買いに行き、そしてお金を払っているところを見せながら買ってあげる。」

DOFIELD インラインスケートセット Mサイズ  BLUそれが僕の一つの教育方針なので、今回もそうするつもりなのですが、帰ってきて楽天探ってみたら、数百円安いのね(笑)

まぁ、送料と教育費だと思って今回はトイザラスで買います! 

バナー

2006年5月13日

今晩のディナー

20060513_dinner.jpg別に奥さんの実家が大阪であっても食卓にたこ焼きやお好み焼きが多くあがるわけではない。でも今日の晩ご飯はたこ焼きにしました。

娘さんはたこ焼きは好きだけどたこが嫌い。
そのため妙に細かく刻まれたたこで「たこ焼き」。

我が家のホットプレートはたこ焼きが焼けるプレートが付属しているけど、見ての通り、外側の列はあまり熱が届かない為に使いません。

ご家庭におすすめのカセット式たこ焼き器も併せてご紹介!(笑) 

18穴。カセットコンロ型イワタニたこ焼き器。CB-TK-2

2006年5月10日

近所は修繕ブーム!?

いま僕が住むマンションは大規模修繕の真っ最中。
築10年を迎え、計画修繕ではある。

ただ、近所にあった施設が解体され、もの凄く大きなマンションが建ち、町内では最古に近い集合住宅が大規模修繕で綺麗に蘇り、町内を代表する病院まで綺麗になった環境を考えると、なんとなく「うらやましい」という感情が生まれ「うちも早く!」という住人の欲求が揃ったような気にもなる。

で、我が家は足場で囲まれ物々しい状況ではあるのだけど、この数ヶ月の間に近所の20戸規模の集合住宅にやたらと足場が組まれている印象がある。いや、実際に行われている。
作業は昼間に行われるので見ていないからわからないけど、大規模とは言わないまでもおそらく高圧洗浄レベルでの美観復帰が近所で繰り広げられている。
先週まで組まれていた足場が既に解体、なんて言う事はしょっちゅうだ。

そうそう、我が街府中のシンボル、府中駅にまで足場が組まれていた。

なんだか「綺麗なところに住んでいたい」という気持ちと、「とは言うものの、それにかかる費用」が捻出できる状況(分譲ならまだしも、賃貸物件まで足場を組んでまでの修繕なのだ)から、景気回復を何となく実感したりもしている。

一時世の中を騒がせたリフォーム業者が法の下に淘汰され、真の業者が修繕などで出番が多い・・・。

町内は順番にどんどん綺麗になっています。

母の日

黄色系のバラの花束100本

母の日 には花を贈る様にしている。

札幌の実家の母にはちょっと変わった花を、大阪の義理の母にはなるべく北海道の花を。

今年もちょっと早めにオーダーした。

何となく父の日よりも母の日の方が意識度が高いのは仕方が無いのかもしれないな。

2006年5月 7日

さて、明日からは通常業務です。

6日に家族が帰ってきて、近所の公園で遊び、大型連休最終日はたまに行く聖蹟桜ヶ丘のOPAにあるキッズランド(?)で、遊んで。

さて、長いようで短いようで、ゆっくり出来たようでそうでないような大型連休も終わり、明日からは全くの通常業務です。
しかも、おそらく、先々週よりもハードな業務。電車でちゃんと帰れるだろうか・・・

そう言えば5月からまた勤務場所が六本木ヒルズになったけど、作業場は離れたビルだ。

はぁ、考えただけで疲れるわ。

2006年4月29日

ゴールデンウィークは一人暮らし

この季節、奥さんと娘さんはだいたい大阪の実家へ里帰りする。
そして僕は暦通りに休みを取る。

今年のGWは仕事がちょっと忙しそうなので、まぁ、プラプラとしようと思っている。


会社の引っ越しに伴って通勤経路がJRからまた京王線になる。
京王線での通勤になると、またビールを飲みながら歩いて帰るとかもできるなぁ。

府中駅にほど近い「大國魂神社」ではちょうど5月の3連休あたりで「くらやみ祭り」というのがあって、夜通し境内がにぎやかだったり、ハッピを着て程よく酔っぱらった人たちが昼夜問わずにいたりと、ちょっと独特なムードになる。
4月30日からはじまり、最終日となる5月5日は夜からいろいろ儀式がある。
そして5月6日に神輿が本殿に帰ってきて終了となるのだが、毎年5月6日はだいたい平日で「この人たち今日は会社休むのかなぁ」と心配した物だが、今年は6日が土曜日。

きっと祭りが終わっても宴は終わらないんだろうな(笑)

2006年4月25日

「しりたかったらうえおみてね」

20060425.jpg娘の絵日記。

大人向けの訳で・・・

「お父さんへ、今日幼稚園楽しかったよ!どんな事って知りたかったら上を見てね!」

娘よ、楽しかったのは理解できたが何が楽しかったかは難しすぎるぞ・・・(苦笑)

今度娘に何が楽しかったか聞くという宿題がまた一つ増えてしまったようだ。

2006年4月24日

礼服買った

日曜日、礼服を買った。 目的は喪服としてだ。

「かあさん(僕の家庭ではお袋かたの祖母をそう呼んでいる)がいよいよだから、喪服を用意しておくように。」とお袋から電話があったのが2週間位前。

なんとなくそれを聞いて直ぐに「喪服を用意する」ということがかあさんの死を待っているようで少し気が引けたのだが、いざ、と言う時にバタバタとするのも孫としてみっともないと思ったから買うことにした。

ただ何となく「待っているわけではありません、備えているだけです。」という気持ちで、少し先の季節用のものにしてみた。

2006年4月20日

「パパのあったかさがあるよ!」

今日一日、娘のこの言葉で頑張れた感じ。

居間でテレビ見たまま布団かぶって寝てしまい、朝方目が覚めた頃、ぺたぺたと小さな足音を立てて枕元に娘が来て「寒い」といった。

「じゃぁ、おとうちゃん会社行くから布団入りな。」

って布団を明け渡したら、

「パパのあったかさがあるよ!」

 

 

子供の言葉には時に「はっ」とさせられる。

彼女も歳を重ねれば僕の体温の残る物に「うわ、きも!」とか言い出すのだろうけど、今日のこの言葉に関しては、大人になってからはなかなか他人に対して発する事が出来ない「言葉の力」を感じた。

いつからだろう、言葉の持つ力がひとを傷つける武器になってしまうのは・・・。

 

ちょっと飛ぶけど、先日の社長宅でのバーベキューの際、娘を可愛がってくれたひとが、プリキュアのおもちゃに関して娘に話しかけてくれていた時に、

「この子はね、プリキュアが困った時に助けてくれるの。」と娘は説明し、それに対して

「じゃぁ、この子が困ったときはどうするの?」と質問され娘はすぐに

「みんな困ったときはね、みんなでなんとかするしかないの。」

と即答した。

 

以前、取り返しのつかない事として言葉を取り上げた事があるけど、改めて言葉の持つ力を身震いする程に実感した。

 

娘が「みんなでなんとかするしかないの。」と言った時は言葉の力というよりも娘の感覚の鋭さに感心したけど、今朝の言葉の力は言葉本来が持つもの凄い力を感じた瞬間だった。

屈託の無い言葉。

僕はこの感じを大切にしたいと心から感じた。
 

2006年4月15日

社長のお庭でバーベキュー!

バーベキュー大会俯瞰今日は僕の勤める会社の社長のお宅でバーベキュー大会だった。

社長宅はそりゃもう豪邸、ゲストが大人20人以上、その子供10人以上、余裕で収容してしまう庭とご自宅。

用意されているバーベキュー用の牛肉は、霜降りの肉でそれが皿に山積み・・・・

と、こういう表現を使うとものすごくイヤミな感じを受ける人も居るかもしれないが、実のところ、ものすごくアットホームなホームパーティーだった。

社長の「俺も楽しむから、そっちも勝手に楽しんで!」という気遣いと、日頃の会社の姿ではなく、家族を持っている一人として接する姿はちょっと新鮮で、ゲストがくつろぐ事が出来る最高のおもてなしだった。
この「自分も楽しむから、そっちも勝手に楽しんでね!」っていうもてなしって、本当に心に余裕が無いとなかなか出来ない事なのに、今日のパーティーはまさにそのおもてなしを受ける事が出来た貴重な体験だった。
次から次へ現れるゲストは各々が勝手に肉や野菜を焼き、腹を満たし、酒に酔い・・・

我が家は昼前に到着し、いいだけくつろいで、帰宅したのが日付が変わる直前と言う状態(笑)。うちの娘さんを寝かせる時間を気にする事がなければ、いつまでもそこに居座ってしまいそう、そんな感じでした。

 

うちの会社は、人の出入りが比較的多く、新天地へと去る者、 部署が異動になる者、そんな連中が多いのだが、今日一日はそういった距離は無く、関わった仲間が集合したという感じ。
懐かしい顔も久しぶりに見る事が出来て、楽しい時間を過ごす事が出来ました。

大人数集まるパーティーだと、ゲストの中に、大きな会社になればなるほど「この人を押さえておけば、以降困った時に本当に困る事は無い。」という存在の人が居るもので、うちの奥様と娘さんが大活躍してくれたおかげで、かなり強烈にその人たちに印象を残したようだ・・・(苦笑)

 「あの奥さんと、あの娘の父親」という立場、これからも僕の努力の果てはまだまだ先にあるらしい、頑張らねば。

 

2006年3月14日

落語が来る!

以前、里帰りした奥さんが実家のお父さん、お母さんがはまった落語をいくつかMDに落として持って帰ってきた。
※お?私的複製範疇外か!?

それからしばらく我が家では寝る前に落語を聞いて過ごしていたのだが、今では奥さんは落語ではなく音楽を誕生日プレゼントのiPodで聞きながら、寝ている。
しかし、僕は未だに落語を聞きながら寝ている。

桂枝雀、桂米朝(師弟関係から言うと逆だが・・・)に関して言えば「寝床」というお題の落語なんかはいくつかのバージョンを聞き比べたりしている。

桂 枝雀 落語大全DVD第33集鴻池の犬/貧乏花見手元にある落語のMDの多くが枝雀である事もあり、桂枝雀に関して言えば語り口調がつい口をついて出てしまいそうになるほど聞き込んでいる。

で、自分が何かに興味を持つと、世間でその話題が取り上げられる事に敏感になる。
先日も桂歌丸師匠がパリで日本語で落語を演じたというニュースを見て「お、落語来てる!」と思ったりしたりもしている。

それまでと言えばせいぜい「笑点」で大喜利の前のコーナーでマクラさえ切り詰めた短い落語を聞いた程度しかなかったけど、今では上方落語のテンポの速い大阪弁についていける様になってきている。
まぁ、奥さんが大阪弁だから抵抗無く受け入れる事が出来るのだが(苦笑)

で、いざいろいろな落語を聞いていると、艶、和、情、悲哀、いろいろな噺があり、そのすべてが深い展開で、ただ人を笑わせるだけでなく、感動を与える話として成り立っているのが理解できる。

昨今、「タイガー&ドラゴン」というドラマのおかげで、長屋の話を現代のドラマ上の実話と織り交ぜた古典として取り上げたため、昔も今も何かを語るという事に関しては媒体こそ違えども、人の関心を引きつけ感動させるという行為に時代による差はないのだなと感じる事が出来た。

落語、来ますよ絶対。

もう若手とは呼べないけど立川志の輔師匠、春風亭昇太師匠などこれからの落語界を背負って立てる人や、バラエティ色を見事に払拭した「こぶ平」こと九代目 林家正蔵師匠など、僕の好奇心は尽きるところを知らない。

2006年3月13日

大規模修繕が始まる!

このマンションに住み始めてもう3年経とうとしている。
手に入れた時に既に築7年、つまりもう10年経つ訳だ。

数回管理組合の総会に出席したが、そのほとんどは新築売り出しの時から住まれている人たちばかり、新築の頃からの経年劣化を目の当たりにしている方々ばかりなのだ。
近所のマンションのリニューアルや新築をみると、形こそ当時デザイナーズマンションと言われた物だが、古くさく見えてきているのだろう、総会では熱いやり取りが繰り広げられていた。

そして、いよいよ大規模修繕がはじまり、最近足場が組まれ始めた。

駐輪場の移設や資材のためのエリアなど、大分と工事現場らしくなってきているのだが、作業員の方々用の仮設トイレが一番最初に設置された、しかも僕の部屋の目の前に!!

狭い部屋で、そのほとんどがよるしか過ごさない部屋なのだが、目の前に仮設トイレが出来たというのはいささか気持ちのよい物ではない。
しかも、このマンションのエントランスへ向かう一番手前、いわば「いらっしゃいませ」と一番最初に声をかける場所に仮設トイレが設置されている。

大規模修繕工事の事務所はマンションの裏手、人の目につく事は無い。

???

普通逆じゃないか?
植え込み削ってわざわざマンションの入り口も入り口に仮設トイレ設置するかねぇ・・・

これから数ヶ月の間、僕は仮設トイレから3〜4メートルのそばでこのblogを書く事になるらしい。

2006年3月10日

トイレの電気のスイッチ理論、耳かきで実践。

貝印 ライト付耳かき奥さんが是非にも紹介しろとの事で、今日は耳かき。

左の画像は商品画像だけれども、実際に買ってきたのもこれ。(色は緑だけど)

僕は小さい頃から耳かきが大好きで、いろんな耳かきを試してみた。
いわゆる一般的な、先端がサジになっているものから、針金で作ったくつべらみたいなもの、棒の先にリングがついた形のような物など。

でも、あんなに小さなものなのに、ものすごく耳に合う合わないがある。

いろんな人に聞いてみた事があるけど、誰しもが新しく買ってきた耳かきは慣れるまでに時間がかかるそうだ、場合によっては慣れる事が無く、新しく買ってくる人もいるらしい。

 

慣れればなんとかなるもの、僕はこれを「トイレの電気のスイッチ理論」と呼んでいる。

初めての場所でトイレのスイッチを探すのは難しいけど、慣れてくると真っ暗の廊下でも迷わず一発でスイッチの出っ張りの方に指が自然と届く。慣れると何とかなるもんだ、って言う事だけなんだけど。

耳かきはその理論を覆す物の一つだ、合わない物には慣れがこない。

たかが耳かき、されど耳かき。

何事も掘り下げると奥が深い。 

 

2006年3月 7日

読者が増えた

さて、週末は札幌で過ごしたわけだが、僕は仕事があるからひと足先に帰京し、奥さんと娘さんはまだ札幌のお袋の家にいる。

様子を窺いに電話してみて電話に出たお袋が開口一番「見たよ〜!」。

このblog、物凄い狭い範囲に深く急速に定着し始めた様だ・・・。

いや、別に読まれて困る事なんてなにひとつ無いから構わないんだけど、ねぇ、こんなに素早いリアクションもどうかと(笑)

うわ、こんなこと書いていたら中央線快速終わってるよ。各駅でたらたら帰るとしよう・・・。

2006年3月 6日

この週末はまた札幌で過ごした。

新千歳空港駅今回の札幌は一回目の抗がん剤治療を終えた親父の見舞いだ。

薬が弱かったのか親父の身体が強いのか、抗がん剤治療独特の副作用、つまり脱毛はみられず、本人もいたって元気に振る舞っていた。

約5年前に治療した時は脱毛こそあったけど、吐き気やだるさなどの副作用は現れず、同じフロアに血液化学療法と産婦人科が混在する不思議な病棟での入院生活をそれなりに楽しく送っていたらしい。

今回も前回とかわらずに治療に関しては辛くないと言っていた。
投薬後の辛さを知る事が出来ない息子としては、親父の言葉と表情から汲み取ることしか出来ない。

だけど、相部屋のお仲間から聞いても気が遠くなるほどの辛い思いはしていないらしい。
まぁ、治療の副作用がみられないと言う状況は癌治療の効果の程として心配この上ない状態ではあるのだが、治療を受けて体が苦しい思いをしていないという安心もあるという、非常に複雑な気持ちでは正直ある。

病気的には生死に関わるほどの病気なのだから、治癒するために味わう苦痛も致し方なしという気持ち半分、そこまで辛い思いをするのもどうかと・・・。
そんな気持ちもあるので、経過を聞いてかなり複雑な心境ではあった。

 

さて、そんな中、今回の見舞いでは2晩連続で親父の付き合いのある人達と飯を喰い、酒を呑んだ。
そのいずれも親父がセッティングしてくれたものだ。

初日は親父の会社の人達。 僕が本当に小さい頃からいる人達だ。
中には定年を迎える様な年齢になっている人もいる。

子供のころは会社が住んでいた所のすぐ下だったし、イベントも多かったので本当によく社員の皆さんにはいろいろと遊んでもらった。
親父が今の会社を築き、そしてそれなりにでもおごる事のないブランドを作り、それを守ってくれているすばらしい人たちだ。
ある時、事務所が苦しい時期、給料も滞りそうな状況の中にあっても親父を信頼して着いてきてくれた、本当にいい時期もつらい時期も一緒に過ごしてくれた、ひょっとしたら息子よりも「家族」と呼べるに近い関係の皆さんだ。

皆さんの努力もあり、それなりに大きな仕事をしているとはいえ、社員数を考えれば零細企業だ。
社員一人一人が背負う仕事の大きさと責任、そして達成感は今のどの大企業を取り上げてもそれこそ負けないだけの仕事をする会社なんだと思う。

親父の会社は設計事務所なのだが、それこそ今の利益率を追求するあげく法に触れる強度をよしとしてしまう環境を嫌い、全く持ってそんな事は一切無く、施主の立場に立ち、設計から現場監督を経て、引き渡しまで、それこそ子供を一人前に育て上げ世に送り出す気持ちで一つの建築物に向かい合う。
時に無駄と思える図面の線一本、しかしそれが本当に必要であるとする判断の正確さ。

親父が建築物に対して向き合う気持ちを本当に受け継いでくれている人たちなんだと、短い時間酒を仲介に感じる事が出来る時間を過ごす事が出来た。

 

次の日は親父の飲み友達と飲んだ。
前から親父から聞かされていた店だか、きいた話どおりと言うかそれ以上と言うか(笑) 日頃から常連のみで構成されている感じたっぷりのその店は、常連客たちがそれぞれをあだ名で呼び合い、性別や職種など全く分け隔てる事なく「場」そして「和」が出来ていた。

間口一間の赤提灯は、8名もお客さんが入ると肩が入りきらず、枝雀の落語よろしくみんな片方の肩を入れて「ダークダックス」状態で酒を飲み、そしてつまみに箸をのばしている状況。
その店にはトイレさえ無く、もよおしてきた場合は一旦店を出て地下鉄のトイレまでいく。しかも人の後ろを通るなんて言う隙間は無く、トイレに行きたい人から店の出口までの人が一回表にでてトイレへ送り出すという、お客さん同士の協力無くしては成り立つ事が出来ないお店だった。

ちょっとそんなお店の常連である親父がうらやましい気分になった。

僕が行ったその日、そこのママさんは「ヨンさん」(親父のその店でのあだ名)の息子家族が来るならきっとこれだろう!と言う事でジンギスカンを用意してくれていた。 これ以上無いもてなしだ。
札幌に帰って「焼きそば弁当」も懐かしいけど、やっぱり大勢で食べるジンギスカン、しかも店で食べるのではなく、家庭的に「ベルのジンギスカンのたれ」で食べるジンギスカン。それを用意してくれていた。

 

今回、親父が口をきいて皆さんのお時間をいただいた訳だが、そのどちらもその場での親父の存在を大切にしてくれていて、それでいて気の置けないすばらしい仲間に囲まれているのだと教えてもらう事が出来た。

僕の滞在期間2日間に、そんな素敵な場に深く関わり、そこに存在しているという場。親父本人がいないにもかかわらず息子家族に顔を出させた、親父が考えるその本当の意味は計り知れないけれども、その場に顔を出させたいという気持ちは深く伝わった。

大病を患い、治療中に70歳の誕生日を今日迎えた。

親父の性格なんだろうな、誰よりも「人に気を使わせないための最大限の人への気遣い。そして決して度を過ぎず、その中でちょっと調子に乗りながら最大限自分も楽しむ。」それを素で出来る、だから自分自身の周りに自然に輪(和)が出来る。

頭は白髪で無精髭。足は短く、田舎者。
でもかっこいいんだよなぁ、うちの親父。悔しいぐらいに本当にかっこいい。

ホントのことを言うと、その数々の「場」に参加させてくれた事、この状況の俺には正直つらいなぁ。
33年先輩の人生を「ほい」と渡されても受け止めるだけの自身、キャパ、甲斐性、どれをとっても今の自分には受け止めきれないよ、ほんと。

このblog、俺の遺言だなんて息巻いて書いているけど、その時に感じた事書いているだけだもんな、まだまだ青いよ。

まぁ、その33年差の自分の人生を「ほい」と引き渡すより先に、半年にわたる治療まじめに受けて、病気直してさ。
それからじっくり引き継ぎ作業でもしようや、な。
物事には順番と準備があるって教えてくれているんだからさ。

2006年2月24日

UNOが熱い!?

ウノ カードゲームうちの娘もカードゲームが出来る歳になった・・・。

なんて思っていたら本気でかからないと勝てないほどだった(笑)

今我が家ではUNOが熱い!! しかも今日帰宅したら新しいカードがあった。

H2O ウノ カードゲームなんとウォータープルーフ!?透明なプラスチックに印刷されたUNO、しかもわざわざ洗面器に水をはって、そこに沈んでいた。

娘よ、防水UNOだからといってわざわざみずに沈める必要は無いのだ・・・

2006年2月23日

父親になった自分にとっての父親とは

僕は2000年に父親になった。

父親になるための教科書という物は世の中には無く、自分の父親を見て、そして自分なりの考えを足したり引いたり、掛けたり割ったりして理想像を作り、それを目標にして、より良いと自分で思い描く父親になっていくしか方法はないのだ。

その手本となっている僕の父親は間もなく70歳になる、古希と呼ばれる歳だ。

その父親は僕が16の時に家を出て行った。
忘れもしない、F1のドキュメンタリーを見たくて居間にいたのだが、話があるからテレビを消せと言われ、番組が終わってからにしてくれと言ったにもかかわらず、大事な話だからと渋々テレビを消したところ「お父さん、明日この家出て行くから。」と。

考えてもみたら、親父とお袋の当時の間柄を考えていたら不思議な事ではなく、16歳の自分にも、他に家族ができたからという様な理由でない事は十分に理解していたので、素直に受け止める事ができた。
多分当事者でなければ理解できない不思議な感情だった。
姉貴も多分同じ理解をしていたのだろう、親父の言葉を受けて「お疲れ様でした。」と答えていた。

翌日、どう接していいのかわからなかったので寝た振りをし、表に出る事をしなかったのだが、その中でも親父が大切な本などを束ね、荷造りをしている事は音でわかった。

と、こういう書き方をすると、ものすごくドラマチックな光景にとらえる事ができるのだが、まぁ出て行ったとはいえ、結局今まで6階に住んでいて事務所が1階。僕が遊んで帰ってくると出くわす事も週に2度3度じゃきかないという状況だった。

不思議と、親父が出て行ってからの方が男同士という意識が強くなり、今まで普段話さなかったような事も平気で相談できる様になっていた。

18で上京しようと思い立った自分にも、「自分のやりたい事をやる事は人生の中で決して損ではない。失敗したって帰ってきたら良いだけの事」と、広い心で東京へ送り出してくれた。

それから親不孝者の自分は、年に1度程度しか帰省せず。そんな状況ではあるけど、それまで以上に親父は自分にとって理想の親父でいてくれていた。


そして時間が経ち、自分も人の親になる時が来た。
僕の結婚式の時には自分の息子には変わりはないと、親父とお袋は「両親」としてその場にいてくれた、感謝だ。
息子としては正直「あちらを立てればこちらが立たず」という状況ではあったのだが、どちらも僕にとっては親だ、とても喜んでくれ、姉と僕という二人の子供がそれぞれ家庭を持つ事で親としての責任を果たしたと実感してくれたに違いない。

世間で言う「出来ちゃった結婚」だったので、息子夫婦の孫を意外に早く見せる事も出来たし・・・(苦笑)


そして、親父が60をすぎ、シルバーパスをもらうなんて言う話をしていた頃、悪性リンパ腫に親父の体が侵され始めていた。

正直、その時は狼狽えというレベルを越え、訳が分からない状態になった。
自暴自棄というか、もう、自分の存在さえ見えない気持ちになっていた。

その後、親父は数ヶ月にわたる治療で悪性リンパ腫と戦い、ほぼ「完治」と言える状態まで回復し、最近では勲章と冗談さえ言える状態だった。

そして70を迎える2006年、前回とは違う部位に悪性リンパ腫が再発した。
年齢からくる体の衰えと、やはり不摂生だったのだろう、体の弱っている部分が多く、今回の治療は厳しい薬を投与し、様子を見ながら治療方法を変えていく事になったらしい。

でも、不思議な物で、前回と違って今回は息子としてうろたえる事が無い。
それこそ、今回の病を機に、より現実的に自分が目標としている父親像、そして男としての目標が死に直面している状況なのかもしれない。
もちろん、全くそれは望んでいないのだが、しかし、自分の中でそれを受け止めるだけの覚悟と、自分自身の家族に対する責任を今現在感じている。

すごい、僕の親父は本当にすごい。
男としてこの世に生を受け、父親になった自分に、父親とはどうあるべきかを語らずに感じさせている。
自分はそんな父親になる事が出来るのだろうか、それだけの努力をしているのだろうか。
自問自答したところで、その判断をするのは僕ではない、僕の意思を感じ取ってくれる子供なのだ。
自分で自分を評価する事なんてマスターベーション以外の何者でもない、人に評価されるべきものであり、評価されるべく自分自身の努力を重ねるしか無いのだ。


今週頭から親父は抗がん剤治療を始めた。
前にスキージャンプの原田選手を取り上げ、性格なのだろう、どこか周りを安心させたくておどけてしまう、そんなキャラクターがあるとしたが、そこに当てはまる親父は陽気なメールで近況を報告してきている。

治療は苦しく体力的にも相当つらいと思うけど、あの親父だ、俺の親父だ、きっとまた一緒に睡魔に負けるまで一緒に酒を飲んでくれるに違いない。

まずは第一回目の治療、不摂生を矯正する修行と思い、乗り越えてくれ。


本当はこんな事、こんな形でここに掲載する事にためらいはあるのだが、以前言った様に、このブログはその時の自分の考えを書き連ねて、自分自身のその時を残す「遺言」として書いているつもりだ。
おそらくごくわずかのkoban.netを読んでくれている人たちに、そこのところを理解してもらえれば本望であります。

2006年2月21日

ままがあるよ

ままがあるよ

ひらがなをマスターし、カタカナもなんとかマスターした我が家の娘さんは、ことあるごとに手紙を書く様になった。

仕事が忙しく、全然娘と話ができない時、親父の見舞いに札幌へ行く時、いろんなタイミングで手紙を書いてくれる。

そして、今日見つけたのがこれだ。

「ままがあるよ」

な、なんだこりゃ。

手紙とセロテープが大好きなうちの娘は謎のメッセージをキッチンに残していた(微笑) 

 

 

2006年2月 9日

さて、何から書き始めようか。

という訳で、ここ最近公私ともにいろんな出来事が降ってきた。

1)iMacが届いた
2)親父の癌が再発

まぁそんなところだ。

iMacは、今までの機種に比較して劇的な速度を僕自身に与えてくれている。
環境はまだ整っていないけれど、元々のマシンがOS9のマシンとしては事実上最速クラスのマシンなので、今までのアプリケーションの資産を活かし奥様のデザインマシンとして余生を送る予定になっている。
なんだかんだ言ったところで仕事の現場で最先端の情報を仕入れてしまえば既に自宅のマシンは何を仕入れたところで既に時代遅れ。そんな中でiMacは僕の欲求を満たしてくれるのに充分な性能を今この場でも発揮してくれている。
いままではこのブログを書くにあたり、変換、いや入力操作そのものがキーボードについてこない状態であった。
そんな頭脳と指先と画面表示のタイムラグを最短にしてくれているこのマシンと、それを手に入れることに許しを出してくれた奥様に感謝だ。

さて、親父の癌の再発。
以前、最初に悪性リンパ腫である旨報告を受けた際、自分自身、どのように受け止めてよいものか分けもわからないままに、夫婦喧嘩、自己破壊、心の揺れに従うままに感情が表に、そして内に。
どう処理してよいか全くわからないまま親父の治療は進み、そして、それなりに治癒した。

その後、親父自身、大病を患ってからちょっとした体のSOSに敏感になり、こまめに病院のお世話になっていると聞いていた。

そして再発したらしい。

今回、奥様が親父の元へ駆けつけてくれている。これまた感謝だ。

自分自身の、仕事、初動、感情、自我、家族、時間、怠惰、責任・・・。
思いは複雑に交錯していた。

いろいろな感情の狭間の中で、一番最初に行動を起こしたのが奥さんだった。
正直、過剰でいてそれでいて的確に行動してくれていた。

いざ、対親権者、当事者になると「え?」っと言う感情が先に立ち、冷静に自分でいることができない場合があり、そしてその間、取り巻く環境の人間たちには初動が遅いと感じさせる行動に出ていたのだと思う。

今日、親父の病院から治療方針の説明に立ち会ってくれた奥さんからの報告を受け、安心した反面、また更なる‘覚悟を決めるための覚悟’ができた。

人間、言ってしまえば100歳まで生きていたらテレビのワイドショーが取材に来るような時間だ。そんな中、その70%を消化している親父だ、たとえどんな報告があったところで、自分自身前回を踏まえて覚悟ができているので、うろたえることはなくなっていた。
そういった感情の慣れに自分自身を戒めるとともに、いかに後世に伝えていくかという気持ちが産まれ、そして前回の病状を忘れた訳ではないのに妙な落ち着きが自分自身の中にあることを感じていた。

普通であればだれもが迎える現実だ。

さて、結果的にはまた半年にも及ぶ治療が親父には必要らしい。

親父よ、息子はあえて語らずも残してくれたその言葉のうち、まずは半分は自然吸収するまでに成長している。
息子自身のエゴを差し引いても、伝えたい気持ちは理解しているつもりだ。
親父の作り上げた会社の社員たちを含め、息子たちは息子たちなりの解釈でそれぞれ理解している。

ここから先はその息子たちに任せて、自分自身の治療に専念してくれ。
そしてまた睡魔に負けるまで酒に溺れよう。

2006年2月 4日

iMacが来た!!

20060204.jpg届いた!新しいマック!
箱がちいせぇ〜

箱あけてみた!
中身すくねぇ〜!

起動してみた!
はえぇ〜!
うわ、Dockがスムーズ!

触ってみた!
リモコンおもしれ〜!


とりあえず、新しいマック触って最初の感想を(笑)

※この書き込みするのも速い!稟議OKしてくれた奥さん、ありがとう、旦那は今猛烈に感動している!!

2006年1月29日

物欲に負けて??

【SHOP OF THE YEAR 受賞記念特価】Apple iMac 1.83GHz Intel Duo/17TFT[MA199J/A]

結局注文してしまいました!

iMac 17inch

いろいろ考えて、大きさと性能の値頃感で17inchにしました。

まぁ、その分、メモリ1Gのハードディスク250にして、Photoshopエレメンツつけました。

人生通算5機種目のマック、また5年使い倒すことにします(笑)

2006年1月15日

晩御飯はふぐ!

今日は奥さんの誕生日だったが仕事が入り、朝から会社へ行った。
でも、思いの外早く終わり、午後には帰ってきた。

最寄りの駅まで奥さんと娘さんに出てきてもらい、ほんの少し遅いお昼ご飯を食べた。
駅ビルにはいろんな店舗が入っているため、買ったばかりのiPodのアクセサリや、欲しがっていたネルシャツを買って帰宅。

ふぐ! そして晩御飯は大阪の実家からのプレゼントのふぐ!

てっちりなべと刺身で食べていたのだが、何を思ったか酒を飲んだ奥さんは食事中に睡魔に負け退散してしまった。

娘とおじやまでやってごちそうさま。

 

おなかいっぱいになり、娘のリクエストのUNOを2回やって、歯磨きして娘さんも就寝。

そしてこれを書きながら、iPod nanoは僕のプレイリストに書き換えられています。

このマックではnanoが接続できるので、奥さん、nanoは僕が使います!
もしくは新しいマック買っても良い?

iPod、iPodなの!

今日は奥様の誕生日!

関係各位が見ている恐れがあるので、年齢は伏せておきましょうTongue out

で、結局、奥様への誕生日プレゼントとしてiPodを購入しました、しかも自分の分を入れて2台も(笑)

 Apple iPod 60GB ブラック iPod nano MA004J/A ホワイト (2GB)
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当初、60Gを奥様に、そしてnanoを僕が・・・、と思っていたのですが、どうやら奥様は小さいほうを気に入ったらしく、nanoを持ち歩いています。30Gと4Gにしたらよかったかなぁ・・・

 

早速今までのMDプレイヤーは放置され、機器の魅力の移り変わりを強く実感しています(苦笑) 

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2006年1月 7日

3連休

というわけで、仕事が始まった1月4日から娘さんと奥さんが大阪の実家に遅めの正月休みで帰省している。
そして、正月休暇で仕事感が麻痺しかけていた自分のリハビリにはちょうどよいタイミングで3連休だ。

とりあえず、昼まで寝坊してみた。
その後blogの改造でもしてみようとヘッダだけ先日の撞き初めの時に撮った写真の加工をやってみた。うまいこと背景も切り取れていると思う(笑)。

で、寝坊したにもかかわらずちょっと昼寝を・・・

起きたら夕方。

さぁ、生活のリズムを崩さないよう、ご飯を食べて早く寝よう。

2006年1月 3日

糸の切れた凧は案外飛ぶ

サニースパイ カイト< 6個 単位販売>実は正月恒例の行事に「凧揚げ」がある。
凧と言ってもゲイラカイトなので技術もへったくれもなくよく飛ぶ。
※とはいうもののあげるまでにはコツがあり、子供に良いところを見せようと公園中走り回っているお父さんにわざとアドバイスをせず、優越感に浸るのである、ははは。

で、今年は凧を2つ持っていつもの公園に行きセッティング、娘に凧を持たせて一気に上空へあげて見せた。


勝手に飛ぶ我がゲイラカイトしかし。奥さんにその揚がっている凧を任せて二つ目をあげようとしたときに手が滑ってしまい、なんと風に引かれて一つ目が勝手に飛んでいった。
しかもその直後に糸の末端にある持ち手が木の枝に引っかかり、なんと勝手に風にあおられて飛び続けた。

いつまでも約80メートル+木の高さで安定飛行を続ける我が凧・・・

仕方が無く2つ目の凧を飛ばして遊ぶことにした。

予備に、と買っていた凧糸を二つ目(プリキュアの凧だったから、本当は見える位置で飛ばしたかったのだが・・・)の凧に繋ぎ、約160メートル上空を漂う凧を操作している間も、しなる枝にコントロールされ続ける糸の切れた凧。もはや、上空に漂う凧に技術はいらないと言わんばかりの状態。

夕方になり、風が凪ぎ一つ目の凧をあきらめていた頃にようやく落下。都合2時間程度風に身を任せていた凧は無事に手元に帰還した。

まぁ、その間も上空にあげることさえ出来ない家族をみて優越感を得ていたのだが(笑)

今度あげるときは3本繋いで、240メートルに挑戦することにしよう。

2006年1月 1日

初詣は大國魂神社へ

大國魂神社初詣は大國魂神社へ出かけた。

表門をくぐってから本殿まで約一時間!
並んでいる途中ビールを飲んだり、ポテトを食べたり・・・

父親譲りの年中行事なので、我が家でも伝統を受け継いで家族で初詣。

あけましておめでとうございます

みなさま、あけましておめでとうございます。

2006年が、自分と家族、そして世界中の皆様にとって良い年になることを心よりお祈り申し上げます。

さぁ、酔っぱらったし、歯を磨いて寝ます。

2005年12月31日

トシオトコ

いよいよ2005年もあと数時間。
年男でいられるのも数時間。
いやぁ、振り返ると早いなぁ。

今年は我が町府中で過ごしているので、明日の元旦は大國魂神社に初詣だ。

さて、プライド見てそば喰わなきゃ。

2005年12月18日

クリスマスプレゼントは結局・・・

クリスマスの日は友人宅と家族同志でスキーに行く予定が入っている。

そのため、プレゼントは前倒して今週用意した。
娘はプリキュアのミップルを育てるゲームとひらがなカタカナの練習帳。

「勉強もちゃんとしてね!」という言いつけを守って、一生懸命書き方練習をしているのは良いが、プリキュアのミップルがすぐに呼び出す。生まれたてのたまごっち状態。

「忙しくって!」といいながら、娘は勉強とミップルを育てている。

実物で学ぶしかけ絵本の基礎知識ポップアップそして、奥様にはiPodを・・・、と思っていたのだが、どうやら今使っているMDで良いらしく、勧めてもあまり乗り気ではない。
そのため、以前からリクエストのあった飛び出す絵本の作り方の本にした。

本屋に行ったら在庫が切れていたので、楽天ブックスで注文!送料も無料のキャンペーン中だったのでヨシとする。

さぁ、家族にプレゼントを用意したので、そろそろこっそり買ったマック用のDVDライターをカミングアウトするか(苦笑)

楽天ブックストップページ

2005年12月17日

いよいよ、クリスマスプレゼントの手配!

【配送料無料!カードお支払いOKです】Apple iPod MA003J/A ホワイト★ 大容量60GBハードディ...クリスマスまであとわずか!

奥さんがほしがっていたのはこれ、「iPod」。

「iPodならどれが良い?」との質問に、「これ」と即答されたのがVIDEO機能付きのこれ。内心「映像なんて見ないだろ。」と思いつつも、nanoと比べるとやっぱりこっちの方が機能も上、容量は当然圧倒的に上。

さて、どこで買おうかな・・・

ipod_468-60.gif

2005年12月15日

全員揃いました!

奥さんと娘さんが帰ってきました。

これでいつもの生活が戻ってきます。

まぁ、気ままな時間は無くなるのですが、にぎやかな時間が増えます(笑)

2005年12月12日

koban.netのこばんです。

猫に小判MOを整理していたら、懐かしい写真が出てきた。

koban.netの由来になった、昔飼っていた猫の写真、名前は「こばん」

後楽園界隈に勤めていたときに、会社の前でへたっていた生まれたての子猫だったこばん。
あまりに可哀想で、思わず拾って帰った。

ミルクをやらないとすぐにへたってしまう、母猫から育てられていないから、それこそおしりを刺激してやってウンチさせるような子猫だった。
でも、猫の成長は早い!

あっという間に成猫になってしまい、ふてぶてしくもどこでも寝ている状態だった(笑)

知り合いのビリヤードの女子プロの家に嫁いだが、その後の行方はしれず。

捨て猫として産まれてしまい、名前だけでももったいないくらいの、ということで名付けられた「こばん」

おそらく、猫の人生を全うしているに違いない。

2005年12月11日

数日間独身生活(笑)

奥さんと娘さんが大阪の実家に帰省。

さぁ、気ままな独身生活を満喫!

とは思ったものの、結局近所のコジマ電気とK'sデンキをはしごして何も買わず・・・

夕方ビールを飲んでホットカーペットの上で昼寝。

ん~、まったりと過ごしてしまった。
まぁ、これはこれでなかなか過ごせない時間だったので、良しとしよう。

2005年12月10日

ローストチキン完成!

あぁ、ブログが飛んでしまったせいで過去の制作過程レポートが全部無くなってしまった。

結局完成したローストチキンだけを公開することになりました。
ローストチキン、皿に盛りつけて完成着色はいろいろあったけど、結局白から赤を経て黒までのグラデーションで仕上げました。
写真からはわかりませんが、生焼け部分、焦げ部分とかなり良いできに仕上がっています(笑)

そして着色だけでは表現できなかった質感の表現として、紙飛行機の防水用のニスをかなり厚く塗って“照り”を再現!
我ながらの出来にかなり満足しております、ハイ。

2005年10月13日

異文化交流!?

休日出勤の代休を取った。

娘の幼稚園のお迎えに夫婦で出かけ、その帰りに幼稚園のそばの公園で遊んだ。

子供たちは元気のかたまり!とにかくいろいろと遊びまくっている。
そしてその間お迎えのお母さんたちは情報交換(?)の交流の場。

そしてその間僕はそれを眺めていた訳だが、時々呼ばれてご挨拶をした。
奥さんから断片的に聴いていた「HTMLのみならずCSSの機種依存性に疑問を感じているお母さん」や「ウォーキング友達で株をやっているお母さん」(僕がお母さんと表現するのは失礼な話なのだが・・・)など、新しく紹介された。

しかし、これがまた「聞いていた話」と「実際のお顔」が結合したものの、お名前が結びついていない!
自分のデータベースの性能低下を実感してしまった・・・

今度あったとき「COBOLの・・・」とか「株の・・・」といった挨拶になっても許してください・・・。

2005年10月 2日

炎天下10月の真夏日運動会

去年の運動会は雨で一週間ずれた上に当日も寒く、子どもたちは唇を青くしていた。

それに引き換え今年はどうだ。

あさから「天気がいいねぇ」なんて言っていたが、あれよあれよと日差しが強くなり、日中のその強さといえば倒れた子どもが居なかったのが不思議なくらいだった。

早起きして場所取りをしたであろうレジャーシートも次々と木陰へ移動され、自分の子どもが出る競技以外は誰もグラウンドに出てきていないような状況だった。

まぁ、暑い暑いといっているうちに運動会は無事に終わった(苦笑)


早起きと炎天下、子どもたちはさぞかし疲れたことだろうと思ったのだが、ゼンゼン平気。

いやぁ、子ども体力には頭が下がる。

2005年9月30日

ブログ効果?

以前、レンタルサーバーを解約する様にと奥さんに言われた事があるが、断固として断った。

世界にひとつだけの独自ドメインであることと、やっぱり愛着のあるドメインである事が理由。
そもそもインターネット上のサービスを提供する商売に就いたのもこう言った好奇心からなのだ。


今はその時思い付いた事を書いているだけのブログだけど、偽りの無い自分なのである。
だから「遺言」と表現している。

この蓄積がそのうち理解してもらえるまで頑張ろうと思っている。


とは言うが、今の所、ここにちょっと欲しい物に着いて書いてみると、こっそりブログを覗き見た奥さんが「○○欲しいんだって?」とツッコミを入れてくる(笑)

まだ自分を残す遺言と言うよりも、世間を味方に付ける媒体に活用してしまっているようだ!

娘の運動会に合わせてデジカメ買うけど許してネ!

2005年9月27日

我が家のたまごっち

たまごっちを手に入れたものの、微妙に遊び方がわかっていないので「攻略本」を買ってみた。

内容は説明書が読みやすくなった程度・・・

まぁ、少しでも詳しくなって威厳を保とうと思ってみたのだが、なんとたまごっちは眠っている!

何も操作が出来ない!

我が家のたまごっち(娘)もおもちゃのたまごっちも週末しかいじる事が出来ない様になっているらしい。

2005年9月25日

たまごっちを手に入れた!

たまごっちたまごっちを買った。

小学生低学年ぐらいまでの女の子に絶大な人気をほこる「ラブ&ベリー」に娘がはまり、世間一般でブーム(ちょっと遅いけど)のたまごっちにも興味を示していた。

一度偶然近所のトイザらスで見かけたことはあるのだが、その時は友達と一緒に買う約束だから我慢できた。

だが、先日実家に帰った際にお袋からお小遣いをもらった(親が預かったのだが)娘はたまごっちを手に入れる日を待ちこがれていたらしい。


近所のセブンイレブンにたまたまおいてあったことを見かけてしまった娘は、近所で手にはいると信じ込んでしまい、物欲爆発となった。

正直、なにかしら「お約束」を条件に買ってやろうと思っていたので、今回はお小遣いをくれたお婆ちゃんにお礼をちゃんとすることと、お母さんの言うことをちゃんと守ること、この二つで買ってやる話をしながらセブンイレブンに足を運んだのが事の始まり。
なんと売り切れていた!

さぁ、親としては大変!
買ってあげるための条件を道すがら娘に語り続け、すでに手中に収めたたまごっちのつもりが手に入らない!

これは大問題!
仕方が無く駅前まで行く間、「売り切れちゃってたから、探しに行こうね」「欲しい人がたくさんいるって事だからまだまだ工場でつくっているからもうちょっと待ったら買えるよ」などとなだめながら歩いた。

歩きながら携帯で楽天市場をチェックしたらなんと当たり前にプレミアがついて5,000円以上で売りにでている!
なんと言うことだ!

駅について小さなおもちゃ屋に聞いてみたら在庫はある物の、抱き合わせ販売!!
シャボン玉セットがくっついて3,400円!
これまたなんと言うことだ!!

なだめながらトイザらスに行ったら売り切れ!
全くなんと言うことだ!!!

困った、実に困った!

娘も半ばあきらめかけて最後の望みの伊勢丹に行ってみたらなんとレジ横に山積み。

全くもってこれはなんと言うことだぁ!!!!


結果的には事なきを得て、定価で手に入れることが出来た。

入手できた娘は満足げにパッケージから開け、一緒に買ったストラップを首から下げ「たまごっちおなか空いてる?」とか、「機嫌悪いからなぁ」と満足げだ。


さぁ、昔流行ったときとは違い通信が出来るたまごっち、これからどれだけたまごっちライフを続けてくれる事やら(笑)

2005年9月19日

夏休み終了

さぁ、今日で夏休みが終了だ。

久し振りに帰った札幌ではいろんな懐かしい体験をし、親父が上京してからはたくさん話を聞き。

明日からは全く通常の生活に戻ります。

交差点写真は決してメインの通りでもないのにものすごく広い交差点。


さ、明日から頑張りましょう!

2005年9月18日

夏休み後半

夏休み後半、世間的には三連休。

札幌から親父が出てきているので、我が町府中の歴史を散策するため、郷土の森公園へ行って来ました。

設計屋魂がくすぐられたのか、すでに引退している身ではある物の、古い建造物の構造をしげしげと観察していました。

明日は夏休み最終日。
ディズニーオンアイスにご招待されていたのだけれど、札幌の往復での天候の変化に奥様がすっかりダウンしてしまったので、娘と遊ぶことにします。
きっとトイザらスでおもちゃをねだられることになるのでしょう・・・、まぁ、そこは僕もおもちゃを買うと言うことで(笑)

2005年9月16日

札幌での夏休み

遅めの夏休み前半は実家のある札幌で過ごした。

初日は朝早い飛行機を選んだため、半分寝て過ごした感じだったけど、晩飯からジンギスカンと札幌の懐かしい味を堪能した。

帰りがけにたばこを買うためにコンビニに入ったのだが、案外忘れていた懐かしい物がたくさんあって、嬉しくなった。

コアップ ガラナなんと言っても、カツゲンとコアップガラナ。
カツゲンはヤクルトとカルピスの間の様なのみもので、懐かしい度は極めて高い。
そしてコアップガラナ!これは薬臭いとか、コーラの偽物といった意見もあるけど、札幌で過ごした時期を思い出させる商品だ!
・コアップガラナ 230ml 1ケース【24本入】

【サッポロビール】サッポロクラシック 350ml 24缶入1箱そして北海道限定発売の「サッポロビールクラシック」!

★サッポロ クラシック【350ml】24本入

そのほかにも、飲み物では「カツゲン」、カップラーメンでは「激メン」「焼きそば弁当」、など懐かしい物がズラリ!

コンビニのなかでこんなに懐かしいと思えるとは、これはこれでびっくりだった。

16日に東京に帰ってきてしまったけど、もう一日待って札幌ドームで楽天の試合を見てから帰れば良いとちょっと思ったりもした(笑)

2005年9月13日

夏休み

ちょっと遅めの夏休み。

久しぶりに札幌にきて、お袋の家からこれを書いています。

さて、予定も立てず、これから何をしようか(苦笑)

2005年9月 9日

竹刀

近所に剣道を教えてくれるところがあり、娘さんがそこに通い始めた。

以前から奥さんが娘には是非剣道を!と言っていたので、まぁ、企みにはまった様な物だ(笑)


内弁慶な娘さんは人前で何かをすることに照れがあるらしく、剣道ももの凄く興味はある物の、諸先輩方のまねをするのが照れくさかったらしい。
しかしやっぱり興味はあるのか、夏休み中剣道はお休みだったのだけど、「剣道行きたいなぁ」と漏らしていた。

竹刀そして今日、娘さんのMy竹刀が届いた!

名前も立派に刻印され、子供用のためにちょっと短いけれど、自分専用の竹刀だ。

父親としては、道具を大切にする心と、継続する気持ちが養われれば強くならなくても良いと思っている。


2005年9月 4日

夕顔

庭の夕顔何輪か咲いてはいたものの、萎れてしまったり気がついたのが夜だったりして、なかなか写真が撮れなかった。だけど、最後の一輪でなんとか撮影成功!

成長段階で何度か枯れの危機があったため大輪とは行かなかったが咲いてくれた。
ちなみに朝顔は危機を乗り越えられず全滅(笑)

来年は朝夕揃って咲いてくれるように頑張ろう!

2005年9月 3日

逆上がり

土曜日は愛娘の幼稚園のお出迎えに行くようにしている。

お迎えに行ってすぐ前の公園でちょっと遊んで帰るのがいつものコースだが、得意げに「みてみて!」と娘さん。

なんと逆上がりをして見せた。

おぉ、また一つ成長している!

桃太郎ぶどう

岡山・川上町の桃太郎ぶどう(瀬戸ジャイアンツ)最高品質「秀」1房入り(800g前後)発送は9月...桃太郎ぶどうって知ってますか?
2年ほど前に買った時は2房で6,000円しましたが、少しずつ普及して値が下がってきています。

皮ごと食べられるし、粒が大きい。青リンゴのような酸味とぶどうの甘さ。

ん〜、今年も買ってみようか!?

2005年9月 2日

金曜日だ。

ここの所、家族の里帰りやご招待のイベントなど、いつもとは違う週末を過ごしていたけど、今週末は平凡に過ごす事になる。

だいぶ涼しくなってきたし、外で遊ぶ事にしよう。

2005年8月29日

ライブドア?

ライブドア?愛娘の作品(笑)

プロ野球から最近の参院戦出場報道で印象が強かったのか、LEGOを使って「見て!ライブドア!」と。

本物のロゴとは微妙に違うんだけど、的を射た作品だと思う。

同時に報道が与える影響の強さにちょっと恐怖をおぼえた。

ダラダラとテレビをつけっぱなすのは止めよう(笑)

2005年8月28日

海の男2

海におろされるクルーザーハワイアンパーティーに参加されている方々はそれぞれ船のオーナーの方で、たぶんこのパーティーは夜通し行われるんだろうなぁ・・、という雰囲気で落ち着いた盛り上がりがありました。

ホテルニューヨコスカパーティーを少し早めに切りあげて、横須賀のホテルニューヨコスカへ移動し一泊。
ホテルの目の前が米軍の基地という立地のためか、お客さんは外人ばかり!

移動で疲れてしまったのか、夜はビール2本で熟睡してしまいました(笑)

2005年8月27日

海の男

G'DAY II世号クルーザーに乗せてもらった。

横須賀に週末用マンションを持つ人は、その週末生活を楽しむ為にクルーザーを持っているらしい。
なんともゴージャスな話だ。

そのマリーナで開催されたパーティーにお呼ばれされたのだ。


そのクルーザーのオーナーは近所では「海の暴走族」として名をはせているらしく、海上で飛ばす飛ばす!

船ってあんなにスピード出るのね!


始めて経験する海釣りで鯵、鯖を数匹釣りあげ、港に戻りました。

続きはまた!

2005年8月24日

家族が帰ってきた。

里帰りから奥さんと娘さんが帰って来た。

僕が帰った時には二人とも寝ていたけど、起きてきた奥さんと里帰りの話しなど少し話をして寝た。

朝、娘さんが早起きしてはしゃいでいた。

ようやく普通の生活になった気がした。

2005年8月14日

ジンギスカン

最近ちょっとしたジンギスカンブームらしく東京でも食べられるところが増えてきた。
札幌生まれにとってはとても喜ばしい事だ。

ここのところの疲れを大好きなジンギスカンで吹き飛ばすべくビヤガーデンに家族で出かけおなかいっぱいに食べてきた。
若干デパートの屋上であることと上品なタレの味がマイナスポイントだったが、やっぱりジンギスカンは旨い!

続きを読む "ジンギスカン" »

2004年5月25日

子供の「どうして?」

子供の「どうして?」には本気で考えて答えようと思っている。


先日、我が家の愛娘さんが町行く人をみて、
「どうしてあのお兄ちゃんは小さくなっちゃうの?」
と疑問に感じたらしい。

遠く離れている人間が小さく見えることが不思議に感じたらしい。

さて困った。

遠近感?相対的?どう答えたら満足してもらえるだろう・・・
とりあえず、「よし、わかった。おとうちゃんに一日考えさせてくれ!」と場を濁した。

ここからが大変である。
インターネット、写真専門誌(立ち読み)、子供の科学・・・

結局、僕自身が納得出来る回答が見つからなかった。
結局見つけた答えが、牛乳パックを愛娘の鼻にくっつくほど顔に寄せて、「どう?大きい?」すこし牛乳パックを話して、「どう?小さい?」

「今見えていたとおり、近い物は見えるところいっぱいになるでしょ?でも、少し離したら、ほかの物も見えるでしょ?自分で見ることが出来る範囲が同じで、近くにあるといっぱいになって、離すとちょっとになるでしょ?離れていくとどんどん少しになるから小さく見えるんだよ。」

なんだか知らないが愛娘は納得していた。


話は飛んでしまうが、深夜番組でなぞなぞっぽい物を見かけた。
この問題での正解率は40%、でもこのヒントで60%・・・。


ヒントをもらわないと回答が出てこないほど頭が固くなってきているんだなぁ、とつくづく実感。

これから先、いろんな「なんで?どうして?」に対応できるだろ
うか・・・・
ん~、これは一大事だ。

2003年12月31日

初詣 > クリスマス

さて、まもなく大晦日を迎える。

我が家では奥様が忙しくおせちの準備に取りかかり、適当に手伝いに参加させて頂いている。

愛娘はまだ大晦日の神事的な意味合いがわかってはいない様子だが、クリスマスが終わるとお正月がくるという事は少しずつ理解してきているようだ。

去年は実家の札幌で正月を過ごしたが、今年は自宅で過ごす事になった。
まぁ、準備不足という事もあるが、たまには家族でゆっくりとテレビでも観ながら過ごすのも悪くない。

自分が子供の頃に比べると、大晦日、元日、区別無く店が開き、あまり事前の準備の様なものが必要なくなった感じがするが、それも時代の流れというものだろうか。

去年も書いたと思うが、クリスマスよりも大晦日から元日へかけての時間の方が自分の中でプライオリティが高く、家族そろってクリスマスケーキが食べられなくても、元日に家族そろって初詣に行かない方が許せなくなってきている。

現在34歳、妻一人、子一人。

また一つ、家族を持つ実感をかみしめている年の瀬である。

2003年12月30日

親が与える影響

最近、漫画を読む事が多い。

昔読んでいた漫画が形を変えて再販されたり、コンビニで安く売られていたり・・・と、手にとる機会が多いというのが、多分、最大の理由だろう。

先日CAPETAという、カーレースで活躍するであろう、少年の話を描いた漫画を買った。まだ、2巻までしか出ておらず、話の先はまったくわからないのではあるが、個人的に「スピードもの」は好きなのである。

その物語は、ある父親が、普段息子とあまり時間をともにしないのだが、多分、息子の最大の関心事である、「車(カート)」を与えることで、息子の人生が大きく変わっていく・・・、という展開になる・・・・、のだと思う。

突然、漫画の話を持ち出したわけだが、つい先日世間ではクリスマスを迎えた。

愛娘にもクリスマスプレゼントとして自転車をプレゼントしたのだが、帰り道、乗りなれない自転車に苦労しながら帰路をたどる娘が振り返り、ふと「自転車買ってくれてありがとね。」と話し掛けてきた。

「あぁ、これから与えるものすべてが何かしらの影響を娘に与える可能性があるのかもしれない・・・」

そう思い、あらためて親の責任と、親が与える子供への影響を実感した。




などと語りつつ、さぁ、新年を迎える準備だ!!

2003年10月25日

課題は大きな黒い犬

愛娘さんの幼稚園が決まった。

真剣にこれからの彼女の人生を考えれば考えるほど、幼稚園の候補が増え、それぞれの一長一短が露呈しいてくる。

結局、「愉しむことを最優先」という事で決定したわけだが、唯一の心配は幼稚園で飼われている「大きい黒い犬」だ。

がんばれ、娘よ!!
まずはかみついてやれ!!

2003年6月 3日

台風一家

鬼怒川に家族旅行に行った。

とは言うものの、記録的に早い上陸の台風のおかげで、外をぶらぶらすることが出来ず、トリックアートとワールドスクエアだけしか見る事が出来なかった。

東武ワールドスクエアは、世界中の建物が25分の1サイズで精密に再現されており、さながら「歩く世界一周」というものなのだ。
一部、建物が改修されてしまった東京駅や、建物そのものがテロの被害にあってしまったWTCなど、現実とは違ってしまったものもあるのだが、いわゆる世界遺産を一度に見る事が出来るので、建物の規模感などが想像しやすくなる。

とは言うものの、当日は台風が温帯低気圧に変っただけの大雨。愛娘は黄色いカッパで楽しそうに歩き回るが、親は色が変色するほど靴が濡れ、写真をとるためにしゃがんだ腰がかさからはみ出しずぶぬれ・・・

帰路に付き、高速道路を東京方面に走り出して1時間程度、西の空から青空が覗き始めた。

そういえば、去年の夏休みに南紀白浜でも台風直撃を食らったことがあるなぁ。

「台風一過」ならぬ、「台風一家」だな、ウチの家族は。

2003年1月12日

病気のデパート

インフルエンザ、風邪、水疱瘡。
我が家は今、全滅状態。

僕のインフルエンザはそろそろ落ち着いてきて、だいぶ楽になったが、こどもの水疱瘡は真っ最中。奥さんの風邪もなかなかよくならない。

総合感冒薬、解熱鎮痛剤、抗生物質・・・、我が家には今、似たようで効能の違う薬があふれかえっている・・・

2002年12月 8日

「師走」


なんだか今年は何時に無く寒い気がする。
以前よりも部屋が広くなって暖房が行き届かないからか?

2002年4月 1日

2002年4月1日、自宅から携帯に電話が入った。

電話に出ると奥さんからだった。
「義父さん、癌だって。」

最初、「は?」というのが正直な感想で、とりあえずその日は仕事を普通に終え、帰宅途中でいろいろ考えていた。

「あ、ひょっとして!!」

奥さんの実家はウィットに富んでおり、去年もだまされた。そう、エイプリルフール。

勝手に、「あぁ、良かった。」と胸をなでおろしつつも、冗談にしては度を越えている・・・、などと勝手に怒りさえ湧いてきた。

当時、自宅の隣が姉の家だったのでまっすぐ帰らず、一度姉の家によって、詳しい話を聞いてみたのだが、いつまでたっても「やぁ~い、引っかかった!!」という落ちが出てこない。出てくるのは、入院したという話や、親父から届いたFAXだった。

そしてそのFAXの送信日時は3月31日・・・、事実だったのだ。

いろんな事を考え、いろんな事を調べ、いろんなやらなくてはいけないことを洗い出していた。でも結局その全てに回答があるわけでもなく、その全てに全て考えさせられていた。そして、結局何も手につかず、結果的には何も出来なかった。
辛い事や、嫌な事を表に出すことが大嫌いな自分は、普段どおり、平静を装うのが精一杯だった。

何度か奥さんからの携帯が鳴り、「あれやった?」「どこどこに連絡した?」と聞かれたがどれひとつとしてこなしていない。そのうち、その電話さえ鬱陶しく感じ始めていた。

そんな自分を見かねたのか、病院を調べ親父と直接話をすることが出来た。

電話口にはいつもと何ら変わらない親父がいた。

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