One for All, All for One.
この三連休、娘さんに会うため大阪に行ってきた。
その前日まで青森にいて、翌日大阪という感じ。
アクティブね、僕(笑)
さて、その大阪。
東京でさえガソリンスタンドに長蛇の列になり、スーパーには商品が無いというのに、大阪は全然普通。
まぁ、ガソリン1リットル146円位だったから、少なからず影響はあるんだろうけど、晩ご飯のおかずを買いに行ったスーパーはまったく品薄という印象はない。
大阪は関西電力のエリアだから電気の影響も東日本に比べるとほぼ全く影響がない。
大阪の人は今回の震災を気にしていないって言いたいのか?
いやいや、僕が感じたこと、言いたいことは全くそうではない。
ネットでは関西方面から電力を送ればいいとか、いや、周波数が違うから送れないんだ、なんて盛り上がっているけど、僕はそれのどれが正解かはわからないし、送れるのであればできるだけ送ればいいし、送れないのなら仕方がないと思ってる。
そもそも、あらためて今回の停電ってなんでやるんだっけ?って思ったときに、被災された東北地方に電力を送ることが目的ではなく、送電されているエリアで電気を今までと同じように使っていたら、全体的に電気足りなくなりますよ、って話なんだよね。
「おかーさん、あたしがドライヤーしてる時に電子レンジ使わないでよって言ったでしょ!」
と、ブレーカーが落ちて真っ暗な洗面所から年頃の娘が大声で叫ぶ状態になるってことでしょ?
電気ひとつ取り上げてみたとき、なんだ、東北で被災された人のために節電しているんじゃないんだって思ったわけ。
だからって、じゃぁ、節電なんてしなくていいんじゃん、ってことにはならない。
「電子レンジ使うから、ドライヤー3分やめて!」
って声をかければいいんだよね。
そして、チーン!って鳴ったら「はい!ドライヤー使っていいよ!」って。
でもこれは、東京電力というブレーカーを共有する住まいをともにする仲間の話。
じゃぁ、大阪とか東日本の電力不足エリア外の人はどうしたらいいのか?
青森の小さな飲み屋に行ったときに感じたことと同じく、元気に生活するって言うのが正しいんじゃないかな?
表現がすごく微妙だけど、「え?おまえ風邪ひいたの?じゃぁ、俺も風邪ひくわ。」「え、じゃ、俺も!」ってみんなで風邪をひく必要はないとおもう。
元気な街が元気で居続けて、元気になるの待ってるよ!って。
もちろん、金銭的だったり物的支援って言うのも大事。
でも、だれかが元気で、ちゃんと経済を回していくことも大事なんだと思う。
だって、物が消費されないから生産しない、生産しないから物流が停滞する、物流が停滞するから地域差が大きくなる、地域差が大きいから商圏が極小化する、商圏が小さくなることで地方が活性化されなくなる、結果として被災地へは"支援"という形しか残らなくなっていく。
だめだめ、そんなんじゃ。
ちゃんと消費し、需要と供給を醸成する。
電気は超短期的措置として被災していない人間が日本経済を破綻させないように節約する。
そして、日本経済を停滞させずに維持し、中長期的には被災地を支援し続け、みんな元気になる。
短期間に青森と大阪移動して、地球儀で見たら柿の種くらいしか大きさが無い日本なのに、こんなにも季節や経済や震災の影響に差が出るんだな、って思ってね。
なんか「自分がやらなきゃ!」っていう変な正義感が自分の中に湧いてきていたんだけど、なんか自分自身のその気持が偽善に感じてしまって、本当は何をしないといけないのか?って一日考えちゃったんだよね。
テレビでも福島原発しかほとんど取り上げなくなってるし、計画停電、計画停電って毎日騒いでいるのに今日は我が家停電したあしあとが残ってないし。
仙台が大怪我をしたのならば、やっぱり病院の先生に応急処置をお願いして、そこから先、包帯を取り替えたりしてあげるのが僕の役割。
距離的にそれが出来ないのなら落ち着きを取り戻したときに仙台に行って、そこで復興しようと頑張っているお店でたくさん美味しい物を食べることなんじゃないかなぁ・・・、とね。
親父に「お世話になった人が亡くなったとき、お金で返せないならば下足番でもいいから恩でかえせ。」って教えられてきたんだけど、なんか自分なりの解釈でその言葉理解できてきた気がするな。
たぶん親父は違うこと言うんだけどね(笑)