ひととして
かの金八先生が「人という字は人と人とが支え合って出来ている。」とおっしゃいました。
勝負事や交渉事、なにか一つのものを手に入れようとしたとき、一方はその何かを手に入れ、一方はその何かを手にいれることができないっていう結果になる。
本当にその結果しかないのかなぁ・・・
それがビジネスな現場ならば無いのかもしれないなぁ、今の時代。
協力とシェアの関係を築くことだって絶対できるとおもうんだけど、そういうわけにも行かないのかなぁ。どちらが経営権を握るとか、出資比率だとかね・・・
なんかね、人として、それっていいことなのかなぁ?って自分の心の深いところで葛藤しているんだよね。
勝つということを使命に取り組むことも勝負事にも重要なんだけど、勝つということで必ず敗者が生まれ、敗者は勝負に負けた時点で何かを失っているっていうことを理解出来ないとダメだと思うんだよね。
手にいれるものが「モノ」であれば、負けた側もまた手に入れる方法を考えれば回復できるかもしれないけど、手にいれるものが「ヒト」だったりすると、無理やり手に入れたって勝負前の気持ちのままではいられないと思うんだよな。
先日の格闘技で勝者がリングで大の字に倒れている姿に舌を出しながら中指を立てたっていうのがあって、敗者に対するそういった態度を示した時点でもう結果の勝者であって、勝負の勝者じゃないと思うんだ。
そして、とある勝負事の作戦を考えているときに、負けた相手なんて気にすることないよ、舌を出して中指立てればいいんだよ、といった考えがすでに存在しているような作戦での取り組みって、僕はとても我慢できない。
すべてに置いてそういった判断が方針として存在している組織に属している事自体が嫌になってきてしまっている。
人としてそれってどうなんだろう、おそらくは数千分の1でしかない僕の感情だから一般的に見ても「間違っている」という事になるんだろうけど、我慢出来ないんだよね。
自分に嘘をつき続けて組織に属するべきか、自分を信じて同じ価値観を持つ人を探すべきなのか。。。
いずれにせよ、僕は悩み葛藤し苦悩している。