花道

先日引退を発表したラジコンの世界ではもはや神様、広坂正美氏のイベントに行ってきた。
時期的にゴールデンウィークと言うこともあり、谷田部までの道のりは結構長かったけど、はじめて足を運んだ谷田部アリーナという世界選手権も開かれるこのサーキットは、やはり設備も広さも過去に見たサーキットの比ではなかった。
ちょっと遅れて到着したこともあり、イベントはすでに始まっていたけど、ツーリングカーを持っていない僕は最初からギャラリーとして見学の予定だったので問題はない。
しかし、雑誌やWEBなどで過去に見たことはあったけど、一人の人間がこんなにもトロフィーを手中に収めることが出来る物なのか?と過去の戦績はそれなりに把握しているにもかかわらず目を疑ってしまう。
長テーブルをいくつも連ね、さらにそれが3列くらいになっているにもかかわらず乗り切らないのではないのか!?と言うほどの数。
広坂正美と言えば、数年前までメカニックを担当されていたお父様とともに活躍をしていた。
過去、雑誌では見たことがあり、プライベーターが全日本選手権を制することさえあった、12分の1が最高峰といえる時代の名車アルフ。
途中ヨコモに移籍してからは、おそらくはセッティングに個性があったのだろうけど、見た目にこれだけ個性的なクルマを作っていたお父様、広坂正明氏にも感動さえしてしまう。
今でこそ多く見かけるけど、縁取りを黒くスプレーワークで塗ったファイアパターンをもうこの時代から使っていたわけだから、世界に大きく影響を与えたことは間違いないだろう。そりゃそうだわ、広坂正美氏の世界選手権の服装ったら衝撃的だったモンね(笑)
話を戻してボディの塗装、名勝負と言われたトニーナイジンガー選手は赤一色だったし、日本国内だって重量がかさんでしまうとか、重心が高くなるからといった理由から単色を透けない程度に吹き付けただけなんて言う時代もあったんだから、この先見性は目を見張ってしまう。「その日ボディ」なんて言う走るためだけのボディをまとっていた時代だもんね。でもそこまでやっても日本人は世界の頂点に立てなかったんだよねぇ、広坂正美がタイトルを獲るまでは。

アルフから数えて何台のクルマを表彰台にあげてきたかはわからないけど、これが公式戦最後のトゥエルブ。
12分の1ではヨコモに移籍してからは完全オリジナルマシンでの参戦というのは多分無いと思う。
RC12というクルマは時代に合わせて進化はしているけど、基本設計は多分30年くらい変わっていないような気がする。
「走るためだけに作られた」という、そぎ落とせる無駄な機能がもう無い位までシェイプされてしまっているシンプルなデザインだから、これ以上の進化は望めないんだろうけどね。僕自身このカテゴリをメインにやっていたからもっと盛り上がって欲しいとは思う。
10分の1ツーリングではサスアームジオメトリの調整で「メカニカルグリップをあげる」といった表現がしばしば出てくるけど、もう一度6セル7.2V全開で、各メーカーが個性のあるクルマを世に送り出していた時代がこないかなぁ・・・
とりあえず、間違いなくラジコンの世界では一つの時代が終わったんだなぁ・・・、という寂しい気持ちにならざるをえなかったけど、どの世界でも競技者の引退はあるわけで。
公式戦には出ないけど走らせることはするという事なので、今までと変わらずにメディアに登場したり、ラジコンのおもしろさを伝えていって欲しいなぁ、と感じました。
そして何よりも、「7歳ではじめて獲ったトロフィー」の時代からクルマもトロフィーも全て、いつかこういう日が来ることをわかっていたように、ワークスに入る前から丁寧に保存されていたんだなぁ、と、お父様の息子に対する自信や愛情も感じることが出来たかなぁ・・・。

写真は、チャンプ広坂正美氏、そのお父様広坂正明氏、そしてヨコモ社長の横堀智昭氏。
写真、気軽に応じていただきありがとうございました!
さ、ヨコモマシンでも買いに行くかな(爆)