それでも僕はやっていない。
今日の朝の通勤時、新宿駅の埼京線ホームに登る階段で女性の悲鳴を聞いた。
悲鳴を上げたとおぼしき女性のすぐ後ろに複数の男性に取り押さえられていた一人の若いサラリーマンの姿があった。
痴漢だ。
取り押さえられ、苦しい顔をしながらも「ちょっと待ってください、放してください!」と声を張り上げていた。
電車遅延のため極端に混雑したホームには、痴漢被害にあった女性と取り押さえられた男性。そしてその痴漢を取り押さえた複数の男性達がいて、まわりには足を止めその様子を他人のフリをしながらも好奇の目でみているひとだかり。
僕は駅員がその現場に人混みをかき分けて駆けつける様子を横目に電車に乗り込んだ。
普通ならば、痴漢が捕まって良かったなと思うところだろうが、あの人混みの中で見た取り押さえられた男性の突然の出来事に対応することができないと語る目と、それを取り押さえた複数の男性達の物凄く表情のない冷たい目が僕の中に怖いほどに焼き付いて離れなかった。
僕は捕らえられた男性が痴漢をする現場を見たわけではない。だからというわけではないが、電車が遅延し、さらに超混雑したあの殺気だった社内環境がそうさせてしまったのではないかと思う。
「恐らく彼はなにもしていない。」
でも、本当の事は知らないのでそれ以上も以下も言えない。
ただ、弱者とされるものがその守られる権利を誤った形で行使している状況と、殺気だった状況のままそれをこれ幸いにとぶつけているという印象しか残らなかった。
実は僕自信が同じような経験をし、未だにその事がトラウマになり今でも怖い思いをしている事がある。
僕にそんなトラウマを植え付けた、あの弱者とされた人間。別の場所で別の機会に会ったその弱者の、なぜかしら自信に満ちた僕を見る冷たい目が今も記憶から消えない。
取り押さえられた彼はその後どうなったのだろうか。
電車での出来事を知らない僕だからこそなのか、むしろそこが知りたい。