選手からコーチへ。
僕の大好きなスポーツ、もちろんやった事は無いのだけど、スキージャンプ。
シーズン中だけ盛り上がるにわかファンではありません、僕は。
本当にジャンプが好きで、シーズンオフも雪印のホームページは欠かさずチェックしています、更新が少ない事にクレームを付けたくなる程に。
でもやっぱり寂しいのは、「原田選手」が「原田コーチ」という表現になっている事。
シーズン前の実際のトレーニングの時、見本ジャンプをするようなコーチになり、その時に改めてバッケンレコードを塗り替えてしまい、「いやぁ、飛びすぎちゃいました(苦笑)」と眉毛をさげながら語ってほしいと思う程僕は原田“選手”のジャンプが好きでした。
風に左右されやすい、踏切を上に、高さを保ちながら滑空して行くあの飛行曲線・・・
スポーツはもの凄い芸術性を帯びた瞬間を見せる事があり、原田選手はそんなプレイヤーでした。
さて。
今回のテーマは、選手・プレイヤーからコーチの立場へ・・・、です。
僕は今年37歳になります。
現場主義。たとえサラリーが低くとも、地位にふんぞり返るコーチよりも、慕われるプレイヤーであれと思っています。以前書いた「使いにくい天才よりも、使いやすい馬鹿に徹する」という信念です。
でも、歳とともに「結果」のためのプロセスに関し説教じみた事を言う事があり、どこかで「プレイヤー」としての気持ちに引退しなくてはいけないのかなぁ、と感じる事があります。
一回り以上も違う新人さん、こちらからは友達感覚で接する事ができても、向こうはやはりそうは接してくれません。
だって、僕は新人さんにしてみれば一回り以上も歳上で会社の先輩なのですから。
会社という組織を社長を頂点とした三角形とした場合、僕は気持ち的には「底辺」に居て、それでいて頂点を支える立場なんだというプライドを持ちたいと常々思っているのですが、年齢を考えると三角形の重心位置を越え、頂点に近い位置に居なくては行けないポジションなんです。
理想と現実のギャップって、30過ぎたあたりから感じた「見た量と食べれる量」を越えた物があり、今僕はそんな年齢なんです。
自分より年下の人間に使われる事、僕は苦にしません。
むしろ、年下の部下を支えてやりたい、たとえそいつが僕よりサラリーが高くとも、おいしいご飯をごちそうしてやりたいと思っています。支えていると言う気持ちが僕の満足であり、モチベーションになります。
でも、組織はそれを良しとせず、実力主義という世間体をまといつつ、実質年功序列という形式を重んじています。
僕も「プレイヤー」から「コーチ」へと意識を変えなくてはいけないのかもしれません。
いや、そうしないといけないのだと思います。
でも僕は「プレイヤー」に徹していたい。
この葛藤が今の僕を苦しめている要素の一つです。
そして、「俺についてこいよ!俺がなんとかするよ!」と言えない自信の無さと、年齢的に期待されるポジションが僕の価値観とずれていて苦しいです。
そんなとき、自分の趣味に逃げ、夢を見ている自分が情けなく、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
今の僕の職場、ある意味で本当に癒しの場になっています。
頑張っている人は助けてあげたいし、僕が頑張っているときに助けてくれるスタッフには本当に最大の敬愛を持って表現したいと思っています。
今やっている事業、振り返ると僕が一番長いんです。
スタッフの出入り、都合100人以上を見ていると思います。
結果的に網目の粗いふるいから徐々に細かい網目になり、負荷は高いながらも最善の形式に落ち着いていると思っています。
頼りない年上の人間でごめんなさい、でも僕は今とても充実した時間を過ごしています。
今度おいしいご飯を食べながら、僕の愚痴聞いてね(爆)