友達の名前を100人言えますか?
うちの娘さん、来年小学生です。
まだ来年の4月の話なので、実感はありませんが早いもんです。
来年の今頃は体の大きさに微妙に合わないランドセルを背負い、背中それをで大きく揺らしながら学校に通うのでしょう。
そんな娘の成長はとても楽しみである反面、親の手を少しずつ離れて行ってしまう事が心配だし、寂しいし、微妙な親心です。
とはいえ、ぜひ友達100人つくってもらいたいもんです。
友達は自分を支えてくれる大切な人たちなのです。
6歳の娘には難しい話かなぁ・・・
さて、その30年先を行く僕、今36歳です。
友達100人、ん〜、居ません、きっと・・・
「友達」っていう定義がすでに難しいです。
今までの僕の人生、幼稚園や学校、そして転々とした職場。そして、 同じ趣味で集まる仲間。
その時、その時代、主に時間をともにする事が多い仲間とは様々な遊びを一緒にしますし、共有する時間はもの凄く多いです。 でも、僕その継続が苦手なのかもしれません。
ん〜、マメじゃないのかも。
高校を出てすぐに東京に出てきたから、高校時代の友人とは既にその時点で疎遠になってしまいました。
おそらくは一番僕自身を形成するに一番影響を得た連中だと思うんだけど・・・
2年間過ごした、いつもつるんでいた専門学校のときの連中と、玉突きの師匠。
いわゆる「友達」ってその範囲だなぁ、とか僕の場合思います。
職場の場合は共有する時間が多い分、話をする機会はすごく多く、常に僕はその環境の人に恵まれているのですが、やはり「戦友」的な位置としてとらえる部分が無いと言えば嘘になります。
今一番の友達、ん〜、娘かな(笑)
親父の見舞いに行った時に、すすきのに飲みに行く話になる事は良くあるのですが、主に仕事を得る為の接待、そしてその接待の為になじみの店を作る、それを目的にすすきのに足を運ぶ、なんて話を聞いた事があります。
いや、魅惑的な街すすきのですから、真意はわかりません(苦笑)、でもきっとそうだったのでしょう。何となくわかる気がします。
すべての責任を解放し、老若男女分け隔てなく、言葉遣いに気を使うところも無く、利害関係さえもない集団。とはいえ、感動と苦労を共有する事が出来る。
ん〜、僕の求めている理想の集団は、全盛期に僕が通った玉屋が一番なのかもしれないなぁ・・・
いやいや、最初に勤めた時の会社にも大きな影響を得た一つ年上ての先輩も居る。
その前の専門学校時代の連中の動向は気になるし、今の職場にだって素敵な人達に恵まれている。
お?結局は僕の捉え方なのか・・・?
