笑顔で接すると笑顔が返ってくる。
先日、引退の記者会見で原田雅彦選手が言っていた言葉。
ことわざで言うと、「情けは人の為ならず」なのかな、でも「笑顔〜」に関しては決して見返りを期待するような、私利私欲的な表現ではないな。笑顔を欲している為に自然と自分自身が笑顔になると言った受け身なんだろうな、と自分なりに解釈しながら「笑顔で接すると笑顔が返ってくる。」という言葉を受け止めていました。
計算で笑顔で接しているのではなく、自然と接する笑顔が相手の笑顔を産む事もあるんだろうなぁ、なんて考えた時に、「赤ちゃんを前にすると誰もが笑顔になる」なんて言う、自然と相手を笑顔にする、そんな不思議な力って存在するんだよなぁ・・・、赤ん坊は計算なんかしてないし・・・、と考えたりも。
最近、歳柄なのか、性格なのか、自分の失敗は真摯に受け止め、人の失敗は寛容に受け止める事が出来る様になってきています。
そんな感情を抱いている中、桂枝雀の落語の本(講演を速記した、本当にそのまんまの本)の中で「丸い卵も切りようで四角、物も言い様で角が立つ」っていうフレーズが思い出されました。
例えば、人が接する事を求めている時に、こっちは忙しくて余裕が無い事って言う場面があるとします。
その時、「うるさいなぁ、こっちは忙しいんだからくだらない話は後にしてよ!」と言ったとする。
他の人は知らないけど、僕は「あぁ、この人はこういう場面ではこういう接し方をするんだ。」と判断します。
そして同時に、「どうしてその瞬間に手を止めて、『何?』と聞けないかな?内容によっては『ごめん、ちょっと忙しいから、ちょっと、ちょっとだけ待って、お願い!』って笑顔で言えないかな。」って分析したりもします。
わかりやすく?例えれば、これから同じ電車に乗ろうと列をつくっているホーム、我が物顔で割り込んできて、肩が当たったりしたらものすごい形相でにらまれる事、ありませんか?
あれと同じです。例えば割り込んできた人がものすごく急いでいたとしても、結局乗る電車は同じ、降りる駅が同じならば到着時間も全く同じな訳です。
そのほんの少しだけの心の余裕、どうして持つ事が出来ないのかな。
先に例をあげた忙しい時に声をかけられる話、切羽詰まっている状況、それって本当に一分一秒を争っているのでしょうか。
そこで話を聞いてあげたところで、数分。その数分の話を聞いたところで忙しい作業の終了時刻は予定の数分後。
そのほんの少しだけの心の余裕、どうして持つ事が出来ないのかな。
繰り返し感じます。
物も言い様。
ほんの少しの気遣いで、ものすごく人を笑顔にする事が出来るのになぁ。
ヨロシクメカドックって言う漫画で・・・(記憶なので言い回しはきっと違いますが・・・)
中村一路「馬鹿やろう、一週間後からしか作業できネェンだよ!」
お客さん「何だよ、一見さんじゃネェんだから融通利かせろよ!」
風見潤 「ごめんごめん、正直この車触るの初めてなんだ、勉強の為に一週間時間くれない?」
お客さん「仕方が無いな、しっかり勉強しといてよ、もぅ!じゃぁ一週間後にまた来るよ!」
ほら、物言い一つで同じ結果を笑顔にする事が出来る。
今日、ちょっとした仕事の出来事で感じた事を云々と書き連ねた次第でございます。
コメント
ともすれば、当たり前_瑣末だと見過ごされるような出来事にしっかりと目を向けて、時間をかけて分析し、理解し、導き出した理論を実践していこうとするあなたってとても素晴らしいと思います_。
投稿者: あきこ | 2006年3月23日 20:53
ピューロランドへ行きました。母はダンスコンテストに参加しました。ミニステージにあがったらすご~く緊張しちゃいました。でも・・・入賞しちゃいました。へへへ。娘さんはそんなお母さんのことが少し恥ずかしそうでもあり誇らしくもありといったところでした。
ランドでは、スタッフが満面の笑顔で私たちに接してくれるので気がつくと二人とも笑顔になっていました。
「笑顔で接して貰らうと笑顔をかえしたくなる」ということを実感しました_。なぜなんでしょうね?心のシンクロニー?共感?作用かしら_。
今度は、皆で一緒にディズニーランドに行きたいな。
投稿者: あきこ | 2006年3月26日 02:20
H2Oウノカードゲームの成れの果て~(T_T)毎日乾かさず、風呂場に放置の結果・・・水で塩ビのカード一枚、一枚がベッタリとくっついて、どうしようもない・・・くさい。最悪!ずぼらな私むきでなかった_買い物にもコツっつあるなぁと思いました。
私のお友達に、バックのイロについて、1時間ちかく迷う人がいる。あと、化粧ポーチ買うのに持ってる化粧品全部いれてみるんだって_
ここで、その人に「どっちでもいい~じゃん」とか言ってしまってはだめ。そのこだわりを大切にしてあげてこその友達なのだ!と笑顔で買い物に付き合う優しい自分が大好き。だってあんまり一生懸命に悩むからその姿をとってもいとしく感じちゃうのだ。
私にも「こだわり」がある。それは日本語の語感や表現である。だから、中吊り広告のフレーズに突然きれて、周りの友達をおどろかせたりする。先日、久々に気持ちいい程神経逆撫でする表現にであった。
「お金に困らない息子に育てる生活習慣」BYプレジデント
きわめて不愉快な気持ちになった。なぜか・・それは、それは_プレジデントという雑誌が中流以上を自負する人たちをターゲットとする雑誌だろうわけで、なんたってプレジデントだから(笑)だから腹が立つ。「金に困るってどんなことかわかっていってのんのかこらぁ!」と息巻いてやりたくなるのだ(私はお金に苦労したことないから知らないけどね_苦労している人はみてるから)
本当に生活に精一杯の家庭にむけてなら納得もいくのだ。「あぁ、そうだよな、お金ないと生活できないものな_この消費社会を生きるうえでお金に困らない職業につくんだよって意識って小さい時から教えてやらんといかなんなぁ」とか思うわけで・・・でもこれはそういうことじゃないから_ぉぃぉぃ!なんなんだよそりゃよぉ?!_責任者でてこいって気になってしまった次第でした。私ってひまじ~ん(笑)こんなこと考えてる間に洗濯機まわせって、旦那のしかめつらが怖いわ!ごめんね。明日から大阪帰るのに、今から荷造りよ。
旦那!またブログ書いてね!楽しみにしてるよ~!
投稿者: あきこ | 2006年3月29日 22:55