この週末はまた札幌で過ごした。
今回の札幌は一回目の抗がん剤治療を終えた親父の見舞いだ。
薬が弱かったのか親父の身体が強いのか、抗がん剤治療独特の副作用、つまり脱毛はみられず、本人もいたって元気に振る舞っていた。
約5年前に治療した時は脱毛こそあったけど、吐き気やだるさなどの副作用は現れず、同じフロアに血液化学療法と産婦人科が混在する不思議な病棟での入院生活をそれなりに楽しく送っていたらしい。
今回も前回とかわらずに治療に関しては辛くないと言っていた。
投薬後の辛さを知る事が出来ない息子としては、親父の言葉と表情から汲み取ることしか出来ない。
だけど、相部屋のお仲間から聞いても気が遠くなるほどの辛い思いはしていないらしい。
まぁ、治療の副作用がみられないと言う状況は癌治療の効果の程として心配この上ない状態ではあるのだが、治療を受けて体が苦しい思いをしていないという安心もあるという、非常に複雑な気持ちでは正直ある。
病気的には生死に関わるほどの病気なのだから、治癒するために味わう苦痛も致し方なしという気持ち半分、そこまで辛い思いをするのもどうかと・・・。
そんな気持ちもあるので、経過を聞いてかなり複雑な心境ではあった。
さて、そんな中、今回の見舞いでは2晩連続で親父の付き合いのある人達と飯を喰い、酒を呑んだ。
そのいずれも親父がセッティングしてくれたものだ。
初日は親父の会社の人達。 僕が本当に小さい頃からいる人達だ。
中には定年を迎える様な年齢になっている人もいる。
子供のころは会社が住んでいた所のすぐ下だったし、イベントも多かったので本当によく社員の皆さんにはいろいろと遊んでもらった。
親父が今の会社を築き、そしてそれなりにでもおごる事のないブランドを作り、それを守ってくれているすばらしい人たちだ。
ある時、事務所が苦しい時期、給料も滞りそうな状況の中にあっても親父を信頼して着いてきてくれた、本当にいい時期もつらい時期も一緒に過ごしてくれた、ひょっとしたら息子よりも「家族」と呼べるに近い関係の皆さんだ。
皆さんの努力もあり、それなりに大きな仕事をしているとはいえ、社員数を考えれば零細企業だ。
社員一人一人が背負う仕事の大きさと責任、そして達成感は今のどの大企業を取り上げてもそれこそ負けないだけの仕事をする会社なんだと思う。
親父の会社は設計事務所なのだが、それこそ今の利益率を追求するあげく法に触れる強度をよしとしてしまう環境を嫌い、全く持ってそんな事は一切無く、施主の立場に立ち、設計から現場監督を経て、引き渡しまで、それこそ子供を一人前に育て上げ世に送り出す気持ちで一つの建築物に向かい合う。
時に無駄と思える図面の線一本、しかしそれが本当に必要であるとする判断の正確さ。
親父が建築物に対して向き合う気持ちを本当に受け継いでくれている人たちなんだと、短い時間酒を仲介に感じる事が出来る時間を過ごす事が出来た。
次の日は親父の飲み友達と飲んだ。
前から親父から聞かされていた店だか、きいた話どおりと言うかそれ以上と言うか(笑) 日頃から常連のみで構成されている感じたっぷりのその店は、常連客たちがそれぞれをあだ名で呼び合い、性別や職種など全く分け隔てる事なく「場」そして「和」が出来ていた。
間口一間の赤提灯は、8名もお客さんが入ると肩が入りきらず、枝雀の落語よろしくみんな片方の肩を入れて「ダークダックス」状態で酒を飲み、そしてつまみに箸をのばしている状況。
その店にはトイレさえ無く、もよおしてきた場合は一旦店を出て地下鉄のトイレまでいく。しかも人の後ろを通るなんて言う隙間は無く、トイレに行きたい人から店の出口までの人が一回表にでてトイレへ送り出すという、お客さん同士の協力無くしては成り立つ事が出来ないお店だった。
ちょっとそんなお店の常連である親父がうらやましい気分になった。
僕が行ったその日、そこのママさんは「ヨンさん」(親父のその店でのあだ名)の息子家族が来るならきっとこれだろう!と言う事でジンギスカンを用意してくれていた。 これ以上無いもてなしだ。
札幌に帰って「焼きそば弁当」も懐かしいけど、やっぱり大勢で食べるジンギスカン、しかも店で食べるのではなく、家庭的に「ベルのジンギスカンのたれ」で食べるジンギスカン。それを用意してくれていた。
今回、親父が口をきいて皆さんのお時間をいただいた訳だが、そのどちらもその場での親父の存在を大切にしてくれていて、それでいて気の置けないすばらしい仲間に囲まれているのだと教えてもらう事が出来た。
僕の滞在期間2日間に、そんな素敵な場に深く関わり、そこに存在しているという場。親父本人がいないにもかかわらず息子家族に顔を出させた、親父が考えるその本当の意味は計り知れないけれども、その場に顔を出させたいという気持ちは深く伝わった。
大病を患い、治療中に70歳の誕生日を今日迎えた。
親父の性格なんだろうな、誰よりも「人に気を使わせないための最大限の人への気遣い。そして決して度を過ぎず、その中でちょっと調子に乗りながら最大限自分も楽しむ。」それを素で出来る、だから自分自身の周りに自然に輪(和)が出来る。
頭は白髪で無精髭。足は短く、田舎者。
でもかっこいいんだよなぁ、うちの親父。悔しいぐらいに本当にかっこいい。
ホントのことを言うと、その数々の「場」に参加させてくれた事、この状況の俺には正直つらいなぁ。
33年先輩の人生を「ほい」と渡されても受け止めるだけの自身、キャパ、甲斐性、どれをとっても今の自分には受け止めきれないよ、ほんと。
このblog、俺の遺言だなんて息巻いて書いているけど、その時に感じた事書いているだけだもんな、まだまだ青いよ。
まぁ、その33年差の自分の人生を「ほい」と引き渡すより先に、半年にわたる治療まじめに受けて、病気直してさ。
それからじっくり引き継ぎ作業でもしようや、な。
物事には順番と準備があるって教えてくれているんだからさ。