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テストジャンパー、原田雅彦

2003年1月25日・26日、札幌大倉山スキージャンプ場でW杯札幌大会が開催されました。

小学生の頃父親に連れられ、何度か観戦したことはあったが、本格的に「生」でジャンプを見るのは初めてかもしれない。

現在はナショナルチームのコーチを務める八木さん、そしてその最大のライバルだった秋元さん、そのあたりの活躍時期から毎シーズン楽しみにジャンプを見ているが、やはり僕の中では「原田雅彦選手」が最高のジャンパーだと思っている。
長野五輪ではメイク・ドラマ(?)を演じ、一躍ヒーローになったが、34歳の現在も現役でトップジャンパーでいる彼の姿には最高に魅力を感じる。(報道陣の前での話術にも魅力を感じているが(^^; )

考えてみれば、アルベールビル五輪代表選考会のあたり、いわゆる「V字」飛形が世界を圧巻し始めた頃には彼は既に台頭を表しているのだから、10年以上トップジャンパーであるわけだ。


今回のワールドカップでも彼は跳んでいた。しかし、それは選手としてではなく、「テストジャンパー」としてだった。


新聞だったかテレビだったかで知ったのだが・・・
長野五輪、原田選手のチームメイトで同じ歳の西方仁也選手も白馬ジャンプ台を跳んでいたが、やはりテストジャンパーとして跳んでいた。

原田選手の団体戦一本目、なぜかその時だけテレビカメラに何も移らないほど雪が舞っているのにもかかわらずシグナルはグリーンになった。
風速コンマ5メートル程度の差でもシグナルが赤になる中、なぜか「飛ばされて」しまった。

そこまでトップだった日本チームは4位へと落ちた。

「もうこれ以上迷惑をかけられない」と激しく落ち込んでいる原田選手に西方選手は「かわりに飛んでやりたい」と声をかけ、ヘルメットとグローブを差し出したという。

そしてその「テストジャンパー」のヘルメットとグローブを装備した原田選手は二本目、最長不倒をマークし、金メダルを獲得した。


そう、「テストジャンパー」という地位は言うなれば縁の下の力持ち。
現在は成績不調のためナショナルチームから外されているとは言え、今までの日本ジャンプ陣を支ていることに代わりは無い。

トリノ五輪、世界選手権、まだまだ大舞台は用意されている。

頑張れ原田雅彦!!



影のドラマを作っていた西方、原田両選手だが、現在も宮の森100m、大倉山141mとバッケンレコードホルダーで今も直その記録が破られていないことだけは付け加えておきたい。

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